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山形情報ガイド・んだ!ブログ

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プロフィール
げん
げん
山形県鶴岡市生まれ。
札幌、東京と移り住み、放浪の旅をへて
東北回帰~ 奥羽越(えみしの国)を拠点
に危なっかしくも面白く生きます。

2016年04月14日

旅と人生観について・・・(長いよー


前出の、宮森さんの記事をいくつか拝読しました
何というか、「若いなー」という印象で、読んでて恥ずかしく
なってしまうところも多かったですが、いい事も書いてます。
(ぶろがー という人たちは、1時間に4本の記事を書ける
 んだそうです わたしには到底、むりですね・・・
昨日の記事一本に、3時間ぐらいかけてますから 爆)

そんな中に、旅について書かれた記事ありました

http://www.miyahaya.com/entry/2016/03/21/161220

何だか、久しぶりに旅、について考えさせられましたね

むかし、ある喫茶店に通っていて、そこは世界のいろんな
国に行っている人たちが集まるサロンみたいな所でした。
店に行くたんびに、「アフリカのどこそこ行ってきた」
「南米のどこそこ行ってきた」という話をするお客さんに
出会うのです。大学の先生や、学生さん、あと他にもいい
仕事してる人ばかりで、海外旅行は趣味のようでした。

わたしは既に50ccの元・郵政カブで日本2周ほどしたり、
沖縄・北海道何度も滞在したりとかしていたし、海外も
渾身の(!)英国「4カ国」&アイルランドだけは経験して
いたので、それなりに話は合うかと思っていたのですが、
これが容易に、かみ合わない・・・
なぜなのかと考えると、どうも彼らとはそもそもの旅の目的
や、人生観そのものが違うのではないか、と思い至りました。

実のところ、わたしの旅というのは決して人に自慢できる
ようなものではなく、「趣味」といえるものかも怪しいです。
というのも、わたしの「旅ぐせ」の始まりが、
「自分の人生に失望した」事にあったからなのです・・・
どっかーん つまり、おのれの恥部の結果が、旅なのです。

少し詳しく書きますと、20代のわたしには東京で、ある事で
成功したいという夢があったがどうにもこうにも無理な事が
わかってきた・・のと、あと失恋が重なったんですね
(ああ恥ずかしい 書きたくない 笑)
そこで、夢とは何と実現の困難なものよ・・・と世を儚むの
でしたが、しかし旅ならば、出発して帰って来さえしなければ
ずーっとできるではないか?爆 「負け組」の果て、ですね・・

そうだ、「さすらいの長旅」という中学時代以来封印してきた
夢ならば、容易に実現する!!と思い至ってしまった訳です。

このへんの事情がまた、めんどくさいので割愛したいですが
(笑)やはりちょい書きますと、中学の多感な頃、わたしは
地元の「ど田舎」に不満鬱屈を募らせると同時に、映画
『荒野の用心棒』『ロング・ライダーズ』などの西部劇に感化
され、「永遠のさすらい旅」に強烈な憧れを抱きました。

つまり、どこに行くのか というよりは、「さすらい」という
スタイルこそが、わたしにとっての旅の原点だったのです・・

ところが、今思えば「中二病」に陥っていたわたしは家出の
常習となるなど白昼夢の問題児となり(汗)さすがに親に
迷惑かけすぎてるな・・・と自覚したわたしは、いつしか
「東京を夢見る受験生」というありふれた姿に大転身を
果たしたとさ・・・・・・ザ・封印 ですね。 笑

まあ、そうやって転身?してやってきた東京で、絶望した訳
ですから、もう怖いものなしというか・・・当時、人生最長の、
正社員生活6年!やっていたので(そんな中途半端な事
やってるから夢叶わないんだよ、というジレンマもあった)
「お金」もある程度あったので、もうこのカネ尽きるまで
行ってやるべ という心境にあらためて陥ったのでした。

わたしの旅の基本は、むかしも今も変わらず
「カネはないけどあるだけ使って 
 死んでも後悔しないところにだけ行く」
です。
つまり、基本的に、ギリギリの境地なんですね。
カネなんて、旅できるかどうか怪しいくらいの額があれば
すぐ出かけるし、帰ってきた後の仕事もないからどうなるか
わかったものではない。
関西や、九州沖縄も愛すべき土地ではあったが、
「ここでは死にたくないな」と思った。なので、基本的に
いまは北海道や東北中心に旅しています。

英国とアイルランドに行ったのも、
「ここなら死んでも後悔しないな」
と思えるくらい憧れた国だったからで、フランスやアメリカも
行きたいけれど、憧れが中途半端なのでここで死んでも
後悔しないか、は未だ微妙です 笑 お金があったら、
やっぱりまたアイルランド、スコットランド、ウェールズ、
行ってしまうでしょうね。
なんで執拗に、「死んでも後悔しない」を繰り返してるのか
と申しますと(爆」)やはり基本的に旅とは危険なもので
旅ひとつひとつが、「渾身」のものだからです。まあ貧乏
なので、大切なお金をはたいてますしね・・

それで、冒頭で紹介した記事のテーマ
「旅で人生観は変わるか」なのですが

サロンで、いろいろな国に行って広めた見聞を語っている
人たちにとっても、それぞれ旅は麻薬のようなもので、
必死なものなのかも知れない。けれども、人生観は変わっ
てますかね?また同じ仕事に戻るつもりで行って、実際
戻っている訳でしょうし・・とはいえ、仕事の仕方とか、生活
の姿勢に変化があるかも知れないし、一概に旅が不要だ
とも、言い切れないですよね。

一方の、わたしのようなタイプの旅ですが・・
たとえば、北海道や沖縄というのは、さすらいとしては
まさにランズエンド 笑 「この世の果て」であって、
実際、いろいろな事情を抱えた人たちが、旅人となって
行き着いたという雰囲気を醸し出しています
(そしてわたしもその風景の中の一要素だった訳です)

もちろん、学生や趣味の人もいますが、それこそ仕事や
人間関係に絶望した人、持ち金が尽きて万事休す、の
人、そして何かマズイ事をやらかして逃げている人、も
いたかも知れません。

心境としては、東京の片隅でホームレスとかやってる
よりは、旅してた方がいいじゃん!みたいな感じで、
基本、世捨て人の世界です。現在のわたしなんか、
そう考えたらちゃっかり社会復帰を果たしたクチですね。
サロンで趣味としての旅を語ってる人たちにしてみると、
「旅行者」としての立場が現地民にかき消される、
ミイラ取りがミイラになる、みたいな状況にでもならない
と、そりゃあ話が根本のところでかみ合わないかも
知れないですね・・・

さすらいの果てとしての北海道などは、学生にはかなり
刺激的なので、人生観が変わる・・・というのは、なくも
ない気がします。ただ、個人的にはそれで生き方が変わ
った、という若者を知りません。世の中は広いな、いろん
な生き方があるな・・ぐらいに心へ留めるのがおそらくは
大半で、まあそういうものなんだと思います。

要は、いかに深刻な状況の旅人に出会ったとしても、
自分の問題にならなければ、自分が変わったりしないの
です。わたしも含め、最果てにいた旅人(笑)というのは
むしろ実生活で何かあって人生観が変わり、結果旅に
出たようなもので、つまりは、旅が人生観を変えるのでは
なく、変わった結果が、旅だったという 爆

もちろん、変わったところもありました。旅、という現実の
冒険を始めた事で、仮想の冒険である「映画」をあまり
観なくなった・・とか。旅を一通り終えると、日常を冒険し
て生きる事を学ぶようになりました。つまり自分の人生を
ちゃんと生きよう、と思うようになったのです・・これはまあ
人生観変わった、といえば変わったところなのかも知れ
ません。

はあちゅうさんの意見も、ご自身が世界一周されたから
こそ言える事だと思います。世界一周しなければ、現在の
彼女は存在しない訳で 旅は明らかに人に変化を与える
それだけは言えるのではないかな、と思います。

ただ、軽々しく「旅で人生観変わった」という類のものじゃ
ない、という感覚はわかります。書いてきたとおり、実態は
多分に負の要素を含んでいるはずですし、あと変化は後々
にならないとなかなか気づかないものだったりするので・・

ここまで書くのに、5時間ぐらいかかりました 爆
(途中、楽器弾きたかったので中断もしました)
やっぱり、わたしに ぶろがー は無理ですね。






  


2016年04月09日

思いがけぬ東京行き そしてゴールデンカムイ


3月の終わりと4月始めの週末、2回も東京へ

えー 今回は、出稼ぎ?に行ってきました 笑

ちょうど、その週末はセッションなどやってる所も
あったようなのだが、労働は何時に終わるかわからず
また、あまりキレイな恰好でもないので、やめておく・・
それでも夜、2時間ぐらい出歩ければ、1月に来た時
行きそびれた場所とかぐらいは行ってこれるかなと
思った。

仕事場と、宿は大森。あまりなじみのない所だが
まずはここから品川へ出て、池袋まで行ってみる。
これは行きそびれた所ではなくて、まさにこの1月
初めて行ってすっかり気に入ってしまった店
池袋駅ビル内「書籍館」の中にある科学雑貨?店
『ナチュラル・ヒストリエ』に再来店。
なんと、かの貴重な骨董ものの「星座表」がいくつか
売れていて(というか、売り物だったの!?)
残る一枚には8万円(!!!)の値がつけられている。
どんなものかというと、やはりコレクターさんがいらっし
ゃるようで、その方のブログにいろいろいい写真が
(お借りしたいが無断転載という訳にもいかんので)
http://mononoke.asablo.jp/blog/cat/kenji/?offset=70

そう、むかし『図説・宮澤賢治』か何かで見て、憧れた
星座早見である。女性店員さんが棚から出して、触ら
せて下さる(感激!!)ドイツ製らしく、なんと、皮製で
ある!店としても、本心では一枚は店の看板として
残しておきたいのだそうだが(じゃ売るなよ 笑)
つーか、皮製じゃなくていいから世界の誰か復刻して。

天文学コーナーなどは前回来た時から模様替えしており
誰かデザイナーがいるのかと訊いたら、これもなんと
「店のスタッフみんなで相談しながら作っている」のだと
いう・・・美大出か何かの、スタッフ陣なのか?
それにしても、見事なセンスだ。

その流れで、新宿へ。これぞ、1月に食い損ねた 爆
老舗沖縄そば屋『やんばる』リベンジ也。

思い切って「ゴーヤー定食」(1000円 ぐらい←ぉぃ)
長い長いカウンター、入店時はあまり客いなかったが、
食べてる間にずらーりと満席!なつかしき、場末?の
新宿ムードを堪能する。

2回目の週末はもっと早く終わったので、まだ明るい
うちに、これも前回、行きそびれた青山 表参道へ。
なんでこの俺が表参道?と思うかも知れないが、
まだこの地に表参道ヒルズが建つ前の同潤会アパート
があった頃、ここを利用した画廊で友人がよく個展を
開いていて、この大正期の香りの残る同潤会と表参道
の裏路地の多彩さに魅了されたのだった。
こんな感じ(これは代官山の同潤会か?ここももうない)



その裏路地、歩きまくる。相変わらず、新鮮!面白い!
もちろん、ここでわたしが買うようなものはまずないが。
あと、よく使ってた唯一のカフェが、なくなっていた。

表参道で特にびっくり名所といえば・・
何やら、もんのすごい教会みたいなのを、偶然見つけた
事があるのだが、あらためて足を向けてみた。
その見事な建築の名は『セントグレース大聖堂』
しかし調べると、なんと仙台でも見かける事のある
「ウェディング・チャペル」であって、つまりは本物の教会
―宗教施設―ではない。結婚式や宴のためのイベント
スペースとして、これだけのものを作ってしまうとは・・・
逆にいうと、表参道という土地ブランドにおいては、
悪くいえばイミテーションすらも豪華に、貫禄すら与えられ
本物をも凌ぐ価値を有する事ができるという事か。
それが、良い事かどうかはさておいて、だが。
(写真は、ほんとすごいのだが、あえて、載せない 笑)

さて、夜も深まれば 最終目的地・高円寺である。
ここも、なかなか開店時間にタイミングが合わなかった、
ラーメン「公楽」さんへ。ここは、夜のみ営業。
高円寺に住んでいた頃、よくわたしは塩ラーメン+ライス
を戴いていた。そういえば、わたしが外で塩ラーメンを
注文する店なんて、他に心当たりがない。
ここは本当に、気負いのない、庶民的な店。
店主も、だいぶ白髪が増えて、口髭も今はない。
前は恰幅のいい明るい奥さんが一緒に切り盛りして
いたが、今は出ていないか、お休みなだけか。
この日は、モーガン・フリーマンみたいな優しげな
おっちゃんが 笑 接客していた。



今回、高円寺はこれで満足だったのだが、ふと寄って
みたくなり、そこからごく近いおなじみの喫茶店
『アール座 読書館』へ踏み入れる。
ここも写真がないのが残念だが、是非画像検索など
してみて(爆)実にステキな内装が見れます。
ここは、おはなし厳禁(!)ひたすらサイレンスです。
キリマンジャロ(ポットサービス)を注文し、本棚から
『銀河鉄道999』の最終巻と、黒田硫黄の『大王』、
手塚治虫『シュマリ』などをチョイスし、机にて没頭。

『999』と『大王』は持ってるのだが、部屋が散らかる
うちに、紛失中(爆)しかしあらためて新鮮な驚きがある。
『シュマリ』は意外に、まだ読んでいない。今回もさわり
だけだったが、やはり同じ一昔前の北海道舞台で共通
点の多い後裔作ともいえる『ゴールデンカムイ』と比べる
と、特に女性観が全く違うように思える。手塚の描く
アイヌ女性はか弱くいかにも不幸であるのに対し、
野田の描くアイヌ女性は不幸な背景は持っていながらも
たくましく、したたかだ。
そういえば、先日その『ゴールデンカムイ』が、なんと
「漫画大賞」なるものを受賞!なされた。
まあ、長くなったのでそれについては、次回!

・・・なんだかんだいって、やっぱ東京好きだよなあ・・・






  


Posted by げん at 00:07Comments(0)えみし旅を想う

2016年04月07日

岩手冬名残の旅・・日記ノートより 後編


ここからは、仙台に帰ったあとに書いた日記。


盛岡のあと、遠野に行く。
思い起こせば、2011年の3月、はじめて9月の祭
以外の時期に遠野にやってきた。
理由は、たいした事ではなかった。仙台、宮古の
音楽仲間たちと盛岡で集まる機会があったので、
せっかくだから、冬の遠野にも寄っていこうかなと
いうところだったのだ。特にどこへ行くでもなく、
好きな宿でただのんびり過ごす、という予定で。
ところが、仙台に帰って一週間後に、あの大震災
が起きた。あまりの出来事の大きさ故か、この時の
岩手行き、遠野行きの記憶が吹っ飛んでしまった。
だから、3月の遠野 いま一度、なのだ。

なんでも、3月11日とかぶるので、釜石方面への
ボランティアさんなどが多いらしく予想外に宿が
とりにくい。今回、2泊はしたいと思ったが連泊
できる所はなく、いずれも初めての宿で、増田旅館
さんと、駅の反対側にある民宿ふるさとさんになった。
しかしこれでわたしにとって、遠野市街地でのお宿は
だいたい制覇したかな?笑 あと平澤屋さんとか、
民宿とおのさんとか残ってるが、少々高価めだった
かも知れない。

ごはんは、以前から気に入ってしまった「やまごや」
さんでカレーとスパゲッティが一緒になったやつ 笑
長年、愛してきた国道沿いの「ドライブインよしのや」
さんが閉店したのは痛恨の極みだったが、かわりに
こんなステキな店に出会った(というか、地元民には
昔から愛されてきた店なのに最近まで知らなかった)
ここは雰囲気としては、「名古屋の喫茶店」
本当に気軽な洋食屋といった風情で、鉄板の上に
ハンバーグやスパゲッティがじゅうじゅういって出てくる
懐かしい定食もあればラーメンもあり、また各種パフェ
も名物だという・・・遠野にあったの?こんな店

2夜めは、博物館や語り部の館の近くにある、ココカナ
さん。なんと、馬肉がいただけるお店なのだが、今回は
待望の?ひっつみ定食を。最近、登米の「はっと」とか
八戸のせんべい汁とか、こういうものが無性に食べたく
なっているのだな・・・しかしココカナさんといえば、あの
殺人的にかわいいねこ、さらちゃんにも会いたかったの
だが、なんと失踪していた・・・・・絶句
ここんちの娘さんではないのだが、小学校帰りの女の子
が立ち寄って、「さらちゃんまだ帰ってこないのー?」
と訊いてた。心配。

昼はおなじみ「うめのや」さんで、とおの味噌ラーメン。
夜はカクテルバー・パートナーにて綾さんとおはなし 笑
なかなか見ないスコッチ、グレングラントをいただく。
(なんとこの店、フェイマスグラウスまで置いてる・・・って
わたしは他にこういうバーを知らないので一般的な傾向
わからんのだけど)
その後は、リバース。マスター水野さんに頼まれてた、
「シーベグ・シーモア」の譜面、TRADさんに見つけて
作ってもらったのを渡したのだが、どうも欲しいものと
違っていたらしい。ギター伴奏に必要なタブ譜というの
が必要なのだ。それでその場で宮古のTRAD♀さんに
連絡 笑 あらためてそのタブ譜とやらをわたしのPC
へ送ってもらったのを、マスターのスマホへ送信!爆
TRAD♀さんからは「少しは自分でおさがし!」とお叱り
を 笑 受けたのだが、考えてみればそうだと思い、
あとで検索してみたら、自分には無理だったかも 爆2
けっこう、音楽に詳しくないとムズカシイかもです。
(言うまでもないが、フィドル弾くけど詳しくないです・・)
今回、わたしは楽器を持参しなかったのでマスターに
責められたが 笑 仕方ない 今回はセッションでの
失敗に意気消沈してたし また次回あらためて。

実は今回、2月に東京での長年の旧友・山本がこれも
長年のパートナーである女性とついに結婚式を挙げた!
という事で、新婚旅行で熱海へ行ったという事でなぜか
地元の特産である干物や塩辛を送ってくれたという・・
贈るのは俺のほうだろ、という訳で何かいい結婚祝いを
と考えていたのだが、花巻駅を降りたところのお土産屋
さん『はこざき民芸』 ここ、実はかわいいねこグッズも
あったりしてよく寄るのだが(どこまでねこ好きだ・・)
なんとここである南部鉄器に俺の感覚器がギュピーン!
となる。ここは関東の産物を送ってもらったのでやはり
東北の産物で と思っていたのもあり、しかし迷いもあり
遠野の帰りに買っていこうか、などと悠長に構えていたら
果たして遠野を出発したのが夕方であって、はこざきさん
の閉店時間に間に合うのかという事態に 爆
着いたところちょうど閉店時間を過ぎたところ・・(ばか)
ところが、お客さんがいたらしく、かろうじてまだ開いている。
突進し入店、例の品がまだ売れてないのを確認すると
「こっこれなんですが!」と問い合わせ。
友人の結婚祝いに、というとお店のおばあさま
「それは最高です!」とグッジョブして下さったのだった。


  


Posted by げん at 14:46Comments(0)えみし旅を想う

2016年04月07日

岩手冬名残の旅・・日記ノートより 中篇


3/8(火)つづき  *今回は写真、なし!!

盛岡では、やはりまず さわや書店フェザン店。
なんとあの『ゴーガイ!』の新作(*別項参照・・)
となぜか「ベスト版」が・・(全3巻しかないのに)
そして、「祝:北海道新幹線開通」にちなんで
北海道本特集が!!!自分たちの地元の事
じゃないのに・・や、やさしい
おまけに、「盛岡城」の魅力をあますところなく
紹介した城マニア本まで!!!!!
実にさわや、毎回期待を裏切らないな・・・

そして昼は鉄壁の?「不来方じゃじゃめん」
次にまたさわや書店だが、今度は大通り店。
ここではWebで見て知ってた
『まだ東京で消耗してるの?』
(*別項で書いてるが敢えて日記のまま)
この隣に『東京一極集中が日本を救う』という
新書が置いてあって、笑ってしまう。
まるっきり、真っ向対立だ。
わたし自身はもちろん、『消耗してるの?』の
イケダハヤト氏を強く支持だが、個人的には
アイリッシュセッションシーンにおいては依然
強烈なまでに東京一極集中状態で、これは
なかなか解消されないのではないか・・と思っ
ている。
確かに、才能が集中する事で個々人が磨か
れるところはあるだろう。その点からすれば、
アイリッシュセッションシーンはまさに現在も
続く東京一極集中を肯定し維持・推進する
根拠として象徴的ですらあると思う。
ただ、東北人ならば東北人なりの、東京の
シーンとの出会い方、接し方というものがあり、
わたしはこの10年間、無意識のうち否応なし
にそれを体現してきたのかも知れない。
東京の人たちにとっても、地方に対して、同じ
事が言えるだろう、と思う。

喫茶店は今回、新たに発掘。
ここ『リーベ』さん真向かいの、『六月の鹿』。
まだ新しい、小さな個人店で、大きな窓から
お堀が見えて、良い。置いてる写真集などの
本も、Good。珈琲、スコーンもなかなかに美味。
しかし後に来た女子大生2人組がかなりうるさく
て、イヤホンで音楽聴かずにはいられなかった・・
(「かわいい」「やばい」しか言わない 爆)
リーベさんぐらい広くて調度品?も多いと
他の客がなに話してようが気にならないのだが。

夕食は、かなり昔から知っていたがなかなか
開店時間にタイミングが合わず一度も食べた事の
ないカレー屋その名も『カレー工房』に入店。
紅茶の店『しゅん』や純喫茶『六分儀』の向かいに
ある、一見ほったて小屋のような建物だ。
お客さんあまり来なかったが(汗)カレールゥや
スパイスにはかなりのこだわりがある様子。
今風のスタイルで少々高価いが、長年きになって
た店でもあったので、ありがとう!と言いたい(?)

盛岡城跡の、もとお堀の一部である細長い池に
なった「庭園」には非常に仲良しの、鴨のつがい
が静かに泳いでいて、ほほえましすぎる。
仙台にも河や池はあるが、このように街なかに
あってきちんと整備されながら自然の一部のよう
になっているところは、なかなか見かけられない。


  


Posted by げん at 04:30Comments(0)えみし旅を想う

2016年04月06日

岩手冬名残の旅・・日記ノートより 前編


やっとこさ落ちついたので、今さらながら書こうと思う。
とはいえ、横着っぽいが旅の当時ペンで書いていた
日記から抜粋という形にしようと思う。
日記ノートは荒っぽいがやはりブログ書きよりも更に
正直な気持ちが出ている事が多い、と感じるので。
なお、「*」は今回のブログ注である。
写真はすべて、TRAD♀さんより戴いたものです・・

3/8(火) もう、3月だ。なんと、本当に岩手にいる。
(*この直前に「3月はまた岩手に行きたいが、今のところ
 未定 と書いてあった)
 盛岡、リーベである。
5日(土)はBarm'sセッション、6日(日)はなんと星港夜で
昼間、日本のアイリッシュバンド?のひとつ トリコロール
のライヴがあって、皆 集まった。
もともとは西井さんやわたしの行きつけであったのが、こう
して仲間らが集結してしまうようになるとは・・
久々に、西井さんご夫妻にもお会いしたが、西井さんとは
「震災のあと、この店で偶然、会えたよなあ」
と当時を懐かしむ。そうだ、俺にとって、震災の後といえば
この店だった。心も身も、ここが拠り所だった。

前田くんとかなさんが奔走して実現に漕ぎ着けた本イベント
なかなかに素晴らしい内容で、まさにこの店だからこその
味わいにもなった。アイルランド好きでおなじみのマスター
の、締めのスピーチもよかった。この店そのものが、店主の
アイルランド愛に満ちているのだが、それはなかなか表に
出なかった。内心もどかしさもあったのだろうか、ようやく
この場所にふさわしい「時」が訪れた、その喜びが飄々と
した中にも爆発していた そんな風に感じた。 

で、そのあとはTRAD夫妻のおクルマに便乗して、岩手へ
GO!爆 久々の宮古行き となる。
この一週間は労働日なし、とにらみまして
(日・月)宮古泊、(火)盛岡泊 以後、遠野でふらふら と
大胆なプチ長旅計画を組んだ
(と思ったら月曜・金曜 仕事の話が・・蹴ってきたが 爆)

5日のBarm'sセッションまでの3日間は、幸い?労働は
なかったのだが、原稿のしめきりや、たいせいの誕生日
(*甥っ子です 札幌の)が重なってかなり煮詰まった日々に
セッションはセッションで、また若い人たちが3人ほどいらして
おったため?もあり例によってわたしの曲出しは壊れまくった
のであった もうイヤ 若い人らを前にすると、変に身構えて
しまってどうしようもない。俺より弱い人間など存在しない。
やめようかな?とやるたんびに本気で思う。(そしてまたやる)

宮古では、さまざまな良いものに出会った。
まず、港にある道の駅で、「うにねこ」に遭遇!!邂逅ぉぉぉ!



これが・・・・・・・かっかっかっかわいい・・・・!!!!!絶句



確かにどっかで見た絵柄だが、やはり岩手人、センスがいい。
しっかりオリジナルなものにして、印象を不動のものにする。
そして、中華そばの「松の食堂」さん!



こういうお店と、ラーメン 一番いい!!!高齢のご夫婦だが
なにとぞまだまだ長く続けていただきたい
そんなお店なのだった。

あと、喫茶店は『異人館』 海沿いの高台に建つ洒落た洋館で
マスターは自転車など趣味人のようだ。しかし震災では津波が
達し、その後もいろいろ大変な中、今も続けておられる。



TRAD♀さんの頼んだ甘夏パフェ、果実だけちょっと戴いたが
素晴らしい味だった。

なつかしのTRAD家では夕方、DVDでアイルランド映画の古典
といえる名画『アラン』を鑑賞!笑 なにしろTVが大画面なので
えらい迫力・・・シンプルに生活風景を切り取った、という感じ
でもあるので、70分ほどながら長さを感じるところもあるが、
強烈な印象が残っている。

さらに夜は、みんなで同じ大画面でYouTubeを鑑賞!!爆
いや、これがしかし、面白かった。いつもはもちろん、パソコン上
で観ている訳だが、こうして友人と盛り上がる事ができるのだ。
観たのはやっぱり、アイルランド音楽関連。わたしが以前見つけた
謎の女性歌手 名前は確か・・爆
ジュリー・フォリス? あとかなり前だがカナダだと思ってて
もしかするとアメリカの人かも知れないシーラ・ノーブル?などなど

TRAD♀さん所蔵の『街道をゆく』アイルランド編もなかなかに嵌る。
特に今回、メモもとりたかったジョイス、イェイツの人生 あと
ビートルズなどについても。




  


Posted by げん at 01:48Comments(0)えみし旅を想う

2016年03月31日

岩手冬名残記・・の前に宮城 笑




なんか、すごい場所が北仙台駅から320円の多賀城駅前に
できた。確か、佐賀県武雄市に出来て賛否両論を起こした
「ツタヤ図書館」が東北にも進出したようなのだ。

とにかくも、そのビジュアルに、衝撃を受ける。
って、久々のぼけぼけ携帯写メ よくわからんと思うが
しかも、夜になりかけてるし
(なんなら、画像検索してみて下さいませ・・)



高い吹き抜け天井、そして壁一面が、本棚
これはスターバックスが併設された書店の方で、
この裏側に、図書館がある。
このスタイルの是非は、ともかくとして
居心地は、非常にいい。
これは明らかに、蔦屋が東京・代官山で始めて
函館にも展開した新スタイルの書の殿堂
その流れを汲んだものでひとつの成果である。

実は少し前にも、仙台北部、泉区にもかなり
広大なツタヤ書店ができたが、こちらには正直
代官山の血筋をあまり感じられなかった。
今回の多賀城の施設は書店・図書館ともに
面白い本に出会いやすい感触もあり、
またスターバックスは今まで見た事がないような
開放感を持っていて、若者だけでなく高齢の方々も
普通に利用しており
ある意味本も客層も特化されていた代官山を
超えた場所にすらなっている・・・とも思えた。

実のところ、スタバなんてまず使わないわたしなのだが、
ここはもう3時間ぐらい、珈琲やドーナツ、スコーンなど
とともに粘って、久々に手書きの日記をまとめていた。

本は、本当にいろいろ面白い発見があったのだが、
一番驚いたのは久々に手に取った『CARマガジン』で
以前わたしが乗っていたイタリア旧車フィアット500
それをメインにフィアット車を集めた「博物館」が
他ならぬ、なんと山形県鶴岡市にある、と知った事だ。
思わず、立ち読みの状態で「なんで??」と叫びかけた 笑
なんでも、愛知県にあった博物館が震災を機に東北移転を
決断したものだそう。事務所はいまも愛知にあるらしいが。
チンクエチェント博物館
http://www.museo500.com/museo500/topics/topics.cgi






  


Posted by げん at 07:33Comments(0)えみし旅を想う

2016年02月28日

写真のない東京紀行2016(なのか?)最終回




あれっ 写真がある 笑
以前、自分の小説につけた自筆の挿し絵
昭和三年の、仙台 芭蕉の辻の姿ですな・・・

ってなんでこの図を出したのか

延び延びになっていた1月東京行きの音楽紀行の話
・・・なのだが、
正直、あえて書く事はない!!きっぱり
東京の、音楽紀行は毎度の事ながら素晴らしすぎて
書くまでもないのだ
(ただめんどくさくなっただけだろ!とつっこむな)

ただ、わたしと音楽と、そして東京との関連について、
随想のようなものはあるので それは書こうと思う。

非常によく聞くはなしだが、東京・首都圏に住み続ける理由
として、「刺激」があげられる。
はっきりいって、居酒屋の数とか、夜の絢爛さなど考えれば、
仙台でも盛岡でもけっこうな刺激はあると思う。
問題の刺激は、音楽とか、演劇とか、そういう関連だ。

コンサート、ライヴ、芝居、バレエ、オペラ、などなど
東京でなければ日常的にこの世界最高レベルの文化芸術
の恩恵を受ける事はできない!という もはや不文律とも
いうべき既成事実に、昔も今も東京一極集中は止まらない・・

と思いがちだが、実はむかしは違っていたかも知れないのだ。
太宰治の作品で、明治期の仙台の街を描いた『惜別』という
のがあるのだが、これを読むと、当時は東京で上演された
芸能のかなりの割合が、仙台まで巡業に来た様子が伺える。
昭和初期の東京に生きていた太宰がどこまで正確に、明治期
の仙台を取材できたかはわからないし、芸能の内容も規模も、
もちろん現代と同じではないのだから単純比較はできないが、
もしかすると人の循環、文化の循環というものは、むかしの方が
アクティブであり、今の方が閉鎖的になっているのでは?と
疑わせる糸口のようでもある。
(よく中央の文化や流行が仙台を跳び越して札幌に行ってしまう
 と聞くが、まだ明治期はそういう傾向はなかったかも知れない)

まことに恥ずかしいのだが、、20代前半の頃のわたしの心を東京
へつなぎとめていた一因が、他ならぬ音楽のライヴであり、
なんと40代半ばの、いま現在のわたしを東京へ引き寄せるのが、
こんどは音楽の「セッション」である。
20代前半、わたしにはかなり熱狂的に「ファン」であった音楽家
が2つあって、頻繁にライヴなどを催しながら、両者至極マイナー
で、地方公演は殆どなかったと思う。
30代に入ると、そういう存在も、執着心のようなものもなくなり、
元来 芝居もバレエもオペラもあまり観ず、必要を感じなかった
わたしにとって、そういう意味でも東京に居続ける必然性は薄れ
ていったのである(まあ他にもいろいろあるのだけど)

ところが、東京を離れた途端、今度はむかしから憧れていた
アイルランド音楽のセッションというものが盛んになってきている
という事実を仙台で知り、その最も繁華なのが東京である、という
事になってまたしてもわたしは東京へ目を向けざるを得なくなった
(苦笑)という訳である。ああ腹立たしい

おそらく自他ともに、わたしの音楽との接し方は中途半端である
と評価せざるを得ないのだが、それでも、かくも自分にとって音楽
とは重要なものであるのかと、驚かされる事実ではある。

しかし、これからわたしはどこへ行くのだろう?
仙台移住10年目 そろそろまたわたしは生活を一変させたいと
いう欲求を強くしている。
そこではわたしにとっての音楽は一体どうなっていくのか・・

とりあえず、最近は中島みゆきの昔の歌が好きだ 爆
https://www.youtube.com/watch?v=jaEfFaNJ2_E&index=4&list=PL7E90068B71F49120
「おいらの住んでたところ」とあるけど、タイトルは『夜風の中から』
中島さんは70年代から知られていたけれど、80年代はじめまでは
札幌に住んでいたらしい。
その時代の曲には特に北の香りがあるかな。



  


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2016年01月31日

写真のない東京紀行2016 爆 (3)


映画の次は、音楽の事だろ・・といきたいところなのだが

グルメの話にしよう 爆

もともと旅の中撮った写真がフィルムだった以前に、
わたしには外食で出てきたメシを撮影する習慣もないので
写真そのものがないという 笑 状況だが

東京滞在中のメシ といっても、大した内容ではない。
俗に言う「ぶっちゃけ」、ラーメンとか、そばばかりである。

東京に住んでいた頃は、上京してきたおふくろと、
上野・精養軒なんかにも行った思い出がある
(おふくろは世田谷育ちのお嬢様だったから、むかしからの
 東京をよく知っていたものだ)
しかし、ひとりで行くところとなると、高円寺を中心とした
中央線沿線のラーメン屋や安い定食屋 久々上京しても
そういう所がまだやっているか、つぶれていないか確認に
行ってばかりである 笑

わたしは、どの街に住んでも、行きつけのラーメン屋を
最低6~7軒は作らないと気がすまないらしい。
東京を離れる直前だと、最終的に
@えぞ龍(高円寺 いまはもうない)
@幸楽(高円寺)
@天王(高円寺)
@満北亭(小平)
@桜吹雪が風に舞う(新宿 いまはもうない)
@やんばる(新宿)あっこれは沖縄そばだった

あれっラーメン屋5軒だけじゃん 笑

いや、実際には定評のある荻窪のラーメン屋や、
恵比寿ラーメンだって食べには行っていたが、
やはり、結局じぶんの町のラーメン屋ではないので
どうもなかなか馴染みの店、とはならないのである。
上にあげた店だって、ぜんぶ住んでいた町か、
毎日通勤で通っていた新宿の店だ。
雑誌に載ってた評判の店なんて常連になった事は
ほとんどない。
喫茶店についても同じ事で、どんなに美味い珈琲を
出す店だとしても、自分の住んでいたり通ったりする
町になければ、常連にはならないだろう。

だから東京がいくら大きな町だといっても
行動範囲はせいぜい高円寺阿佐ヶ谷レベルなので
自分としては仙台や盛岡ぐらいの町に、全ての店が
集まっていてくれた方が、ありがたい。
結果的に、東京全体で見ると、場所が散在している
だけに、愛着が定まりにくい事になってしまっている。

ともあれ 今回、行ってみたなつかしのグルメスポットは

@池袋 西口 『君塚』(立ち食いそば)
@小平駅前『満北亭』(札幌ラーメン)

・・・だけだった (だけかいっ!)

いや、実は荻窪ラーメンもあらためて味わってみたいなと
荻窪行ったら、むかし行ったと思った店がなかったり、
どこだかわからなくなったりして、結局はじめての店

@荻窪 『菊池』

・・・には入った。
あと、高円寺の生き残り『幸楽』や新宿の沖縄そば
『やんばる』も行きたかったが、今回はいつも行ってる
やんばるにも寄れないくらい、時間に余裕がなかった。

しかし、今回行けた3店舗は、どれも良かった。

『君塚』は実に昔ながらの、場末感に満ちた、くたびれた
それでいて活気にあふれたサラリーマンのオアシス。
味の濃いつゆのかけそば。かきあげには紅しょうがが
入っていて、なにげに忘れられない味になっている。
http://prononeet.org/?p=3956

『満北亭』決して「これは美味い!!」という店ではない 笑
これは、武蔵野地方?に展開する小規模チェーンだが、
いまどき580円で味噌ラーメンなんてなかなか食えない。
実に田舎っぽい札幌ラーメンで、地元の野菜感がいい・・
というか何というか。小平に住んでた10年前はそれこそ
500円だったと思う。しかし、今回 小平に来るだけで
疲れたので、もうしばらく来ないと決めた(爆 としだな・・
とりあえず、コインランドリーもスーパーも、変わらずあった
ので、安心した。それだけでじゅうぶんだ。
http://www.manhokutei.co.jp/archives/shop_info/kodaira/

『菊池』 名だたる荻窪ラーメンの店の中では、そんなに
有名な方ではないと思うが、実によかった。
http://ramenjiyuku.web.fc2.com/m.sugi.kikuchi.html
昔から有名な『春木屋』などは一杯1000円ぐらいする
上に、美味くないという人もいるのだが、ここは普通に
一杯650円で、本当に「これぞ東京のラーメン!」
「ラーメンって、これでいいんだ!いや、これがいいんだ!」
と叫びたい、特別の事のない、すんごい美味いラーメン 笑
実のところ、わが酒田のラーメンと共通項の多い、本当の
「基本的なラーメン」
で、しかも店構えが、何の気負いもなくて、うらぶれて(笑)
カウンターだけで しかも有線なんかじゃなくて、AMラジオが
聞こえていて・・・まさにこれ、『銀河鉄道999』の鉄郎が

「こ、これが・・・人類の口の永遠の友と謳われた、ラーメン
 の味!!!ぼ、僕はもう 僕はもう」

と号泣しながら食っていそうな そんな雰囲気なのだ。
これが、仙台にできた酒田ラーメンの店『満月』になると、
地元はもろ田舎っぽい木造のくせに仙台進出となると
妙にオサレな店構えに、有線BGM って・・・
http://www.sakata-mangetsu.com/sendai/index.html
違和感ありすぎだっつーの!!気取んなくていーよ!

ちなみに、ラーメンいただいてる途中、常連さんらしき
お客さんがスマホみて店主に
「青森、震度5だってよ!大丈夫!?」といい
「まあ、大丈夫だろ」と店主は答えている。
わたしが「ご出身、青森ですか」と聞くと、そうだという。
そちらも?と聞かれたので、
「いえ、山形ですが」と答えたが 爆
青森の人 東北人が作るラーメンだから、
美味かったのかもな!ははは


  


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2016年01月29日

写真のない東京紀行2016 爆 (2)


昨日28日、仙台長町でようやく『スターウォーズ』の新作を観た。

東京に行った時、新宿かどこかで観ようかと思ってたのだが、
さすがにそこまでの余裕は持てなかった。
観ている間は本当に面白かったのだが、あとで脚本のあちこち
かなり重要な部分まで問題が多すぎて、満足度は残念ながら
高いとは言えなかったので、まあ仕方なし?とするが

映画といえば、今回の東京行きの目的の大きなところが、
長年渋谷で勤めた(といっても、6年間だが自分としては最長!)
映画館の、30年の歴史に幕を閉じる最後のシーンに、旧い仲間
たちと立ち会う、というものであった。
                 * 
わたしがここに勤めたのは26歳になる1996年始めから、
32歳になる2002年の始めまで。

東京に出てきてからの、20代前半というのは、愚かな若者であっ
たわたしにとって、道を定められず、出会いもすれ違いばかりで、
実家の事情にも翻弄されっぱなしの、まさに混沌の時代だった。

とにかく自分の好きな、映画の(機械に触れる)仕事に就こうと、
映画業界へのアプローチ ことごとく失敗の末にたどりついたの
が映写技師、という選択肢。ただひとつ、拾ってくれたこの映画館
も、映写室に入るには一筋縄ではいかない一癖ある職場だったが、
ここで初めて長いつきあいのできる(一緒にバカ騒ぎもできる)
仲間もでき、わたしの東京生活は一変したのだった。

とはいえ、実はわたしの「ふたたび東北に回帰して生きる」という
ビジョンは、皮肉にも勤め始めの27歳ぐらいには脳裏に定着しつつ
あって、この映画館も3年ぐらいの勤続が限界だろうと思っていた。
結果的にはいろいろの事情で2倍の勤続になったが、やはり映写
技師というのは本来望んだ職種ではなかった事もあり、30歳に
なる頃には行き詰まりのピークを迎えていたのだった。

                 *
さて、今回の「閉館記念の宴」?には映画業界、配給会社など
多くの関係者が集まり、また直接観客をこの職場で迎え続けた
わたしの旧い仲間たち・・社員もアルバイトも集結した。

わたしはかつてのアルバイト仲間6~7人とは退職後も10年以上
つきあいがあるので、彼らと待ち合わせて一緒に行ったのだが、
映画館自体に足を運ぶのはまさに退職後15年ぶりであった。

15年ぶりに会う、元社員やアルバイトたちはある者はレストランを
経営していたり、介護施設を立ち上げたり、映画監督になったりと
立派な躍進を遂げていたが、見かけは皆、驚くほど変わらなかった。
現社員の映写技師に、かつてわたしが働いた映写室にも入れても
らい、今はほとんど引退してデジタル機械に出番を譲った2台の
映写機にも再会し、触れさせてもらった時にはさすがに感激した。

劇場の、まさに最後の上映 というのを、仲間らと一列の席に並ん
で観たのだが、

なんと、わたしは途中、冒頭の10数分、寝てしまった 爆

つくづく、わたしは映画の世界から、遠のいてしまったのだ・・・
そんなことを、思った。

もちろん、懐かしかったのだが、この、怒涛のごとく押し寄せる、
「ぶ厚い過去の奔流」に、わたしは辟易しかけていた。

わたしは今、全く別の世界に生きていて、まだこれから進まねば
ならない。とにかく、現在・未来の世界へ戻らねばならない・・・
そんな風に、思ってしまっていた。
もしかすると、その場にいた皆も、そうだったのかも知れないが。

確かにわたしは、この東京で遅い青春を過ごしたが、
いまもやっぱり、東北で更に遅い青春を生き続けているのだ。

『スターウォーズ』を観ていても、わたしの興味は映画業界とか、
最新映像技術とかにはほとんど残っていないのがわかる。
わたしの求める世界、仕事とはどこにあるのか?
その答は、わかっていないようで、わかっているようで・・・
とにかく、今続けていられる事を やっていくだけだな。



  


Posted by げん at 14:50Comments(0)えみし旅を想う

2016年01月13日

写真のない東京紀行2016 爆 (1)


あけましておめでとうございます

とはいえ、すでに1月12、いや13日
完全に寒中お見舞いの時節です
この年始は、帰省から仙台へ戻ると
いくつものお年賀をいただいておったのですが
またすぐに東京へ飛び出さねばならなかったので
お返しは東京に着いてから書き
東京の知人たちにはギリギリ本人に手渡し
しかし仙台など遠方の方々には逆に間に合わない
結果になってしまいました・・真に申し訳ありません。

昨日、仙台へ戻ってきたのですが、
昨年末 クリスマスあたりからずっと旅のような感じで
さらには年賀状や原稿書きにも追われていたので
実にひさびさの仙台ゆったり生活・・・
とはいえ、今週数日間だけ ではありますが
ひとまず旅はしばらくの間、おあずけでいきたいです。

さて、東京行きの話なのですが、
例によって、フィルムで撮影したので写真はいまだ
できあがっておりません 笑
なので、文庫小説を読んでいると思って がまんして下さい
(がまんしてまで読むか)

5日火曜から、10日日曜までの滞在 としながら
結局一日のばして11日まで まる一週間もいました。
出来事としては、大きく分けて音楽セッション関係2日と、
むかし勤めていた映画館さようなら会関係で1日 の予定
でしたが、これも結果的に音楽セッション+1日追加で、
映画館関係も+1日追加 と華々しさ増加しました。

さらにさらに、今回わたしはこの旅に
「なつかし企画」と「新開拓企画」をぜいたくに盛り込み
とんでもなく慌しい、怒涛の一週間で 自らを血祭りに(爆
あげていってしまうのでした・・・

「なつかし企画」とは、ありていにいえば 今回は
@10年ぶりぐらいに神田神保町の楽器街に行って
  フィドルの弦を買ってみる+物欲に耐える
@10年ぶりぐらいに池袋西口の『君塚』という
  立ち食いそば屋に行ってみる
@?年ぶりぐらいに昔住んでた小平駅前の
  『満北亭』という札幌ラーメン屋に行ってみる
@むかし早稲田の学生街で髪を刈ってもらっていた
 いまは本郷で営業する理髪店さんで刈ってもらう
@あと、荻窪のラーメンか新宿の沖縄そばを食べる

などの実施がありました 笑

・・・これだけでも一週間内ではかなりあわただしく
なりそうですが、これに「新開拓」を上乗せです。
これは主に近年、特に首都圏に増えているという
喫茶施設と書店の融合「ブックカフェ」巡りです。
しかしさすがにそれだけでひとつの街にわざわざ
行くという余裕はなく、たとえば上記の神保町へ
行く用事があれば神保町のブックカフェに行く、と
いう具合で基本「ついで」として足を運んでみました。

「なつかし企画」として、池袋の西武地下にある
大書店「アール・ヴィヴァン」「LIBRO」の跡地へも
行ってみたのですが、ここが全く違う様相を呈して
いたので、「新開拓企画」へ変更でした。
地下はまるまる三省堂書店と直営?の雑貨店に
なっていましたが、別に数階からなる『書籍館』という
大型書店ができていて、そこに驚きのお店が誕生
していました なんと、昨年11月 できたてです。
こちらでその驚異的なお店構えが見れます
http://zabiena.exblog.jp/24705068/
実はこのあと、東急ハンズでも共通の商品を置く
区画ができていたのですが、最近 化石とか鉱石
流行ってるんですかね。今回は、科学博物館に行く
余裕が持てなかったので、うれしいんですけども。

この店ではさらに、土偶のレプリカとか、医療器具とか
なぜか義眼とか(笑)多様なマニアック趣味的な物品
が数々 骨董的なタイプライターとか、奇妙にでかい
オルゴールとかおそらく所謂スチームパンクという
SF的趣向の影響が現れている気もするのでした。

特にわたしが本当にぶったまげたのが、天文学関連で
むかし作られた「星座早見表」(非売品)なのですが、
これは『図説 宮澤賢治』などで写真が載っていたもの
で、とにかくふぁんたすてっくなデザイン!ひそかにずっと
憧れ、さがしていたものでした・・上記のblogにも写真あり
(市販のものはいかにも教材的で、味気ないんです)
非売品かあ そうだろうなあ 復刻しないのかなあ

個人的にもうひとつ、目が釘付けになったのが、
リアルな、しかもユーモアあふれるカエルの置物たち
http://www.gakuzan.net/amp/
なんと、福島県須賀川市で手作りされているのだそう
カエル好きにはたまらん!ですが、嫌いな人にも
なんだか強烈にオススメしたい素晴らしい作品群です。

って なぜか、そんな話からでした。




   


Posted by げん at 02:47Comments(0)えみし旅を想う

2014年12月23日

『NO NUKE』デモの現場へ行く


今回の東京行きの話のシメとして、脱原発
を叫ぶ現場に赴いた事を書き留める。
一度、是非とも足を運びたいと願っていた
場であった。

その話をすると、さるさんがもしよければ、と
案内をかって出てくれた。その現場とは、
一般都民もむやみに足を踏み入れないよう
な、閑散というか、殺伐とさえして見える、
永田町という官庁街。しかも、陽が沈んだ頃
の開始である。福島での原発災禍から3年
以上が経つ今も、毎週金曜に開催されて
いる事で知られるが、ほとんど報道はされて
いない。



以前さるさんも参加した事があったが、シュ
プレヒコールの過激さ、乱暴さなどが気になり、
足が遠のいてしまったようだ。
そういえば、どこかの新聞に載った記事で、
このデモの過激な「叫び」の件が批判され
ていた。運動家の
「とにかく何か行動をしなければ。続けなけ
れば」
というような発言が、
「もはや本来の目的はそっちのけ。デモと
いうパフォーマンス自体が目的になっている」
という批判に晒されていたように記憶する。

だから、「反原発なんて、くだらない」と一笑で
片付けたいのか。それとも
「もっと、別のやり方が必要だ」と憂うのか。

確かなのは、あの時から、年月が経過していて、
政府が「時間が解決する」とでもいうように
発電所再稼動を推し進め、人々の怒り、焦り、
憤りが高まっているという事だ。そのどうしようも
ない無力感を振り切ろうとする余りに、「叫び」
には過激さが増してしまうのかも知れない。

そういう、人の心を推し量るべきではないのか・・
いま、こうした、必死で行動する人間を、ネット上
で さらりと一言批判して終わり、で何になるのか。
両者の間には、本当に断絶があって、本当に
理解し合えないのか。俺たちに、便利なツール
はあるが 議論の場を作ろうという意志はあるか。

この日の永田町行きは、飲み客で溢れかえる
新橋駅から、歩いていってみたのだ。
予想はしていたが、やはり永田町では舞台が
閉塞的すぎるように感じた。まるで政治の中枢
がそのような場所であるのをいい事に、政治の
トップに声を届けに行っているつもりの人々を、
逆にデモという行動の強みであるはずの、
「市民に波及させる」「市民を巻き込む」
という効果が全く発揮できぬようにし、隔離状
態に陥れようという、「敵の思う壺」にはまり込
んでいるような印象にさえなっているのだ。
「街」に戻ろう。生きている、都市の中に。



帰り道さるさんが、ピーター・バラカンさんが
彼のラジオ番組で、さるさんの、原発に対す
る想いを託した投書を読んでくれた事を話し
てくれた。その番組も、いまはないという。
ご主人がこうした運動に足を運ぶのを心配な
さるようなので、さるさんこの日は内緒で来て
くれた。このblogでも名前は伏せた方がいい
かと思ったが、それは不要と許して下さった。
今回の東京旅は、つくづくさるさんの存在あっ
ての実りあるものであった。
重ね重ね、さるさんありがとう!と言いたい。





  


Posted by げん at 20:31Comments(2)えみし旅を想う

2014年12月21日

アイルランド音楽 と 東京一極集中 爆


最近、うちのパソコンが外につながりにくくて
なかなか更新ができなんだ
Facebookなんかも、もちろんほとんど覗けぬ
だが、こんな不便さが今はなぜか心地よい 爆

10月31日(金)

新潟に出張中のため今回は会えないかなと
思っていたおなじみ岩谷さんが、今日帰って
きて、四谷モリガンズのセッションに行くので
よかったら会いましょう、とメール来たる。

実は先日のWarrior Celtで久々お会いした
こめぐさんと、ろくに話もできなかったので
この日参加されるという池袋ダブリナーズに
行くつもりだった。しかし岩谷さんにも会って
おきたいものだと思い、では今夜はこの2店
ハシゴか!などと無茶な事を考えてしまった。

この日の夕方は新橋方面に所用があった為、
流れとしては四谷→池袋か、という事に。

しかし、やはり甘かった。
セッション、それも初めて顔を出す場に参加し
ておきながら、器用に途中で抜け出すなどとい
う芸当ができるはずもなかったのだ。

四谷モリガンズは全くの予想外で、場所もわか
らなかったが、上智大学を大きな通り沿いに
歩くと、あった。



なんと、あの愛子さんが弾いておられる。
完全に、ここ数年はお会いするのを諦めてい
た人だ。Warriorでお会いした面々も何人か。
演奏者たちにはテーブルがなく、半ステージ
状態。なんとなく緊張してしまう雰囲気。

お名前を聞きそびれた、一人の演奏者と話す。
「仙台ではセッションは月に一度くらいです。」
「ああ、でもそのくらいが、いいと思いますよ・・」

東京の人も、東京はセッションがあり過ぎる、と
感じているのだろうか・・笑
確かに、本国アイルランドやアメリカ・カナダでも
ないモンゴロイドの島国で、これだけ盛んに
アイリッシュ・セッションが行われている現状と
いうのは、考えてみるとかなり不思議だ。
特に極端に一極集中的な東京では、平日・
土日に関わらず、新宿、渋谷、上野、中野、
高円寺、吉祥寺、大崎、自由が丘、武蔵小杉
・・・と毎晩のようにどこかで繰り広げられている。

わたしが東京へ出た90年台初頭、アイルランド
音楽に魅かれバイオリンを買ったはいいが、
周りに誰一人同好の士がおらずそのまま15年、
無為に過ごした事を思うと、未だにあの状況が
普通で、今の状況は夢か、と勘ぐってしまう。
若い人たちには、逆に少し前まではほとんど
日本にアイリッシュセッションがなかった事など
想像もつかないだろう。現代は日本が勢いを
失った不幸な時代という人が多いが、ことアイ
ルランド音楽好きには全く幸福な時代である。
(アイルランド本国のTV取材とかは、来てない
のだろうか?面白い番組が作れると思うが 笑)

そういえば、最近『地方消滅』という本がベスト
セラーになったが、追って『「地方消滅」の罠』
という、批判・反論本なども出て危機感を無闇
に煽るな、という話にもなっているようだ。

首都圏には、現在3500万人が住んでいる
のだが、実は本来この圏内?は1000万人
分の水しか自給できないらしく、その許容量
の3倍以上が住むようになったため、今では
群馬方面から莫大なエネルギーを使って、
水を確保しているという。この巨大都市がそ
のような莫大なエネルギーを必要とする状況
を脱しない限り、東京が脱原発を本気で考え
る事などない、という声もある・・というか、実
際そうなのだと思う。

今こそ、首都圏に住む人々、一人一人が
「自分は本当にここに住み続けるべきか」
を問い直す時期なのだろう。
(わたしはその問に8年前解答した訳だ)

それにしても、東京の私立大学に定員以上
の入学を制限するとかいう措置は、
「地方の若者の流出を食い止める」
ためなのだそうだが、何か違うと感じる。
東京の「魅惑的な桃源郷」状態を維持して
おいて、魅かれてくる若者を締め出そう
など、虫のいい話ではないか。
とはいえ、昔の若者が「憧れて」東京へ
出たのに対し、近年は仕事がなくて
「仕方なく」出る若者が多い という話が
『「地方消滅」の罠』にあった。

ところで、首都圏3500万人から2500万人
を引き抜いて地方に分配?できたとして、
東北中にもアイルランド音楽人口が増えて
セッションがどっかんどっかんとなるか・・・
というと、それはわからない。

というのも、どうも東北でアイルランド音楽を
やるのと、東京でやるのとでは、感覚が微妙
に違う気がするからである。

そもそも、どうして東京でこれほどアイルランド
音楽が盛んなのかと考えると、当然音楽的
教育環境の充実度、海外旅行の普及度、と
やはり人口比率に見合う出会いの確率の高さ、
といろいろあるだろうが、何よりわたしには、
日本人には東西問わず、DNA的になのか、
風土的になのか、アイルランドなり、ケルト
なり、というものに対する異常なシンパシー
があるからだろう、と思われてならない。

ところが、特に東京のような超巨大都市に
なると、まあ何と言うか、当のアイルランドとは
かけはなれた風土・環境になってしまう。
とはいっても、本国のダブリンなどは随分な
大都市ではあるが・・巨大都市から与えられる
ストレスがアイルランド・ケルト的なものに対す
る憧れを増強させ、人々をアイリッシュ・セッシ
ョンへと駆り立てる そんな推理ははずれてい
るもんでしょうか 笑

これに対して、東北は本質的にかなりアイ
ルランド、スコットランド的な風土といえる。
これは、いい意味ばかりではなく、荒涼、
閑散、厳しい気候と生活・・東北では、あ
えて憧れ追い求めずとも、既にここが辛酸と
幻惑に満ちたアイルランドなのである。ここ
でアイルランド音楽を愛するというのは、云
わば津軽三味線と同じで、生活から出てくる
魂の表現という性格が強くなるかも知れない。
そういう意味では、東北に音楽人口はそれ
ほど増えないとしても、音楽そのものに込め
られるソウルは、本来のアイルランドのもの
により通ずる事ができるのかも知れない・・・

なんて書くと、東京の人たちに怒られようか。
けれど、やっぱり東京のセッションは滅法
面白い!行く度面白いのは確かだ。
願わくは、どんどん東北へ遊びに来て、
いつしかこちらへ移住して下さらん事を 爆

こちらは、四谷の翌日夜、武蔵小杉にある
マッキャンズにて。



2010年12月に来たのは、移転前のお店であ
った。新店の場所、なかなかわからず、当時
仙台Barm'sにてセッション中だったTRAD♀さ
んにさりげなく?SOSメールを送る 爆 
おかげさまで何とか到着。
なかなかのお店で、Barm'sの姉妹店として
仙台に移築させたい感じ(!)でした 


  


Posted by げん at 17:56Comments(0)えみし旅を想う

2014年12月05日

上野 その2!


今回、なぜか上野の科学博物館に、何年か振りに
行ってみたかった。
さてその時の写真がようやっとできあがりまして・・


       って、三葉虫かいっっっ   
  後ろで不気味にほほえむのが奥羽越現像   


ここは、幼少時、実家が世田谷にある母と一緒に、
東京に来るたびにやってきていた。いわば、わたし
にとって東京原風景なのである。

ただ、昔とは違っている。古風な外観はそのままで、
正門向かって左に巨大くじら、右に蒸気機関車も
そのままだが(くじらは、本物の骨→ざとうくじら原寸
大模型→しろながすくじら原寸大模型 と変換してきた)
正門から入ると巨大肉食恐竜タルボサウルス全身骨
格がお出迎え、というのはなくなった。恐竜の化石は
大体新館として建造された「地球館」に移されてグレ
ードアップという事になっている。

さて、実は今回、驚きの展開となった博物館歩きであ
りました。
なんと、音楽仲間の、さるさんが、ご一緒して下さる 
という・・・・・・あれは、夢だったのか? 爆

なにしろ、日本最大とも思われる科学博物館。一日で
は廻りきれまいという館内を、女性をマニアックに引っ
張り回す羽目になりはしないか・・と心配したが

なんと、今回 幸か不幸か?博物館の約半分のエリア
が(恐竜エリアも含め)改装中だか工事中で、つまり
通常の半分ぐらいしか見回る事ができなかった。
しかし、そのおかげでちょうど一日で見回れる規模に
なって、いろいろとおしゃべりなどしながら楽しめたの
であった・・さるさんも楽しんでもらえてたら幸いなのだが

さる「(江戸期の『道中まくらあんどん』を見て)すごいね。
  そろばんがあって、ろうそくがあって、あんどんがあっ
 って、まくらにもなって・・多機能な。昔は住所不定の
 人が多かったのかな 笑 そんな事ないか」
げん「旅をしながら商売してた人は多かったみたい。
  西日本では旅商人とか芸人は差別されて(以下略)
  でも娘さんたちには憧れだったみたい。寅さんも
  その流れかもね。」
さる「モテモテだもんね寅さん」
げん「いや、悲劇的な結末が多いですが(爆)」  


気の合う(しかも知的な)女性と博物館を歩くのがこれ程
楽しいとは(笑)それに博物館もいろいろあるけれど、やは
り科学・自然史関係ほど、楽しめるところはなかったので
はないかと思われた・・・


     夢じゃなかった、写真がある 爆
   さるさんにお許しいただき、載せてみました
      

なんでかというと、こうした博物館では、虫とか、タコとか、
よくわからない生物とかがいっぱい見れるので、女性の
素直な反応がかわいらしくて、おもしろい(ぉぃぉぃ)
なにより、さるさんらしいユニークな視点や言い回しが
楽しさ100倍なのである。

げん「あっメンダコだ。」
さる「うわあ・・妖怪みたいな」
げん「メンダコはマニアの間で大変受けてる、タコです」
さる「え、かわいいって?(苦笑)」
げん「うん。『きもカワユス~』『ファンタジアカワユス~』
  とかいって・・・しょこたんか誰かが」
さる「しょこたんでしょう・・・」

実はこの日、二人は各々の楽器を持参。
(ハープは受付で預かってもらった)
博物館を出た後、夕暮れの上野公園で
ハープとフィドルのベンチセッションを
してみよう、という目論見であったが・・

後悔のひとつは、日没が思った以上に
早く、蚊も出てきてかなり短時間で終わ
ってしまった事。博物館、一日で回れる
とわかってたら、入館前の午前中ぽかぽ
かの中、先にこちらをやっていたかな。


     ううむやはり携帯レンズの傷による
     ぼやぼやが・・・
    もとの写真のステキさは言うまでもない


後悔のふたつは、さるさんのハープに合
いそうなキレイな曲、何曲か考えてたのに
舞い上がってしまったか?結局ほとんど
思い出せなかった事(だめじゃん)
思い余って?いつもの早い曲キコキコ弾いた
りしてしまい、さるさんと合わせる事ができた
のは実に僅かな時間なのだった・・・
ごめんね、さるさん。

やはり、上野・東京の博物館、すごかった
けれど、宮城・東北の博物館だって、決して
遜色はない!とあらためて思う。
さるさんと、いつか東北の歴史関係の博物
館も、歩いてみたいな(ぉぃ)と夢が増えた、
今回の科博散歩なのでした。
さるさん、ありがとう。



  


Posted by げん at 19:06Comments(0)えみし旅を想う

2014年11月28日

上野 その1!


今回の東京行き、上野との縁が多かった。
そのひとつが、2年前に初めて訪れたブリティ
ッシュ・パブ『Warrior Celt』再訪である。
もともとが勝手に我が心の師とさせていただい
ておる(笑)モハーさんが常にミュージック・セッ
ションの舞台に選んでいる事で関心があり、上
京した際に私も参加するとたちまちそのワイルド
かつファンタスティックな雰囲気、セッションに
参加する面々やオーナーの魅力、そして何より
次々に繰り出される未知の、刺激的な曲たちの
数々に、打たれまくったものである。



ううむむむ・・・携帯カメラレンズの傷によるボヤケ
が限界に 汗

山手線上、御徒町と上野の駅のほぼ中間に
位置し、このような実に東京東部的な猥雑活況
のガード下に広がる繁華街の中に、紛れ込むよ
うにその店はある。

この東京行きは11月になるかならないかの頃、
と漠然と日程を考えていたが、モハーさんが11
月始めのセッション日は欠席との事と、10月最
後はハロウィンセッションである、という事で10月
に即決したのだった。しかしその結果、この夜は
結構すごい人数が集まってしまったようであった。



ボヤケがひどい・・・ひどすぎる

今回は、今年ドイツから帰国されたという椎野さん、
熊五郎こと山崎さんなど、凄腕フィドラーたちとの
新たな出会いに恵まれたが、ひとつ印象的だった
のが、アイルランドに一年半留学していて帰国した
ばかりの、福岡在住の若き女性アコーディオン弾き、
町田さんであった。なんでも、これから東京、関西
のセッションを渡り歩きながら福岡へ戻るという事。
隣に同席させてもらって、その見事な明るいボタン
アコの響きを堪能した。幸い、曲出しされた組み合
わせが私も知っている曲だったのでふつつかなが
ら共演を楽しむ事ができた。

それにしても、かつて四国、九州を旅して思った
のだが、かの西日本の女性たちというのは実に
冒険心にあふれている。沖縄で出会った鹿児島
の女性は、モンゴルのオートバイツアーに参加し、
北海道最果て・オホーツク海沿いの宿で住み込み
で働いていたりしていた。高知で出会った歌手は
仲間とライヴハウスを手作りして、貧しさを乗り越え
てやがて全国区のアーティストになった。私の郷里
の姉などはまず考えつかないような生き方だと思う。

大いに余談だけれど、私は仙台に移住してから
とんと本気の恋愛というのをしていない 爆
単に歳のせいなのかも知れないが、これはもしか
すると、女性が自らの武勇伝を語ってこない事、
つまりよくも悪くも東北女性の自己主張の弱さに
も原因があるかも知れない・・・などと思う。
とはいえ、それは男の私にも言える事だが 苦笑

ニューヨークのいわゆるアーティストという
人々の多くは基本的に「自称アーティスト」
なのだそうだが、それで立派に生活してい
る人が多いという。彼らに大切なのは、自ら
のストーリーを持つ事。ウォーホール、バス
キアなど、自らの人生なしには語れないア
ート、つまりは人生そのものがアートとして人
の心を打つ、というケースが多い、という訳だ。
日本のアーティストの特徴は、やたらと他人、
つまり他のアーティストや業界に詳しいのに
自分の人生やアートを理解しない、語れない
人が多い、事だという。

って、なんの話や。
  


Posted by げん at 19:55Comments(0)えみし旅を想う

2014年11月13日

高円寺のはなし


順序的にはおかしいのだが 笑 今回の東京行き
最後に訪れた高円寺で想った事を。

杉並区高円寺には、23歳から33歳までの10年ほど
も住んだ。その前に練馬区に3年間、後に小平市に3
年間。今の仙台もまだ8年目なので、未だ最も長い居
住年数を誇る町、という事になる。

実は、それ程この町が好きだった、という訳ではない。
住みやすかったのは確かで、ずるずると、だらだらと
住んでしまった、というのが正直なところだろう。
どこまでもこきたなく(笑)せまくるしい街並み、安い
定食屋、銭湯どころかコインシャワー。よくわからない
コンセプトの喫茶店。
何でもありなんだ、許されるんだ、その懐の広すぎさ故に
若者たちは甘えまくり、堕落する 爆 昔ここに住んでいた
若き作家みうらじゅんが、あまり長く居座っていると
大成できんぞと諭されて原宿に引っ越したという、
有名な話がある。

特にわたしがこの町に住んでいて危機感を覚えたのは、
安い定食屋、ラーメン屋の多さで、自炊を全くやらなくなった
時期があった事であった。しかし人間、コメを炊く事すらしないと
生物としてダメになる気がわたしにはした。多分、生まれ育った
のがなんにもない田舎だった事もあり、高円寺のようなある意味
過剰にモノがあり便利すぎる環境に違和感を感じ始めていたの
ではないかと思う。

しかし、この町のやめられない最大のポイントは、未だに
月の家賃2万~3万円の、四畳半・風呂なしアパートが
存在する点であった。
岡崎武志『貧乏は幸せのはじまり』(爆)に、こんな一文がある。
「四畳半は男独り暮らしには必要にして充分な広さ。これが物を
増やしていき、狭いと言い出してから、人間の堕落が始まる。」

確かに、未だに四畳半には、地方からカバンひとつで転がり込み、
住み始めた記憶を持つオールド・ボーイどもには大きな魅力を
感じさせるものがある。

しかし、時代は完全に、そうした旧き良きものを葬り去ろうと
している。
わたしが六年ほど住んでいた、四畳半風呂無し・トイレ共同、
月1万9千円のアパート、今回実に久々にその場所へ行ったら、
かつての大家さんの家族が一軒屋に建て替えて住んでいた。
まあ、無理もないけれど。

仙台などでは、逆に銭湯も少なく、また気候風土も厳しいためか、
東京にあったような四畳半ボロアパートというものがそもそも存在
し難い。わたしが今住んでいる、六畳ユニットバスの部屋、家賃は
3万円前後、というのが仙台ではおそらく最低限レベルのアパートだ。
東京都心なら6万円はする物件であるが、東京ではもはやこれが
最低限になりつつあるのかも知れない。そうなると、日本人がもう
これからかつてのような豊かさを謳歌できなくなるであろう時代、
若者にとって東京は決して裸一貫で飛び込んでいける新天地とは
言い切れなくなるだろう。

なんて事を考えながら また中央線に乗り込む・・

  


Posted by げん at 18:37Comments(0)えみし旅を想う

2014年10月20日

こんちねんたる のはなし




2002年春、ブリテン島とアイルランド島を
旅した時、宿の朝食にて
「イングリッシュ(またはすこてorあいり っしゅ)」
か、
「コンチネンタル」
か、 どちらか選択してくれという事で、
よく意味がわからぬまま「こんちねんたる」と
頼んだら、パンとティーだけだった、という
思い出があります 笑

なんだ、「簡略式」という意味か?と思ったが
後で調べると、直訳では「大陸式」との事。

どういう事なのかよくわからなかったが、
のちのち日本人がパリについてよく分析した
古典といえる名著『パリ 雑学ノート』(玉村豊男)
を読んで、ようやく本当の意味が飲み込めた。

つまりロンドンでは、朝メシにパン、シリアルに
肉、タマゴ、野菜?など「がっつり」食べる。
に対しパリでは、朝メシはパンにバター塗って、
コーヒーか茶で済ませる。
英国圏の宿でこの選択肢があるのは、大陸か
らの旅行者が普通に多いからか。

英国人に言わせると、
「こんちねんたるなんかで一日が生き抜けるか!」
なのだが、フランス人に言わせれば
「朝からそんなに食ったら腹もたれるだろうが!」
なのだそうだ。

ただし、フランス人は朝は簡単な代わりに、
昼以降はがっつり食うのだという。
翻って、英国人の方は昼以降は大したものを
食わない・・朝が一番マトモなごはんのようだ。

ちなみに、わたしの日本での日常の朝メシは、
こんちねんたる である。
とにかく、コーヒーか紅茶で目覚めたいので、
あと軽くパンに何か塗ればいいのである。
山形の実家でも朝はパンだが、ハムと野菜は
必ずはさむ。札幌の兄貴は、朝は和食で
しっかり食わないとダメなようだ。

*写真は、今年の誕生日にモンサンルーで
 いただいたケーキのセット(にあわねー)
 朝メシではありません。
  


Posted by げん at 16:47Comments(0)えみし旅を想う

2013年04月29日

岩手盛岡 こないだの思ひ出





盛岡で朝を迎えれば

晴天ならば必ず「福田パン」へ行き

たいていバナナクリームと生姜焼きをはさんでもらい

近くの川沿いへ降りてこれを戴く

これぞ至福の 旅の朝  


Posted by げん at 04:05Comments(0)えみし旅を想う

2013年04月08日

浄土ヶ浜に行きました


久々の岩手県!






  


Posted by げん at 23:48Comments(0)えみし旅を想う

2012年12月13日

今さらながら岩手


なんと・・・12月も中旬である。
こないだ岩手、そして東京へと行ってきたばかりだと
思っていたのに。
とりあえず、載せ損なっていた写真などお見せして
おこうかと思います。




わたしが盛岡市内で目覚めて、おなじみ「福田パン」
にてパンを2つ買い、朝食にしようと近くの川沿い
に向かいます。そこの、風景です。
この巨樹の下で、女性が読書していたりして、非常に
絵になる場所です。わたしは一度Fiddleを弾かせていた
だいたりしてますが、それはうるさかったかな・・・
こんなところが、「都心」にあるなんてさすがはわが
盛岡市、なのです。




この秋、遠野へ向かうのに、平泉の高舘橋を渡って
束稲山麓の道路を通っていったのですが、橋の上から
見えたのがこの「地上絵」でした。この季節限定の、
「ライスアート」なるもののようです。

  


Posted by げん at 17:42Comments(0)えみし旅を想う

2012年02月11日

旅 最終回は奥羽越・東北





               岩手県わが聖地のひとつ


函館 夜23時過ぎの船に乗って、青森を目指す・・・
って、到着夜中の2時過ぎじゃないか 爆
ひっそりと眠りについた町・青森市に上陸。
ああ 「地元」に戻ってきたんだなと思う・・・
適当に24時間経営のお店で朝を迎える 笑

早々と出発。7号線で秋田方面へ南下。
既にクルマいっぱい! ビュンビュン!
今日のうちに盛岡に着きたい。内陸を突き進み、
八幡平の山々を越えて岩手方面へ出よう。
天気が心配だったが、意外にも恵まれた。
途中、鹿角あたりで食べたラーメンも、よかった。

八幡平の山を越えている時、突然クマに出会った。
見晴らしのいい広めの道で、クマは反対車線の方
の草むらから踊り出てきたので、それほどこちらは
驚かずに済んだのだが・・・むしろ向こうがバルⅡの
エンジン音に仰天してあっという間に消えてしまった。

北海道行きの際 悪天候で見れなかった盛岡の北の
高原に何とか立ち寄る (上の写真)
盛岡に南下中、空模様が怪しくなってきた。
まるでわたしが降りてくるのを待ってくれたような(ぉぃぉぃ

10月15日(土)
盛岡に一泊し、おなじみ不来方じゃじゃめんを食べて 笑
花巻に出発!!
花巻空港の建物でアイルランド文化紹介のイベントがあって、
あのTRAD夫妻が何やら、活躍するというのだ!
それに伴い、遠野の村田さん 仙台のトシさん達もやってくる
わたしが今回の長旅に出た時も遠野で彼らに見送られたの
で、是非ともここで無事帰還の姿を披露したい 爆 てな事で

さて、昼過ぎ到着して、会場に入ると、けっこうな参加者に
TRAD夫妻、トシさん、I谷さん、村田さん、それにお隣・北上
市からバグパイパーのウォレスさん!そしてなななんと!!
東京から「すらいごめいと」の のすけさんがぁぁぁ!!!
なんて贅沢なメンツなのであろうか 岩手の引力・・・
それにしてもTRAD♀さん「浮浪者が来た・・(汗」と言ったと
おり、わたしひどいカッコでした。

イベントはアイルランド料理、TRAD♀さんや村田さんによる
アイルランド文化のレクチャー、そしてもちろんアイルランド
音楽!!で大盛況 TRAD♀さん大奮闘でした。
(そしておれは食ってただけでした 爆)

夜は やっぱり花巻誇る(というか岩手誇る)アイリッシュパブ
KEGにて皆でセッション!これが何と言っても楽しみだった。
あらためて、帰ってきたな~と実感 嬉しかったな
ちなみに、この日初めて花巻に宿をとったのだが、トシさんが
以前 紹介してくれたホテル「花城」で なんと!今夜トシさん
I谷さん村田さんそして のすけさん も同宿でした。

次の朝
ホテルで4人のおとこ ともに朝食

「鉛温泉 なまりおんせん  に行こう!!」

という話になる 素晴らしい!

花巻温泉郷にこの身を委ねるのは初めて!
トシさんたちはクルマで わたしはバルⅡで追いかけて 笑
西の森の中へ入っていくが、突如天候が崩れて雨が!!
フィドルだけクルマに入れてもらう

鉛温泉はかの宮澤賢治さんも訪れたという名湯
その古くからの建物 売店のおばあさん
独特な作りと雰囲気の浴場・・・また仲間たちと浸かる湯
というのがなんとも言えず最高!!なんという至福の旅

外に出ると雨はあがっていた





お昼ごはんは蕎麦で という事で走り出す。
花巻へ戻る途中にあるそば屋さんで皆で待っててくれて
拍手でカブ乗りを迎えてくれる 笑
このおそば屋さん 美味しかった。外で、鉄砲の音がした。

トシさんI谷さん、のすけさんはこれから新幹線 村田さん
は遠野へ わたしもいよいよ仙台まで南下 となる。
名残惜しい事です。新花巻駅近くの可愛らしいカフェでお
茶してお別れ みなさんありがとう!!本当に

独りカブ旅 平泉は束稲山の麓を通り 日は暮れて
一関から国道4号に乗って一気に仙台へ。

嗚呼 終わったな やり抜いた。

生きて帰れた という事は・・・
まだ生きる価値があるって事だ!
新たな冒険が始まる。この仙台にて
新しい仕事 という かつてない大冒険が。
  


Posted by げん at 23:53Comments(2)えみし旅を想う