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山形情報ガイド・んだ!ブログ

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プロフィール
げん
げん
山形県鶴岡市生まれ。
札幌、東京と移り住み、放浪の旅をへて
東北回帰~ 奥羽越(えみしの国)を拠点
に危なっかしくも面白く生きます。

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Posted by んだ!ブログ運営事務局 at

2011年02月28日

日記 抜粋


2月23日(水)
村田さんがアドヴァイスくれた遠野の宿 決まる。
あと、盛岡の宿も、決める。いつも予約なしで行くけど
ネットカフェになったりするので(爆)それは避けたい。

2月24日(木)
「げん」と呼ばれると、うれしい。
やっぱり、呼ばれる名前で、何というか 運気の流れが
変わってくる気がするし 笑
奥羽越現像の名前を持ってから、明らかにわたしの人生
は変わってきた。まあ よくもわるくもね 俺にとってはいい
何より 偶然できた名前なのに、響きがとても好きなのだ

2月27日(日)
長い冬 暦上ではようやく、最後の日となる。
3月は前半岩手、後半蔵王方面へ旅?音楽修行?の機会
「芸術」と「生活のための仕事」の真っ向対決!!の月になる
なにしろ、音楽やる日に限って仕事は多忙日になって邪魔を
してくる(笑)

4年ぶりの 北海道へのオートバイの旅 についてよく考える
行きたい気もするし まだいいかな と思ったりもする。
いま冬だから 夏のあの地を思い出せないせいもあるかな

北本さん言ってたが オートバイ乗りはすっかり減って
自転車旅が急増してるそうな 
あの愚かしい バイク駐輪規制強化のせいもあろうし
自転車テクノロジーがやけに向上して魅力的になってる
こないだ工事現場の警備員がわたしを見てレシーバーに

「チャリンコ一台 通りま~す」

チャリンコなどと呼ぶな!!などと思ってしまった 笑



  


Posted by げん at 13:05Comments(2)えみし普通の日記

2011年02月23日

2月23日 火


2日間、フィドルが弾けなかったので、機嫌が悪い

最近のこと

脚本 に向かっていて、最近映画、全然観ていないことに
気づく。 映画って、どういうものだっけ? 爆

DVDレンタルの店に行ったら、日本映画の棚がやけに面白そう
に見える 今月は日本映画月間かな!

と思って、新旧日本映画 3本借りたら、この生活 観る時間
いっぱいいっぱいで たちまちアップアップ
しかしその中でも

『男はつらいよ ぼくの伯父さん』

が抜群に面白かった!(笑
実は、寅さんの映画 借りて観たのはこれが初めて。
もともと好きなシリーズだったが、最後のほうの回はあまり観て
いなかった。本作は、寅次郎の甥・満男の恋のおはなしで、これ
以降、「男はつらいよ」は満男のほうが主役っぽくなるらしい。
しかし以前、横浜在住の、映画好きの旧い友人がこれをわたしに
すすめていたので、気になってはいた。というのも、本作品は

「オートバイの旅 の映画」

なのだ・・・満男が、好きな女の子に会いに、東京から九州まで
走ってゆくという 寅さんのそれとは違うスタイルの旅が、ここに
描かれた訳である。しかしそこは、何十作にも渡って熟成されて
きた旅人と家族の物語 がっちりと家族愛、人情がアウトロー的
な道に踏み出した満男を脇から支えて、とにかく暖かい。
相手役の、後藤久美子もナイスです 笑 この若い2人、わたし
と同世代なんだよなあ。



  


Posted by げん at 21:46Comments(0)えみし普通の日記

2011年02月15日

いきなり大切な(爆)旧刊 紹介


先日、ご紹介した地元の新刊でありましたが
そういえば「わたしの一冊」の話だったので

「奥羽越現像 わたしの一冊」

を書き忘れたな、と 笑

でも、なんだろ?いろいろ大切な本はあるけど

現在の自分の根幹の部分を作ったといえる運命の書
・・といえば

『堕落論』 坂口安吾 (角川文庫)

かなあ。「日本文化史観」とか「青春論」(宮本武蔵につ
いて書いている。『五輪の書』を批判している)とか
「不良少年とキリスト」(親友・太宰治の自殺直後に書か
れた。彼を批判するようでいて真の愛すべき姿を暴く)な
ど何篇かのエッセイが載っていて、どれも高校生のわたし
には人生の指針を得るような衝撃でした。
何より安吾本人の生き様 20歳前後の苦悩とか、すごく
共感し影響されるところ大でした

しかし今回はこれとは別に、この一冊を紹介してみたい




これは1996年の刊行で、当時住んでいた東京の高円寺
いまはもうない書店で買った、旅行ガイドです。

96年というのは、何とわたしが初めて「岩手県遠野市」を
訪れた年。記念すべき(笑)東北回帰元年といえます。
同郷の作家・藤沢周平も書いていますが

「東北人なのに東北を全く知らない」

そんな自分に甚大な物足りなさを感じる わたしが当時、
何を考えていたのかは、正直憶えていないのですが
とにかくわたしはこの一冊を買って、自分が捨ててきたは
ずの東北という地に旅に出た。それ以前と、以後では、何
かが違う人間になる まさにその境目だった訳です。

それにしても、この東北ガイドの内容にはあらためて、驚か
されます。だいたい、旅行ガイドというものは、行き先の風
物や名店、グルメなどを網羅して終わりなのが現在も当た
り前ですが、これは全く趣を異にしています。

まず、ガイドを開いて最初の記事
「これまではとかく東北といえば 暗い 貧しい 寒い と
いった負のイメージがつきまとっていた」

「しかしその裏にはより強靭で、したたかでニヒルで、どこ
かユーモラスでさえある反骨が秘められている点を見逃す
ことはできない」

「東北という風土に育まれてきた人々の根幹を流れる心情
は、そこに生まれたことや住むことを嫌悪するとか、否定的
な生き様を好むとか、そんなやわなものではないという事だ」

なんだか、熱い(笑) さらに、歴史についても紹介し

「有史時代に入っても、東北は経済をコメに頼らず、金・銅・
鉄や馬をダイナミックに活用していた」

「多くの部族をひとつにまとめあげていたアテルイが、大和朝
廷に匹敵するほどの偉大な王であったことは、ほぼ疑いない」

  (注:偉大だった事は確かだと思うが「王」ではなかった
    と思う・・・)

「藤原氏はまた、蝦夷と京都藤原氏の両方の血を受けながら、
そのどちらにも与しなかった。土地から離れることなく民族が
平和的に独立する事は、現代社会が抱える最も大きな問題だ。
それを思うとき、平泉が描いた夢の大きさに圧倒されるのである」


・・・熱い 熱すぎる(爆 いったい、何なんだ この旅ガイド

今、こんなガイドどこにもないよ。 いや、実際いまの書店では
置いてないのだけど。
記述には正直、正確さを欠くところがあるけれど、これは明らかに
東北側の視点にたって作られている案内書であり、その土地を
より深く知るべきだという独自のコンセプトが伝わってきます。

実はこの『ひとり歩きの・・』シリーズは北海道から沖縄まで、各
地方にわたって同様に熱く掘り下げており、わたしは四国編も
買ったのだけど、高知地方が縄文の気質を強烈に残していて、
実は弘法大師・空海の出自が関東か北陸の蝦夷だったことなど
ほかのどのガイドに載っているでしょうか!?

ともかくも、果てしなく見知らぬ土地への想像力、憧れを喚起す
る力作であったことは確かです。

ところで、年末年始たてつづけに東京を旅した奥羽越現像
やっぱり東北の生活に疲れて東京が恋しくなったか?と疑われ
たりなんかしてますが 笑

逆です 北が、岩手や北海道がなつかしくなってしまいました(爆

と思ったところへ、おなじみTRAD♀さんから連絡
なんと、来月はじめ 一年振りに岩手県花巻市のアイリッシュパブ
『KEG』
にてライヴセッションをたちあげるというではないですか 感激・・・

という訳で、冬の北東北を愛でる旅その想い余っての紹介本でした。

  


Posted by げん at 15:43Comments(2)えみし気になる世界

2011年02月13日

いきなり面白い!新刊登場





比較的行く事の少ない、仙台の老舗書店「金港堂」に入ったら
ここは郷土関連の本が充実していて見たこともないものもちら
ほらあったりして、いきなり(!)こんな本、発見。

『仙台 本のはなし 24人でつくりました』

しばらく立ち読みして、その場で即、買い(1200円 高い?)
基本的に慎重なわたしに衝動買い?させる本、たまにあるが
これは、なんだか面白すぎる気がした。

まず、のっけから 「101人 わたしの一冊」てことで
仙台ゆかり101人さん、各々にとって人生最上の本一冊を紹介。
仙台在住の作家、音楽家、それに市長さんまで登場、オトナだけ
じゃなく、小学生たちも堂々わたしの一冊を紹介する。 なかには
わたしもお会いした事のある東北大学植物園の園長さんや、近
所の古民家風おもちゃ・絵本屋「横田や」の店長さんも!

仙台在住としてもすっかり知られた?伊坂幸太郎、俵万智、熊谷
達也各氏も対談で仙台、東北への想いを語る。

そして今回 即買い!の決め手となったのが、佐々木喜善(きぜん)
に関する特集である。以前のYAHOO!ブログの中で書いたのだが、
彼はこの奥羽越現像にとって、「東北回帰」の引き金になった重要人
物のひとり。
柳田国男がかの有名な『遠野物語』を書くきっかけとなった、遠野
地方の伝説民話の元ネタを 彼に語って聞かせた人物である。

彼自身、遠野から東京に出て文学を志したがうまくいかず、遠野
に戻ると東京の大学を出た、という事で政治の世界に担ぎ出され、
全く政治の駆け引きのできぬ喜善は重大な失策を重ねて無一文
になり家族ともども夜逃げ同然に仙台へ・・・
そしてわずか4年後、貧困の中で持病が悪化し、失意の死・・・

・・・と、かつては思われていた。

しかし、実態はかなり違っていたのではないか?という視点が
注目されたのが、昨年はじめの仙台文学館における喜善展に
おいてであった。今回のこの本の特集は、その喜善展の成果を
より掘り下げた形のものである。

故・井上ひさし氏によれば、
「本当は東京に出て成功したかったのに、中途半端な仙台という
町で終わらねばならなかった」
あわれな喜善、という事になるのだが
(井上氏は他にも、宮澤賢治の創作活動について
 「東京でうまくいかなかった事が、岩手花巻でできる訳がない」
とか東京至上主義的な失言が多かったのだけど・・)

喜善は持病(腎臓系など)の治療・療養のため仙台には移住前に
もたびたび訪れていた。病気ではあったが、都会好きの喜善、結
構仙台市内を歩き回って、実は自分が関心をもつ民俗・伝承の研
究者がこの町に多数存在している事を知る。

おまけに自分がさんざん苦労させられている遠野の町にはない、
華やかで風情豊かな都の灯りや、映画館まで楽しみ すっかり喜
善、仙台の町が気に入ってしまう。喜善展での講演でもあったように

「喜善は仙台に来て、東北全体を見据えた新しい民俗学の展開に
 積極的な意欲を燃やしていた」

結果、遠野での村長任期満了前に、仙台に移住。
その後は東北大の学者や在仙研究者との交流、自著の出版、
宮澤賢治との交友、そして何と当時類を見ない、ラジオ放送による
民話の普及活動など、貧しいながらも 目指していた小説家などと
は一味二味違った表現活動をモノにしていた喜善なのだった

こうした、簡潔なプロフィール上では見えてこない実際の人生が
明らかになる様は感動的なのだが、特に喜善の場合 このわたしと
人格的にあまりにも似すぎているため(笑)共感余りあるのだ。
彼は自分について、こう書いている

「わたしは、無口である。興に乗ってくれば一日中ひとりで喋るが、
そうでないと、人のはなしを聞いているふりをしながら 別のことを
考えている、悪い癖がある」

不覚にも、自分の書いた日記のようで大笑いしてしまった。

それにしても、24人の製本未経験者たちが生み出した奇跡の一冊
こんなに面白い本ができるのか!
いろいろな意味で、励まされ勇気のわく新刊でした。

  


Posted by げん at 17:53Comments(0)えみし気になる世界

2011年02月13日

大森さんを迎撃いたす!の夜


いやあ・・本当にここ数日、ブログどころか、パソコン開く暇すら
なかったのです 久々のIBM 極上のキータッチです 笑

実はこの週末、大阪からフィドルの第一人者・大森ヒデノリさん
が3度目のご来仙という事で、セッションなどご一緒させて戴く
ならば、せめてこちらも指が満足に動くぐらいにはしておかねば
と思い、ともかく仕事が終わったあとは他の何をするでもなく、
楽器の練習に走っていました というのも

この年末年始、仙台~東京間でいろいろなセッションに参加し
てきたのですが、仕事の忙しさにかまけて?一日二日弾かない
事さえあろうものなら、当日全く指が動かないという悲劇!に見
舞われていたからです。
(ただし指の動く動かないは、わたしのメンタル面の原因である
 ところ大なのですが)

それにしても、仕事のあと といったら夜なので、通常であれば
アパートではもう練習できません。
そこで、いつも練習場所を貸していただいている上杉のカフェに
南下するか
台原森林公園に隣接する青年文化センターの「自由広場」に
北上するかします 
どちらも夜遅くまで開いているので、とてもありがたい事です。

我らが砦・Barm'sでの大森さんのライヴ、そして我々仙台勢との
セッション 素晴らしい夜になったのではないか、と思いますが
今回、わたしはお隣でその指さばきを拝見する機会を得 とにかく
学ぶところ多かったです @子さんの時もそうだったんですが
大森さんの場合、手が大きい事や 同じ男性だという事もあってか
全く別のインパクトで 非常に印象に残りました。
また彼は北欧や広くヨーロッパのフィドル奏法に通じ、様々なバリ
エーションを披露してくださった わたしも今、ブルターニュやカナダ
などのフィドルが気になっているので、これも刺激大でした。

昨年もちょうど今頃の時期にいらした大森さん、あいにく大雪で、
つるつるの靴底で苦労されたためか、今回はかなり雪国仕様で(爆
こられたのですが 確かにこの日、朝は大雪っぽかったのですが、
夜には溶けていましたね こんな気まぐれな東北の街 仙台ですが
なにとぞ今後とも 宜しく遊びにいらして下さいませ。

  


Posted by げん at 12:56Comments(2)えみし普通の日記

2011年02月07日

アイリッシュなしでは帰れない!





ああ・・なんかなかなか書く事に集中できず また何日も
たってしまった ブログは比較的書きやすいはずなんだけど

東京にたてつづけに行ったら、今は北のほうへ行きたい 爆
花巻 盛岡 函館 小樽 札幌 いやいっそ網走まで!
豪雪の中を、さっくさっくと踏みしめながら・・・ははは

ともあれ、横浜ゆきの続きです

なんと、横浜のアイリッシュパブ 『Green Sheep』にて
昨年末に武蔵小杉でのセッションではじめてお会いした
「弓の名手」・・・いやこれだとアーチェリーになってしまう
な・・・しかしこの女性がフィドルを弾くと、まるで戦士のよ
うであり、あながちはずれてもいない表現かもしれん
その@子さん率いるバンド

Modern Irish Project

のライヴが ちょうど今回のわたしの上京2日目にあった
のである そういえば、今年早々Barm'sでTRAD♂さんに

「MIPのライヴ、絶対一度観に行きな!
          メチャクチャすげーんだから!!」

と念を押されてた フィドルを生涯の相棒と心得たからには
確かに機を逃さず参じるべし―

しかしこの夜は他の用事も重なって、中途半端に退席する
はめになりそうだし、どうすべきか・・・
とそんなところへ思いがけぬメール
なんと、岩手のTRAD♀さん そして昨年末、武蔵小杉の
セッションで再会を果たした遠距離仲間のハープ奏者・
おさるさんからである さるさん、わたしがブログでちらっと
東京行きの事を漏らしたものだから、連絡をくださったので
ある・・・かたじけない事です。TRAD♀さんからもMIPライヴ
行くべし!!との強力な後押しもあった事だし(爆)意を決し
おさるさんを横浜までお誘い申し上げた
北本さんも同行 彼は昨年5月、代々木公園でのセッション
にふらっとやってきて、我々の演奏を聴いた経緯があるので
アイルランド音楽には免疫?があるのだ

横浜駅なんて、何年ぶりだろうか?新鮮な夜の横浜を歩き、
Green Sheepに到着 ちょうどドアを開けた店員さんに促され
入店すると、すぐ目の前のテーブルにおさるさん、そして@子
さんがおはなししておられた。
つい先月お会いしたばかりなのだが、@子さん わたしをちゃ
んと「げん」の名で憶えていてくださり嬉しいかぎりでした 

このあと、入店された残る二人の男性メンバーとは初めてお会
いしたが、好青年にして素晴らしい奏者である事は書くまでも
ない・・・ドラム担当の方は、なんと仙波清彦さんのお弟子さん
という事でビックリであった
(むかし、ZABADAKのライヴでゲスト出演、超絶ドラムで場を
圧倒したのを憶えとります)

@子さんの、初めて聴くステージでの演奏であるが
本当に 自分の人生にとってアイルランド音楽がこれほど重要
なものだとはな・・・このような人と出会い、これからもセッション
で同席させていただくならば、奥羽越現像も本気モード!?である 
この人は、アイルランド音楽に人生を賭けているのだ
不肖・奥羽越現像も、音楽(と旅)だけの人生だった、となっても
充分ありな話ではないか・・・いや、映画を興す 東北を描く と
死ぬまで多分、能力不相応なまでに欲張りな男なのだ わたしは

それでも 音楽で死んでもいい と思える自分がいるのも事実
この@子さんのところまでは、とても到達はできないだろうが
わたしはわたしなりにフィドルを愛しぬき さるさんとも そして
@子さんやモハーさんともずっとともに音楽を楽しんでいきたい
と ああ!僭越極まりないが 願っておるのですよ。

しかしそれにしても、さるさんとこんな風に 一緒にライヴを楽しみ
ながら、おしゃべりなどできるなんて 夢のようです 爆
今回の東京行きは、旧友どもとの新年会が目的という事だったが
完全に昨夜の記憶がかすんでしまったよ・・すまん旧友ども 笑
次は再び春うららの代々木公園セッション!と夢見ていきたいとこ
ろですが、さるさんともご一緒できたらいいなと思っております。

彼女が、店内で我々にもGetしてくれた、これにも感謝!!









  


Posted by げん at 00:37Comments(2)えみし普通の日記

2011年02月02日

またも関東を駆ける





二階建ての新幹線・・・何年ぶりに乗ったことか ビバ新幹線

さて、昨年のクリスマス強行に引き続きわずか1ヶ月でまた
東京にやってきた奥羽越現像・・・

今回の目的は、20代後半のほとんど全ての期間を職場として
過ごした渋谷の某・映画館 そこで苦楽をともにし、皆退職して
のちも10数年つきあいがあるという、おそらく職場内でも珍しい
6人組が数年ぶりに全員集合の新年会!という事であった。
ある者は茨城から ある者は千葉から と散らばった仲間等
がはるばる来るが、なんといっても、一番遠くから来るのが
わたし 笑 東北から来るかしかし

6人組は男4人 女2人で皆30代半ばから40にさしかかっている
が、どいつもこいつも年齢相応でない奴ばかり(笑
奥羽越現像の長年の友であるだけに?サラリーマン然とした者
はひとりもおらず、それぞれの形で自由人であり続けている。

男4人のうち2人は結婚し、なんと今回もうひとりの独身貴族 爆
が、「みんなに彼女を紹介します!!」と宣言してきて
それが今回、なんとしても全員集合せん!と思った理由のひとつ
でもあったか いやあめでたいではないか ちょい寂しいかな?
やっぱりこの奥羽越現像が最後まで残ったなあ 笑
仲間内随一のひょうきん者が連れてきた彼女は、思わず唸る!
正視が申し訳ないくらいの美人さんであったよ。

なんか長々と書きそうなのでできるだけ簡潔にいきませう
今回、ほかに行ったところ




やっぱり来てしまう、吉祥寺 井の頭公園の杜
冬なのに、ベンチでフィドルが弾けるんです 東京の冬は暖かいね
そして、8年住んだ高円寺に ちょっと気になる新参のお店が




『アール座 読書館』 異色の喫茶店です。
熱帯魚の水槽や、植物たちが店内に配置され、古風なのに遊び心
満載 まさに独特の読書・執筆空間を作り出しています。
店内で話をするのは遠慮して、という高円寺らしくない店だな、と
来る前は思っていましたが、実際来てみると、なるほどこれもまさに
高円寺そのものだな、と納得・感嘆いたしました。
次は、おとなり東高円寺 というちょっと盲点、というか地味な街で
すが、どうしてどうして面白い店のかくれた穴場であります




これ、何かというと「鹿の角を彫って作ったカエル」です 見事です
アイヌの伝統的な木彫りを学んだ「和人」木彫り師による店
『Yagate』
若き匠の、新たな挑戦 それが骨や象牙、角の彫刻です。

この小さな店に来るのは、昨年5月の上京時以来、2度目です。
おなじみ?旅の仲間・北本さんと今回も再会し、向かったのです
が、店主の匠・大住さんと北本さんは、北海道阿寒で知り合って
以来の旧知。大住さんは阿寒でアイヌの木彫師・藤戸幸次さん
に師事していたのでした。
実はわたしも、藤戸さんとは東京で何度か会っており、カブで
北海道を旅した時も、お世話になった事がありました。

ところが・・・今回、大住さんは衝撃的な事実を我々に伝えました
藤戸幸次さんが、昨年の夏に亡くなられていたというのです。
実は藤戸さん、阿寒の町でいろいろ思うところあって、作品製作
でいろいろ縁のあるらしい、はるか静岡県に移住していたのです
が、昨年のあの、おそろしい猛暑が北国育ちの藤戸さんを襲い、
さらに家屋が旧く水の供給に不便で、しかも大の酒好きな彼は
脱水症状に陥ってしまったらしいのです。
まだ60歳にも届かない御歳でした あのとんでもなくやさしく
ユーモアにあふれ そしてアイヌ民族の怒りを瞳の奥に秘めてい
た 幸次さんがもういない そう聞いてもなかなか実感が湧かな
いのでした。

夜が近づいてきました。わたしは北本さんと連れ立って、最終
目的地・横浜に向かいます。そこに何が・・・

                           つづくのです  




  


Posted by げん at 00:33Comments(2)えみし普通の日記