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プロフィール
げん
げん
山形県鶴岡市生まれ。
札幌、東京と移り住み、放浪の旅をへて
東北回帰~ 奥羽越(えみしの国)を拠点
に危なっかしくも面白く生きます。

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Posted by んだ!ブログ運営事務局 at

2011年05月30日

やっとの休日は豪雨


5月30日(月)
7日ぶりの休日。ここ1週間毎日睡眠3時間だったため、
昨日帰宅後17時から床入り 夜のTVが観たかったので
タイマー2回セットしたのに全く目覚めぬまま、23時過ぎ起床。
それでも、だるさ残る。いくら若い奴でも、やる生活じゃない。

実に久々に、自分でコーヒーを淹れて飲む。
朝?4時からの仕事は昼11時まで休憩がないので(汗)
夜中2時に起きたら、まずがっつり 晩飯同様のメシをとるため
コーヒーは淹れないのだ。そして帰宅後も、フィドルを弾きに
喫茶店へ行ってコーヒーを飲むため、結局自分の家でコーヒー
淹れる必要がない。なので、久々という訳だ。
せっかくの新鮮な豆が、一週間以上たってしまうのが遺憾だが
やっぱりこういう、自分で淹れる、という過程 必要だな。
西洋風の生活になった上での、実質 茶道的な役割があると
思う。コーヒーの淹れ方にうるさいのも、日本人だからなのか

今、とりあえず したい事
執筆専用的に通っている、2つのカフェで過ごしたい。
近所のネットカフェも久々行きたい(笑 震災以来行ってない
先日知った、ちょっと高めの本を思い切って買いたい。
とにかく、部屋をそうじしたい。 映画は、特に今は観たくない
・・・ささやかな事ばかりだな。だけど今は本当、そんな感じだ。

今後の予定:
6月・・・バルⅡ(カブね)を修理に出す   金あるかな

7月・・・下旬 家族で札幌の兄宅まで旅する 6,7年ぶり

8月・・・上旬 盛岡さんさ 行けるか!?

9月・・・上旬 JazzFes  中旬 やっぱり遠野行き

10月・・・京都・金沢とか行ってみる 無理?

唐突だが、先日連休中の郷・庄内にて




近くの菜の花畑。チューリップも見事だったのだが
姉(手前)と、東京から来てた叔母と一緒に観た。
あと、この季節の名物料理




手前が、孟宗汁です。若いたけのこ、酒かすで作ります
奥は、普通にしめさばと、いかの塩辛です 笑  


Posted by げん at 12:25Comments(4)

2011年05月28日

東北の怒り―というもの


5月28日(土) 
雨がひどくなるようだ
思い切って、フィドルを弾きに行くのを休んでみる。
と言っても、実はここ2日ほど、店に行っても
タイミングが悪くて弾けていない。
(ほかの楽器のお稽古組が入っていたりして)

この頃全くブログはおろか文章を書く‘もーど’自体に入れず
欲求不満に陥っていたので、もう寝る時間なのだが
(明朝また4時出勤なので・・)書く時間を割かせてもらおう。

震災を無事生き延びておられた仙台在住の作家・熊谷達也氏
が、ちょっと前に河北新報に寄せた記事のようである
http://bcoffee.exblog.jp/15310553/
氏の小説 特に北日本の野生動物と人間とのドラマなどは素
晴らしいのだが、エッセイとなると良くも悪くも軽々しくなる。
今回も、かなり感情的な文章になりすぎているようで、ネット上
ではいろいろ批判中傷が出ていた様子である。
『なぜわざわざ、東北だけで孤立したがるのか?』など・・

「東北の怒り」といえば、怒るのが「えみし」の証左 などと(笑
わたしなども日頃うそぶいているけれど、今回の震災が生んだ
一連の事象において、東北の怒りとは何なんだろうか、と考え
てしまった。

例えば、遠いむかし、この東北一帯が平泉を拠点にした
奥州藤原氏によって統治されていた時代に、今回のような
大災害が太平洋沿岸を襲ったとすると、これはほとんど
奥州を統べる藤原氏の政治力・財力で何とかしなければ
ならなかっただろう。
この時代は関東以西の東日本は源氏、西日本は平氏が治め
ていたとして、彼らからの援助はあったとしても、主力はやはり
地元の藤原氏である。また、基本的には それで何とかできる
のがベストだと思う。21世紀の、今の東北においてもだ。
東北の災害は、東北自体が主力になって解決できるような、
そういう統率力、財力、情報力を持つのが理想だと思っている。

だから、所詮 関東以西からの助力というのは、「隣国」からの
支援であって 本来、あてにしすぎてはならないもののはず
なのである。
しかし現実には、東北は独立を長年にわたって奪われて自ら
立ち上がるだけの力を失っているため、大災害が起きれば
力を吸い取っていった「中央」に頼らなければならない。
ところが、遠い「中央」とはいろいろと通じ合わない点、食い違う
思惑が生じてきてしまう。
「東北の怒り」というのは結局、独立性を失っている事からくる
ジレンマ 自分たちの事を自分たちだけで基本的にできない憤り、
なのではないかと思う。
『なぜ東北だけで孤立するような事を書くのか』
という批判は、もっともな意見ではあるのだが、これは
「日本はひとつなのに」が先にたつ概念と、
「まず我々(東北)自ら立たねば」が先にたつ概念の衝突である。

よく海外の報道で
「日本人の忍耐強さ、礼儀正しさは 素晴らしい!!」
と賞賛される事は今回広く知られるところであり
中央の報道では「日本人の美徳ですね」と言われているのだが
我々の観点からすると、
「東北人の忍耐強さ、礼儀正しさ じゃないのかなあ?」
とツッコみたくなる。そんなハシタナイこと、声高にはしないけど。
(もちろん、支援にいらしてる隊員達、一般の方々も素晴らしい
 と思いますよ!)
つまり、それくらい意識に落差があるのじゃないか、という事だ。

ここまで書いても、「東北が云々という話じゃないんじゃないか」
とやはり批判されるかもしれない。
まあ今回「東北の怒り」と言うなら、他でもない原子力発電所の
件に尽きるのではないかと思う。結局、これが一番だろう。
これも同じように、東北が独立性を保持していて、東北自らが
選択し導入した施設だったのなら別問題だが、いかんせん
これは中央が、みずからを危険から遠ざけるために遠方の東北
に施設を置いた というあからさまな欺瞞の物象である。

ただ、東北人 つまり地域の人々がすすんで導入した という
側面もあるだろう 
もし東北が独立性を保持していたとしても、東北は自ら原子力を
推進し、結局今回のような災害で自滅の墓穴に足を突っ込んだ
のかもしれない。今回はたまたま怒りの矛先を向けられる「中央」
「東電」という敵役がいただけかもしれない。

しかし東北の経済状態を困窮に追い込み、原発を導入すれば
地域が潤う、などと人々を洗脳したのは、何の力だったのか
東北が自分たちなりの価値観で豊かさを持ち続け、自立してい
たならば、果たして原子力が東北の地に必要だとみずから考え
たかどうか・・・

「東北の怒り」 ・・・そう、東北には怒りが必要だ。
けれど、怒る事によって何を生み出せるか。
みずからの力を取り戻し みずから考え みずから動けるか

ああ えらそうな事書いたなあ。
それにしても、じっくり考えて書ける時間があるって、いいな。






  


Posted by げん at 20:28Comments(0)

2011年05月22日

近況あらため(笑)なぜアイルランドなのか


前記事(といっても一行だけだったが)では、失敬いたした

このひと月ほど、朝4時から夕5時まで働いて週一休み、
などという事をしていてすっかり心身が疲弊してしまった
それはこの仕事を始める時に覚悟していた事なので、
いいのだが 震災後、この町に戻ってくる時に考えていた
「わたしはこの町で何ができるのか 何を考え発信してい
くべきなのか」
などなどいう事がまるきりアタマからしめ出されたような
状態で とても混沌というか、不安定だった。
ともかくも、そのような状況は山場を越え、久々の2連休
である。こうして書ける落ち着きも、どうにかこうにか だ。

実のところ、「書くひまもない」というのは、書くひま があれ
ば、フィドルを弾いてしまうからであった。
長時間労働のあと、自由に使える時間は1時間かそこらで
ある。フィドルは、毎日少しでも弾きたい。練習場所を貸して
いただいている喫茶店へ行って、1時間でも30分でも弾くの
だ。
しかしそれを言うなら、わたしは「脚本書き」などと称している
のだから、「毎日少しでも書きたい」と言ってこちらに力を入れ
るのが筋なのかもしれないが、実際、机に向かい、書き始め
没頭するまで1時間必要なので、これだと毎日1時間、机に
座っただけで終わってしまう訳である(爆
こんな事なら、1時間弾けばちゃんと弾けるフィドルのほうに
力が入ってしまうのも道理というか・・・
まあ、「趣味はひとつにしておけ」という事だろうか。

それにしても、20代、30代をとおして 「仕事」の忙しさを言い
訳にして書けない、描かない といい続けていたような男なの
で よっぽど意志の弱い人間なのだと、自他共に認めるような
状態だったのだが、フィドルに関してはどんなに疲れていても
どんなに時間がなくても、喫茶店でお金がかかっても(笑)やり
続けているので これはどうした事かと、この年齢にして不思議
に思っている。決して意志が弱いわけではないのか・・と思う反
面、やはり周囲の環境、友人たちの存在が大きく影響している
からとしか考えられない。それと、フィドルという、楽器自体の存
在感か。紙とペン、それは自分の身ひとつ 自分の中から出てく
る驚きと出会うために向き合う、シンプルの極致ともいえる道具
しかし、いつ結果が出るかわからぬ、こころもとない幻のような
ものをつかむ それがペンをとるという事なのだ。
それに比べると、フィドルはそれ自体が、偉大な個性をもった道具
であり、自分が思いもかけぬ音を出すが 所詮、自分の力量以上
の音は出ないという恐さもある。この、もうひとりの生き物とのやり
取りが音楽を続けさせる魔力で、何かを書いて金を稼ぐとか、有名
になるとかいう下心とは無縁の、芸術のあり方をつきつけてくる。

わたしは、仙台に住むようになって初めて
「まず 一個のフィドル弾き でありたい」
と願うようになったが、もともと20数年前 中学生の頃、音楽的
環境でもなく周囲に同好が1人もいないのにフィドルに憧れ続けた
あの過去があったから、今の自分があるとも言えるかも知れない。

ところで、練習場所となっている喫茶店には、他にも様々な音楽
家たちが練習・稽古場として訪れるが、ほとんど全て三味線・琴
胡弓などの日本・東洋派であり、わたしは異端者である(爆
同じ日本人でも惹かれる音楽分野はちがい、西洋音楽好きでも
ジャズ、アンデスのフォルクローレ、全く様々だ。
もちろん、わたしも各分野聴いてはきたが、演るなら断然、アイル
ランド筆頭とするケルト文化圏の音楽である。
わたしと仲間らをつなぐ、このアイルランドとは 今さらながら、
何なのだろうか? ってやっとタイトルの問いが・・・というところで、
書く気が失せてきました 爆   つづくっ



  


Posted by げん at 12:54Comments(0)

2011年05月21日

近況





とにかく、書く時間も気力も、残っていない。  


Posted by げん at 00:25Comments(2)

2011年05月16日

盛岡から秋田、そして実家・庄内 爆


さて、盛岡城の桜のつづきなのだが 笑




すごい・・・盛岡の城址は、もちろん仙台城より小規模ですが
輪郭は非常にしっかりとしていて、岩手山と同じように 町の
人々にとって身近で把握しやすく、かつ充分に雄大で、楽しめ
る。盛岡という町をよく象徴する場所だと思います。
もうちょいいきましょう







今回は、時間がなくて14時すぎには初めての秋田新幹線に
乗らねばなりませぬ 午前中のうちに、久々の喫茶店
「一茶寮」 (上ノ橋町)
に行ってみる。大きな土蔵を利用した、山小屋のような内装
の店。以前来た時は珈琲だけいただいたのですが、今回は
名物という「ふかしパンセット」を このために朝メシがまんして
ました(盛岡に来てミスド入らなかったの初めてじゃない?爆

ふかしパン(蒸しパンですな)美味。お隣の、「盛岡正食普及会」
の手によるもので、この普及会とは、戦後盛岡で発足した自給
自足によって「正しい食文化を」広めていこう!という志高き会
パンもよかったけれど、意外についてきたスープも素敵でした
ブロッコリーで舌ヤケド注意 です。

お花見は、この「朝メシ」食べたあとの出来事でした
で、適当にまた腹がこなれてきたところで、もう、昼メシ 笑
大通りの小さな地下街にある、『不来方じゃじゃめん』です
ひどく地味で庶民的な店構えなんですが、いまのところここの
「肉みそ」が一番おいしいとわたしは思っていて、ファンです。

さあ、秋田新幹線です。
実は・・・秋田に超美人の、新彼女が!!!!!  いません。
TRAD♀さんが、疑ったみたいなんですが(爆)
なんのことはない 庄内の実家に寄っていくので、通り道として
秋田に行くのに、ネタとして新幹線使ってみようか、という・・
新幹線さんにも、「がんばろう」が・・




そして、秋田駅にも、「がんばろう」が・・・




秋田の町に降り立つまでにはいきませんでしたが、やはり
東北日本海側随一の都市 次の機会に冒険したし。

ところで秋田新幹線ですが、岐阜から来たというご婦人が
「なんか、ちっとも新幹線じゃないじゃない・・・」
とこぼしていました。確かに、線路の両側が壁で覆われて
いるわけでもなく、普通に山河の風景が流れているし、そん
な環境だからやたらスピードが出せるわけでもなく、短距離
のうちにあちこち停車するし・・・ようするに、車両だけ近未来
風で、実態は従来の「特急」クラスかと。なんなんでしょうか
周りがとにかく新幹線新幹線で固めようとするから、形だけ
新幹線になっとこうか、みたいな感じなのかな・・・

秋田駅からは、「羽越人」にはおなじみ 特急「いなほ」に。
確かにガクンと古めかしい車両という印象になりますが、
「やっぱりこれでいいじゃない」という快適さがありました。

庄内帰省は、今回は2泊3日 東京からおばちゃんが来て
いるというので会おう、という事でしたが なんと忘れてま
したが、地元・湯野浜温泉のお祭の日が、翌日に控えて
いたのでした。



  


Posted by げん at 11:40Comments(2)

2011年05月12日

THE さわやPRESENTS





これが、さわや書店で今回わたしに衝動買い(笑)させた代物

なんと、盛岡の町を上空から撮影した一枚カレンダーである。

町の向こうに見事な岩手山 まさに岩手山下の都

仙台では、こうはいかない。札幌でも ましてや東京、京都でも

素晴らしいシンボリックな山と大きすぎず小さすぎない町が
一体となって写っている 本当に、盛岡ならではといえる。

わたしは26か7の頃から、盛岡に住みたいと思ってきたが、
やはりこうして事足りて自然に抱かれた、人間環境としての
バランスのよさに、本能的にビビッときたからだったろうと思う。

いつか、本当にこの町に住むことになるだろうか?
ともかくも今は、仙台に住むことに運命を感じ ここから盛岡
を訪れて悦びを感じる それで妙に納得できていたりする。

  


Posted by げん at 20:55Comments(2)えみし普通の日記

2011年05月09日

盛岡の桜 Ⅰ


5月4日(水)
昨夜、0時過ぎに花巻を出発~
というのも、例によってTRAD夫妻のクルマに便乗
宮古までの道のり 盛岡まで送っていただいたの
でした 謝 実はTRADさんのクルマ 宮古沿岸を
襲った津波に流されたため、今はTRAD♀さんの郷
からやってきたという水戸ナンバーの軽 ぎゅうぎゅう
なのですが、わたしは小さなクルマが好きなんです

運転するTRAD♀さんと談笑しながら、盛岡着は夜2時!
助手席のTRAD♂さんすっかり快眠の邪魔するなモード
であるため ♀さんとわたしだけ 夜の盛岡で華麗に過
ごすため、繰り出す(爆   ・・・つまり、ラーメンである
そう、こうして夜 盛岡に着いたら 「シメ」に市内の麺類
を堪能して解散する というのが恒例になってたりする
今宵はその‘恒例’の始まりでもあった、九州ラーメンの店
「一風堂」 店の作りもなかなか壮麗で!華麗な夜を過ご
した~という感じになれる TRAD♀さんにはまた、音楽の
悩みとか 聞いてもらったな・・・感謝

さて、お別れの後ですが 深夜も深夜なので宿の予約は
取らなかったら、目当ての宿泊所は全て満室 最後の手段
ネットカフェ(爆)も盛岡市内は何故か軒並み廃業休業で
ちょっと困りました 何とか生き残り店で凌ぎましたが、今後
は要対策ですねー

で 翌朝 
盛岡歩き歴15年の奥羽越現像ですが
実はこの季節にこの町を歩くのは

つまりこの町で桜を見たのははじめてでした。




石割桜 です。 見事でした 同敷地の桜たちも
市民県民に愛されてました
最近になって、ソメイヨシノとそうでない桜の違い
を知ったというていたらくで(笑)彼?彼女?は
エドヒガン(シロヒガン)という種だそうで
350年か400年前に、写真にある巨石の間に種が
飛んできて発芽、石を割りながら成長してきたと
いう・・・計画的にではなく、思いがけず妊娠した子
は強い、というか ですね 石を割るというのが岩手
らしい まさにえみしの桜(爆 です。

次に、TRAD♀さんからもすすめられた盛岡城址公園




復興宣言の看板 さくらの絵がかわいいです。
そういえば、今回本当に東北中にこの『がんばろう』が
あふれておるようでした
たとえば、盛岡が誇る本屋さん さわや書店駅ビル店・・・




ずいぶん前の盛岡記事でも書いたが、このさわや書店、
行けば必ず面白い本が見つかる魔法の本屋さんである
ははっちょい大げさかな、と自嘲してまた行くと、やっぱり
すごいのが見つかるのだ
今回、驚いたのは他でもない!ここ「さわや書店」の本が
出版されていた事である。世に言う?『奮闘記』というもの
で、盛岡という地方都市で独自の本屋づくり、そして独自
の本の売り出し方を実践し、書店経営、出版界の現実と
衝突を続けながら歩んできたさわや書店の物語だった
魔法ではない だが本当に、ただの本屋さんではなかった
のだ・・・
もひとつ、目を惹いた本は、『巨石巡礼』
アイルランドなどを連想させるようなタイトルだが、これは
日本国内の、巨石・奇石を集めた写真集である。
なななんと!表紙と筆頭を堂々飾るは、われらが岩手の
「続石」!!!いやっ当然かなっ 爆 
全国に巨石数あれど、続石に勝るものなどあろうか 
ねえ トシさん 村田さん I谷さん! 乞う同意 

もちろん、トシさんやTRADさんが推薦していた「コミック
いわて」も注目したのだが、ここさわやでは今回、もうひとつ
とっておきの大発見&衝動買いが! つづくっ







  


Posted by げん at 10:46Comments(4)えみし普通の日記

2011年05月07日

われらがKEGを満たせ!


5月3日(火)

朝4時から勤務。この日、朝っぱらからいつもの小言。
ついに、わたしはブチ切れ、怒鳴り声を響かせた。

午後3時には終えたかったが、何とか3時半に退社
新幹線には間に合わないので、東口から出る花巻行き
高速バスに 全くギリギリ、飛び乗る。

3月 同じく花巻に向かったのは、あの震災の一週間前
だった。今回、再びKEGで大セッション企画。
再会に胸なでおろし 復興を祈願する 様々な想いを込めた
北の砦の宴である。




19時からの開始 だったと思うが、わたしが到着したのは
1時間遅れの20時。砦の「洞窟」の奥は、演奏家たちで
いっぱいになっていた。TRAD夫妻、TAKUMI&TOSHI、
I谷さんはもちろんの事、初めて会う女性の顔もいくつか。
TRADさんのブログでよく名を目にするぞみーさん、そして
東京からお出でらしいKAORIさん どちらもフィドル弾きか
そしてわたしと入口でバッタリ出会ったのは、O’Jizoのとよだ
さん 実は昨年5月、東京に行った時渋谷ダブリナーズのセッ
ションで一度お会いしていたのだが、彼の方は憶えてらっしゃ
らなかった(無理もないが 笑 とよださん何と、被災地に瓦礫
撤去のボランティアで入っていたらしい 演奏の合間の歓談で
は男性陣と、被災地や支援について熱く語り合っていた。

この夜は遅くまで仕事だったという、Wallaceさん 終盤近くに
ようやく登場。曲数は限られながらもいつもながら情熱的に
バグパイプを吹き貫き 印象付けた (写真はその様子 く、暗い



  


Posted by げん at 01:09Comments(0)えみし普通の日記

2011年05月07日

仙台移住 4周年





2007年 4月末 わたしは東京都小平市から
宮城県仙台市へ移り住んだ 36歳だった。
16,7年ぶりの、身を持っての東北回帰であった。

東北で最も暖かいと言われる仙台市も、年度の変わる
4月始めはまだまだ寒い。5月始め頃のほうが、空っぽ
の新居に身一つで入っても凍える心配が少ない。
地元民がよく知るように、この時期のケヤキ並木などの
新緑も最高に美しい 仙台市 最良の時節だ。

東京に住み始めた20歳の頃は、当然の流れのように
あれよあれよという間に新生活が始まり、怒涛のような
巨大都市の空気に飲み込まれていった。
それが青春時代と言えるものだったかどうか、甚だ自信
がない。
わたしはあらためて、自分の価値観 自分の意志で
住む土地を選び 日々を噛みしめ生きてみたかった。
(それもかなわぬ人々が多い事は知っている
 しかしその自由を持つ者は それを生かすといい)

さて先日5月のはじめ わたしの仙台移住を後押しした
偉大なる建築・メディアテークは、震災の影響でまだ立ち
入り禁止だった
(5月6日現在、翌週からの再開が決まったようだ)

写真は、わたしが当時からよく腰掛けていたケヤキ並木
下のベンチの前にて。

  


Posted by げん at 00:30Comments(0)えみし普通の日記