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プロフィール
げん
げん
山形県鶴岡市生まれ。
札幌、東京と移り住み、放浪の旅をへて
東北回帰~ 奥羽越(えみしの国)を拠点
に危なっかしくも面白く生きます。

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Posted by んだ!ブログ運営事務局 at

2011年10月31日

北海道の旅 ということ 1





上の写真の建物が、二風谷の「ユーカラ ライダーハウス」

北海道は、不思議な島である。
大きさは、アイルランドと同等 島なのであるが、
ここを旅する、という事は「国内」にいながらにして、大陸を
体感する事でもある。
1970年代から90年代にかけ、北海道にはオートバイや自転
車に乗って旅する若者たちが大挙して押し寄せた。
彼らはオトナの旅行者と違い、金のない貧乏旅だったため、
テントや寝袋だけを使った野宿が主体だった。
それを見かねた、ある農家の人が空いている小屋などに
こうした旅人たちを泊めさせ、風雨を凌がせたのが、
「ライダーハウス(ライダーズハウス)」
の始まりだったとか、なんとか。
現在でも、寝袋持参で300円ほどで泊まれるものから、布団
などがあって1000~2000円で泊まれるところまで道内各地
に存在し、基本的に4輪のクルマの旅行者以外 オートバイ、
自転車、徒歩などで苦労しながら旅をする人に解放されてい
る。流浪の旅、という表現のふさわしい小汚い(笑)旅人が
自炊したり手で洗濯したりするのでワイルドな生活感、勝手
気ままに持ち込んだガラクタや写真、エロ小説やマンガ(爆
などでまさに混沌の空気にあふれている。

ここユーカラは、食堂を営むご主人が提供する結構広い一軒
平屋である。「夕食を食堂でとれば無料 でなければ500円」
で泊まる事ができる。
わたしは2002年に初めてバルⅡでここを訪れて以来、昨年
を除く毎年ここに一泊~数泊しているのだが、食堂のご主人
が毎晩、お店を閉めると奥様とともにこのライダーハウスにや
ってきて、夜遅くまで旅人たちと話に花を咲かせていく。

アイヌの世界では、弁のたつ者 つまり議論に強い賢者が
特に尊敬されてきた。彼らは、数字に強く論理的思考に強い。
ここライダーハウスには当初からある意味「只者ではない」笑
世の常識を逸脱した旅人どもが集まってきたので、ご主人は
無数の「変わり者」「精神的に病んだ人」「何かに憑かれた人」
との交流を楽しんできたという。
どうも、わたしは来るといつも「待ってました」という顔をされる 
なんでも、わたしは特に病んでいて変わっていて 話していて
やり込めるのが面白いらしいのだ 爆

  


Posted by げん at 16:33Comments(0)えみし旅を想う

2011年10月30日

上陸! 二風谷―ニプタニ―へ





9月21日(水)

今回、八戸港から乗ったフェリーには、オートバイ乗りは7,8
人。若いのも、年配のも・・カブなんて小型バイクはわたしのみ。
あとはハーレーやら何やら、デカイのばかり。

台風とともに旅立ったようなもので、北海道上陸早々、台風
も追って北上してくる。
上陸時は幸いにも、天候はまだ穏やか。
バルタザールⅡ、走りは完璧・快調!
始めはやはり、この7月に家族と来ているのでそれほど感動
はなかったが、自分の乗り物で「自由の大地」としてここに
降り立った時、あらためて『来たぞ!!』と思った。

台風、北海道は22日がピークとか。となると、4年振りのパタ
ーン・・二風谷の‘ライダーハウス’に連泊必至か。
おなじみ北海道の最強コンビニ・セイコーマートで1300円分も
買い込む。




ニ風谷に初めて来たのは、1995年の夏だったと思う。
札幌に一年住んだ後に東京へ出てから、5年振りの北海道で
その頃はバイクがなくて、ローカル線となんとタクシーを使って
やってきた 本当に 交通の便は、そういう所なのだ。
当時わたしは、岩手県遠野との出会いをきっかけに「東北回帰」
の入口に立っていたが 笑 そうした現在に至る、いわゆる
アイデンティティ~ ・・の追究のそもそものきっかけが、札幌に
住んでいた頃の「アイヌ民族」との出会いだった。

  


Posted by げん at 13:02Comments(0)えみし旅を想う

2011年10月25日

旅の概要


いざ バルタザールⅡ 海へ乗り出さん!




さて、北海道へ渡る前に、今回の旅が一体いかなる意志
あるいは成り行きで(笑)現実のものとなっているのか
一応解説しておこうと思う

話は、27年ほど前にさかのぼるかのう・・・(長くなるぞこりゃ

14歳の奥羽越現像少年(当時はまた別の名前だったが 爆
は東北日本海側のすげー田舎から南米→北米大冒険を夢見
何度か家出までしでかすという、割とアナーキーかなりクレイジ
ーな小僧だったと言われている(自分の事だろ)

しかし17歳ともなると白昼夢から少しは覚め、東京に出て成功
するという一転し割とまともな夢に鞍替えするようになったそうな

ところが東京に出るために受験した大学からは撃退され
思いがけずなぜか逆方向の北海道に住む事になってしまう
住んだ期間はわずかだがこの頃の記憶が後々に深く影響する
事とあいなるのである

さてそれでもとにかく東京には出たが、なんの因縁か岩手の祭
を見て「東北再発見」してしまい、北海道の記憶も甦ってしまう
やがて現像青年は衝撃的な事実を知る
北海道から沖縄まで、日本には自転車やオートバイで果てしない
旅を続ける人々が存在する事を・・・

生まれながら?旅に憧れる気質が、東京への幻滅と引き換えに
沸き起こり、ついに2002年 31歳で旅立つ
相棒はスーパーカブMD50 郵便局からの払い下げ。

はじめは西日本 そして東北 北海道 そのあと沖縄と
03年、04年、05年・・・現像は稼ぎ方を変えながら旅を繰り返す。
そして07年、新たな住処を見極めた現像は、東北回帰を果たす
しかし、時期を同じくして、バルタザールⅡ ついにポンコツ化す。
以来、身についた「オートバイの旅」は長い休止期間に入ったの
である。

2011年 北海道の東部・屈斜路湖に、旧き旅の友人たちが、
数年振りに集う 長年の約束なのだ。
その「おとこのやくそく」なるものを果たすため、奥羽越現像
いま再びクレイジーとなる・・・

というわけ

余計なオヤジの昔話でした 爆

かんじんの、旅の概要は、こんな感じ

@旅のみちすじ だいたいの計画

 苫小牧上陸→二風谷→富良野→上士幌→屈斜路湖
  
 →網走・・・のあとは・・未定!!帰りは岩手に寄る。

@走行距離・時間  

 一日平均150キロ
 AM10:00ぐらいからPM16:00ぐらいまで

@宿泊

 できるだけキャンプ テント生活!たまに安い宿
 貧乏旅に徹する!!



  


Posted by げん at 20:29Comments(0)えみし旅を想う

2011年10月22日

9月20日(火)盛岡~八戸 改訂版


盛岡から八戸まで、ずっと雨。

この朝は、盛岡市の名物パン屋『福田パン』で朝ごはん
(というか朝パン)買えた事はよかったけれど・・・

4年ぶりの、一日中雨の中走行・・・は辛かった。
青錆丸を入れてきたケースはTRAD♂さんに頂いた、津波から
Erinを守ったグリーンケースではなく、わたしがもともと持ってい
た、木に布を張ったものだった。グリーンのほうが防水だったの
だから、こちらにするべきだったのだが、木のほうが小型で軽か
ったのと、以前も旅に使った事がありボロボロだったため、これ
以上傷んでも惜しくない、という理由からだった。
しかしそのため、雨対策は大変だ。大きめのビニール袋に包ん
で、ヒモやテープでぐるぐる巻きにする。それでも、長時間担いで
走っていると浸水してくる程、この日は降りまくった。
しかも、肩にビニール紐が食い込んで、痛いの苦しいの
バッグというバッグをレインカバーで覆っているので、何を出すに
も面倒だし・・・いいとこなし。

が、この日はもうひとつ、よかった事がある。八戸に着いたあとだ。
八戸に着いたのは17:00過ぎ。20:30まで乗船手続を、との事
だったので、間はある。
やはり4年前、ここ八戸で船に乗る前に見つけた札幌ラーメンの店
をさがすのだが、これがどのあたりにあったか皆目わからない。
何か、円筒形のスーパーだか、デパートだかの向かいにあったよ
うな・・・八戸という街の構造もいまひとつ把握できず途方にくれた
が、一瞬巨大な鳥の看板(ヨーカドーみたいな)が見えて、もしや?
と思い、向かうと果たして、円筒形のスーパーとその向かいに




あった・・・・・・・・・札幌ラーメン 『ノサップ』 が・・信じられない

札幌なのに なにゆえノサップ???(納沙布 北海道東の果て)
まあそれはいいとして、東京の店みたいに『えぞ○○』なんての
じゃないのがさすが隣国?コアなネーミングといえなくもない・・

それよりこれから北海道渡るのに そのほうがなにゆえ?である
以前、たまたま入って、すごく美味かった記憶があったのだが
一日中雨にさらされて(気温13℃)冷えきり疲れきった身に、札幌
みそラーメンが実に身に沁みた。
記憶に間違いなし!まぎれもなく本物!爆
この一杯に再会するための、今日一日の苦行であったか・・などと
思うほどであった(大丈夫なのか この先)
ちなみに、さすが青森県のラーメン屋 メニューには
「カレー牛乳ラーメン」もあった。 次回ぜひいただきたい!

しかし、実のところ、このような「こりゃ絶対見つからないな」と
思ったものが奇跡的に見つかってしまう、というパターンが、
今回の旅は多かったのだ・・・とくと見よ!神様のいたずら

向かいのスーパーも、いろいろ面白い品あり。




  


Posted by げん at 02:44Comments(0)えみし旅を想う