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山形情報ガイド・んだ!ブログ

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プロフィール
げん
げん
山形県鶴岡市生まれ。
札幌、東京と移り住み、放浪の旅をへて
東北回帰~ 奥羽越(えみしの国)を拠点
に危なっかしくも面白く生きます。

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Posted by んだ!ブログ運営事務局 at

2011年11月23日

閑話休題 こちら仙台





長い旅を無事終えて1ヶ月以上がたちます
もう年の瀬ですか 寒くなりましたな
さて11月に入ってからもいろいろな事がありました
「旅のはなし」後編に入る前にそのへん書いときましょう

@今月から一応「個人事業主」になりました 笑
 まだ法人ではないのですが『奥羽越映画』という店名?
 で活動していきますのでどうぞ宜しく
 なんか今までと変わんない気がしますが・・日々奔走します

@2日についに初めて宮城の名所『定義如来』さんにお参り
 してきました。河北新報に執筆した「せんだい 歴史の窓」
 が先日、本になった 我ら‘あいりっしゅ’リーダー せいどう
 さんの記事で知ってからずっと行きたかったのですが、バル
 Ⅱが直ったので実現!やっぱり結構遠かった
 紅葉もよくて、名物あぶらげも美味しく 鐘もつけて感激
 独特の建築 雰囲気が印象的でした。
 カメムシ大発生、という事でしたがテントウムシのほうが
 すごかったです。

@12日土曜はBarm'sさんにて「秘蔵ワインと山形芋煮の会」
 あり!!わたしは庄内人なので豚肉・みその仙台型なので
 すが、牛肉・しょうゆ の内陸型もあこがれです。マスターは
 内陸の方ですのでこのたび実現!夢のようです(写真上)
 秘蔵ワインとは仙台フィルのヴァイオリニスト M山さんに
 お持ちいただいたもの ボトルすごいんです(写真下)
 マスター、チーフ そしてM山さん ありがとうございます!!
 そういえば北海道の池田町のワインまつり は断念したから
 今回完全にリベンジを果たしましたな・・・
 参加者は15.6人いたのかな トシさんABEさんもいたしカホン
 のT葉さんとM山さん それにもうひとりヴァイオリン弾かれる
 U野さんも加わってミニ?セッション 展開してました。
 


  


Posted by げん at 23:14Comments(0)えみし普通の日記

2011年11月19日

前編最終回!摩周湖そして網走へ





ほかに誰もいないキャンプ場 晴れた朝

湿地帯にかけられた橋を渡り、湖にあいさつ
青錆丸を弾く

大きな美しいカメムシ 今や珍しい「おケラ」など
ここではさまざまな虫たちにも出会った
(写真おさめたんだけど虫ギライさんのため割愛 笑)

今度こそ本当にお別れ また来年か再来年!

今日はいよいよ、今回の旅で最も遠くの地(予定)網走を目指す
けれどその前に、摩周湖 そして今一度 屈斜路湖をしっかり目
に焼き付けていこう。

摩周湖 はまた特別な湖だ。実は、何度もこの土地を訪れている
が、この湖を結局、見ていかない事も多い。
妙に信心深いわたしにとって、この湖は遠野の「続石(つづきいし)」
と同様に、無上の神秘であり、畏れの対象であり続けているのだ。

今回の旅は、振り返ると前日の続石にしても、このあとの函館夜景
にしても、めったに見ない「絶景」や「神秘」をかなり思い切って次々
訪れている。バルⅡによる旅自体が4年振りである事以上に、この
旅は人生のひとつの大きなエポックというか、転機、リセット的な出
来事だと、自身感じていたのだろう と思う。

摩周湖は、まったく霞んでおらず(霧がかかって見えない事が多い)
完璧な姿で わたしの目の前にあった。
2002年か03年、生まれて初めて同じ展望所から見た時と同じである。
美しすぎて、おそろしい。
見つめながら、何を想えばいいのか わからない。
わたしは、長い時間 離れられなかった。

屈斜路湖を今一度大パノラマで見ようと、美幌峠に登る。
摩周湖にカメラを向ける事には迷いがあったが、屈斜路湖はけっこう
撮る(笑) やはり、屈斜路湖は親しみやすい湖なのだ。




そんなこんなしていたら、また陽が傾いて、網走に着くのがまた夜に
なってしまった。
‘最果ての刑務所’で有名だが、ロシアから見れば日本の表玄関
オホーツクの都。「大和人」のみならずアイヌ他ナナイなど北方民族
の存在も視野に入れた国際都市なのである。
‘網走湖’沿いにある、今ではもう珍しい、よく整備された無料キャンプ
場に到着 テントを張る。 さあ ここまで来たぞ

しかし、この旅最大の「嵐」がやってくる 本当の旅は、これからだ。


・・・と ここで、区切りましょう 笑
一休みして、旅のその後の近況とかも 書きたいと思いますです。  


Posted by げん at 13:49Comments(2)えみし旅を想う

2011年11月17日

草原を走り抜ける





和琴半島の民営キャンプ場には有名な天然露天温泉が沸いて
いるが、ここで髪・身体を洗う事はできない。
実は、富良野を出てからもう3日、風呂に入れてなかった・・汗
本当なら、ここには一軒、温泉旅館があって日帰り入浴ができ
たのだが、この旅館なぜか今回ずっと閉まっていた。

そこで、風呂をさがす旅に出かける 笑
結果 いい温泉旅館があったのだが、気がついたら薄着のまま
かなり遠くまで走ってしまっていた。なので、帰ってきた時には
せっかく暖まった身体が凍死寸前にまで冷え切っていた・・・

既に夕食を作り始めていた仲間たちをよそに、テントの中に
ぶっ倒れて動かなくなってしまった奥羽越現像だったが
数分後には、もう復活(化け物ですか)また納豆汁を作り出した。




さて、神里さんが帰りの飛行機に乗る日が来た。ここを出発すると
わたしはあらためて、「計画のない旅」に入る事になる。この先は、
細かく行き先を決めていないのだ ‘半さすらい’である。

来年か再来年の再集結を一応約束し(笑)3人が解散したあと、
わたしは一旦テントをたたんで、南へ走り出した。そこはどこまでも
黄緑色の草原が広がる牧歌的世界 かつてイングランドの車窓か
ら見た光景にも似ている。「開陽台」という、360°の大草原パノラマ
を見渡せる高原があるが、わたしはそういう場所としてもうひとつ
知られる、「多和平(たわだいら)」に向かい、しばし大風景を見渡し
たあと、更に南へバルⅡを走らせる。

ここ数年、なかなかこうしてただただ広大な風景の中を走り抜ける
という事ができなかったので、感無量である。
果てしない草原の中にも町があり、家々がある そこに暮らす人々
の暮らしに想いを馳せながら・・・いつの間にかまた屈斜路湖へ

結局、もう一晩 また最初の、国営のキャンプ場にテント張りなおし。
また夜になってしまったので、勝手知ったる場所に戻るのが吉、と
見たのである。今夜は自分以外、誰もキャンパーがいなかった。
明日はもうひとつの偉大な湖「摩周湖」そしてついにこの旅の真の
折り返し地点・網走市を目指す。



  


Posted by げん at 23:54Comments(0)えみし旅を想う

2011年11月14日

クジラと納豆汁の和琴半島 爆





北本さん(左)に 神里さん(右)

神里さんは大阪出身だけれど、その姓で推測できるように
沖縄がルーツ。穏やかな関西弁ですごく癒される(笑)本当
に好青年なのである。この屈斜路湖でカヌーを漕ぐために、
はるばるやってくる。「移住しちゃえばいいのに」というと、
「いえ、寒いのがダメなんです」 爆 との事。 そおかあ・・・

この和琴半島で2回しか会っていなかったのに、先の震災の
ときには心配して下さりメールいただいて、わたしはとても
感謝していた。何としても、今回お会いしたかったのだ。

北本さんは、2003年に沖縄・石垣島で出会って以来の長い
付き合い。神奈川県川崎市の人だが年の半分ぐらいは北海
道内をクルマで旅しながら過ごしている、謎の男である 笑
彼自身は早く北海道に移住したがっているのだが、実はご両
親もともと北海道の人ながら、二人とも北海道の寒さを嫌って
いて、面倒を見ている彼はなかなか実現できないでいる。

そんな、抱えている背景も違い世代も違う(わたしが真ん中)
3人がこうしてひとつの湖でつながっている 不思議な事です

今回、カヌーはないけれど 2泊3日はキャンプの火を囲んで
積もる話に花を咲かせれば瞬く間に過ぎてしまうのだ。

晩メシは一昨年と同じく、3人がそれぞれ得意料理を披露する
・・という事に。北本さんはポトフ、神里さんはミネストローネ?
で、わたしは・・・一昨年に引き続き、山形の郷土料理
「納豆汁」 爆 2人には非常に好評だったので、再び!である。
神里さんのレンタカーに乗り込んで皆で町まで買い出し。
地元のスーパー、特に海産物が面白い わたしは必ずここで
「クジラ 釧路沖産」
を買う。一見、赤黒く光るデッカい刺身 という感じ。
これを食べると、ここに来た!と実感する。クジラ食には国に
よって賛否があるが、わたしは何の肉を食べる時にも
「俺が殺した」と思って食べる。肉に、命に、差別はない。

北本さん、神里さんの「オトコの料理」は贅沢で粋な味わい。
で、わたしの「納豆汁」なのだが、実は、一夜目は、失敗した・・
原因は、具である。この地には、山形の納豆汁にはかかせな
い里芋の茎「ずいき」が見当たらないので代わりに何か入れて
みよう、と前回アソビで入れてみたのが「とりつみれ」
あり得ない取り合わせなのだが、これが意外に隠し味になった
のである。ところが今回はアソビすぎて「カニつみれ」に 爆

カニは、強すぎた。 山が、海に 負けてしまったのである・・・

なので二夜目は、あらためて「とりつみれ」に(また納豆汁か
今度は、成功!! 笑  


Posted by げん at 18:59Comments(2)えみし旅を想う

2011年11月13日

和琴集結!





大阪からやってくる神里さんは、明日 和琴半島に到着。
北本さんは彼を女満別空港まで迎えに行って、神里さんが
大好きな‘トリトン’(道民には有名な寿司屋)で食べたいので
連れて行くのだという。
そこでわたしは一足先にバルⅡで到着 テントを張っておく
・・・しかし問題は、図のように 和琴半島には「くびれ」の西
と東、別々にキャンプ場がある ふたりがどちらに張るのか
という事だが まあわたしは好きなほうに張る。

西は民営の、本当に湖畔沿いにテントを張る豪快なキャンプ場。
無料の熱い露天風呂(混浴)が付いている。一泊450円。
東は国営の、小さな森の中の芝生にテントを張る、よく整備され
たキャンプ場。樹々の向こうに湖があり、湿地帯にかけた橋を歩
いていくなど魅力的な環境である。400円。
3人は初めて集結した2008年に民営、翌09年に国営で過ごして
いる。芝生と森が好きなわたしは、今回こちらに張る。

さて、一晩あけて、はじめに北本さん、つづいて神里さんがやって
きた。神里さんは今年仕事が忙しく、2晩しか泊まる事ができない
という。カヌーも輸送や組み立てで手間がかかるので、今回は断念
したようだ。今までは3人でカヌーに乗って屈斜路湖に漕ぎ出すとい
うロマンを味わわせてもらっていたので、神里さん申し訳なさそうに
していたが、わたしもカヌーが目的ではなくて、3人がここで再会す
る事が大事なので、まったくOKである。




問題は、やっぱり2人とも、西の民営のほうにテント張る事にした
という事である(笑)実は以前民営に泊まった時は大雨で、テント
は張らずに3人で一軒バンガローを借りて過ごしたので、あらため
てここにテントを張りたいというのと、やはりカヌーがないのでせめ
て湖の前で過ごそうという事だった。
わたしは、別に国営にテント張ったまま、2人のいる民営まで出か
けて行ってもいい と言ったのだが、北本さん
「いや、運ぼう!」
と言って、わたしのテントの中を空にさせて、神里さんと二人でテン
トを持ち上げて、となりのキャンプ場まで運んでいった 爆
  


Posted by げん at 22:08Comments(0)えみし普通の日記

2011年11月11日

屈斜路湖 とは!





これが地図で見る屈斜路湖。
「日本最大のカルデラ湖である」との事だが、
世界でも1,2の規模という話もある。
アイヌ語で広大な川口?釧路川の水源である事がわかる。

すぐ東に、神秘の湖『摩周湖』があり、2つは姉妹の
ようである。屈斜路湖はキャンプ場・温泉が豊富で
カヌーで漕ぎ入れる事ができる開放的な湖だが、
過去ネッシーならぬ‘クッシー’の出現情報で有名?
(いまどうなのかな?)神秘の湖には変わりない。
指差しているのが、目的地であるキャンプ場のある
‘和琴半島’である。

この屈斜路湖を、西の「美幌峠」から見ると、こんな感じ



  


Posted by げん at 19:18Comments(0)えみし旅を想う

2011年11月09日

ついに屈斜路湖(くっしゃろこ)へ





一福に宿泊の10人ほどの旅人どもは若いのもそうでもないのも

なんでも、このあと10月アタマに この池田町の名物
『ワインまつり』
があるらしい。そこで旅人ども、開催のためにいろいろお手伝い
すると、十勝ワインと十勝の牛肉がたらふくいただけるのだそう
だ。もはや伝統の、北海道の旅の風物詩らしい。

しかし、いうまでもなくわたしはあまり飲めないし どうもそういう
パーッと騒ぐ気分でもなかった。たぶん、震災の事があったから
かもしれない。やはり東北からの旅人は見かけなかったし、わた
しも「男の約束」という名目がなければ今回の旅には踏み切れな
かったかも知れないのだ。まあ単にまつりのお手伝いというのが
メンドくさかったというのもあるのだが(笑)

旅人どもの中で一番若いのが22歳の学生(どこから来たのかは
忘れた)自転車旅である。なんでも、日本列島の全海岸線制覇!
を目指していて、宿泊以外は海岸線しか走ってないらしい。
これから東北太平洋側を目指すというのだが・・・さすがに福島県
の海岸は無理だろう。岩手・宮城の海岸もただでさえ厳しい道な
のに・・・まあせめてアドヴァイスはさせてもらった。

さて・・・・・翌日 いよいよ今回の旅の折り返し点的目的地 
屈斜路湖 和琴半島 に向かう! やっとか

快晴!まず、昨夜来た道をけっこう戻って帯広の町へ。100均など
で電池などの物資調達。その後、北へ 北へ 昨日、泊まるはず
だった上士幌を通る途中、突然広大なひまわり畑、出現。
ひまわり といえば、さるさんブログに載せてたな・・と思い、写メな
ど送ったりしてしまう 爆 その光景がいかにすごいかは・・・




さるさんとわたしの秘密だ!!!一部だけ見せてくれる!ぉぃ…
                   
さらに通りかかる足寄(あしょろ)の小さな町 ここを通る時、必ず
食べて行くのがここ 札幌ラーメン『寶龍』足寄店(またラーメンか 笑




『寶龍』は札幌・すすきのに本店のあるチェーン店なのだが、ここ
足寄は西から来ても東から来ても、ちょうど腹のへる頃に着いて
しまう町 そういう旅の疲れと空腹の中、食べる札幌ラーメンは
もう最高!というほかないのだ。
そういえば、札幌の町で札幌ラーメンは、意外と食べないものだ。

さて、ここから本格的に道東の世界へ入っていくのであるが、今回
屈斜路湖の壮大な姿を上から見下ろす事で有名な「美幌峠」から
数年振りに眺めてから降りていきたい、と思いかなり遠回りなコース
を選ぶ。ところで、もうすぐ走り始めて1000キロに達する バルⅡを修
理してもらった時、店員は言った「約1000キロでオイル交換を」と
(エンジンがもう相当古いという事である)  


Posted by げん at 18:18Comments(0)えみし旅を想う

2011年11月07日

上士幌~・・のはずが池田町へ!





9月24日(土)

晩・朝はもはや滅法寒し

キャンパーがおおかた出発してしまってから、ちょっとこの
キャンプ場の広い芝生で青錆丸を弾いてしまう。

これも長年食い損ねていた近所の『富良野ラーメン』なる
ものを遂にいただく うまし




ここ富良野は道東への旅の際には行きと帰り2度、必ずとい
っていいほど立ち寄る所なので、今回目的地全て行く事は
ない。休日なのでこの観光地の人気店は必ず混んでしまう。
しかし、天気 出発時は晴天と思ったのに、またも西方の険
しい山々のほうから不穏な雲どもが押し寄せる。
またしても青錆丸はビニール包みである・・・

うっかり「ニングルテラス」などに寄ってしまい(これも東京の
人のドラマで人気の観光名所でした)富良野脱出が遅れて
しまった 道東へ抜ける道としては比較的緩やかな狩勝峠
を越え、帯広平野北部を走り抜けて上士幌(かみしほろ)
航空公園キャンプ場を目指すつもりだが・・・

前方から性懲りもなく(笑)黒い雲ども しかし雨自体はそれ
ほどひどくない。とはいえ出発が遅かったので帯広に降りる
頃には夕方が深まっていた。夜に暗いキャンプ場に着くのは
できれば避けたいので、帯広よりむこう、池田町のライダー
ハウス『一福』に一泊!に変更する。
しかしこれが、意外と遠い・・・延々と暗い国道を走る。
今回の旅に何度も直面する「延々」夜間走行地獄の始まり
であった・・・

池田町は、十勝ワインやドリームズカムトゥルーのボーカル
さんの出身地として有名。帯広名物の「豚丼」の発祥地も実
はここだという話もある。4年前に一度だけ宿泊した『一福』は
他に誰も旅人がおらず独り占めだったが、今回来てみたら何
と10人ぐらいもいた。その中になな何と!!

「おー!!タケちゃん ひさしぶりーー!!!」

タケちゃんとは、わたしの本名の愛称である(爆
たしか6年ぐらい会っていない、京都・舞鶴からのライダー・
テルさん(写真)がそこにいたのだ。実は初めて会ったのが
二風谷のユーカラ・ライダーハウスで、初めて泊まった2002
年の事だった。当時から、テルさんはライダーハウスはユー
カラとこの一福を利用しているとは聞いていたが、ここで会う
のは初めてという訳だ。しかし全然変わっていない ちなみ
に、同い年である。




ここは小屋ではなく元・民家で、やはり向かいにある食堂の
一家が提供してくれている。今回は遅く着きすぎて店は既に
閉店していたので、この旅人どもと酒を飲みながら晩飯という
事になった。近くの「セイコマ」に買い出し・・アルコールも・・と
思ったがわたし贔屓の、ニッカのポケットサイズがない 笑
どうしようかと思うと、何やらアイリッシュウィスキーと書いてる
小瓶発見!まさか?と思い買ってみたら、なんと甘かった

コーヒーに入れてアイリッシュコーヒーを作る奴だったのだ・・爆

しかしこれが一福の酒飲み連中の間で意外に話題になり
「なんだこりゃ!?」「あっウィスキーで割ると美味い!」
とテンションが上がってしまう。なんでこんなものが地方のコンビ
ニにあるのか・・・セイコマ以外の普通のコンビニには置いてなか
った。
  


Posted by げん at 01:12Comments(0)えみし旅を想う

2011年11月05日

スーパーボロテント





日の出公園は7月にはラベンダーなどで美しい花畑がある 何度も
ここへは来ているのだが、一度もテントを張れていない。
ここに来ると必ずといっていいほど悪天候だったし、以前は北本さん
が東の山中にある麓郷(ろくごう)で住み込み農業していて、その宿
に転がり込んだりしていた。

ここは一泊500円のオートキャンプ場も兼ねた有料キャンプ場だが、
管理棟のコインランドリーやシャワーが便利で、天候がひどくなれば
管理棟に避難して泊まることができる。ある意味過酷な旅生活には
実にありがたい施設である・・・

野営旅人なるものそんな甘いことでどうする!という意見もある(笑)
のだが、わたしは基本的に野営を極めたいわけではなくて、とにかく
宿泊を安くあげること、そしてテントというプライベート空間が好きであ
ること、この2点に尽きる。快適に過ごせるに越したことはないのだ。




ところで、この旅はじめてのテント設営なのだが・・・実は今回の旅
最も心配だったのが、このテント。実は、オートバイを修理する以外
にもヘルメットやテントを新調してから旅を始めたい、と思っていたの
だが、両方とも結局あきらめて来たのだ。

写真、おわかりになるだろうか・・・汗
2002年に買った初めてのテントのまま なんと5000円の大安物である
骨組 いわゆるポールは買って最初に立てた日にゴムひもが切れ
(爆 粗悪品だろ!!)さらにポール自体もバキバキ折れて、竹細工で
補強している有様である・・・へんな形にひんまがり、ドーム型が歪んで
いる 笑 上にかけるフライシートも今回、防水テープがびろびろに剥が
れて、これも限界を越えてしまっている事がわかった。
4年使っていなかったので、実のところどんだけ限界なのか確認する意
味でも、今回思い切って使ってみる事にした、というのもあるのだが
(さいわいにも、カビなどはそれほどひどくない 爆)

正直、こんな安物テントをこんなになるまで使ってるキャンパーは 他に
いない(断言)
ここまで付き合ってくれて、テント設営を手伝ってくれた北本さんも、驚き
呆れていた。 そりゃな・・・
この旅、この富良野と、上士幌→屈斜路湖→網走→・・・とキャンプが
続く見込みなので、果たしてこのテントがもってくれるかどうか・・である。





  


Posted by げん at 11:35Comments(0)えみし旅を想う

2011年11月04日

富良野へ





二風谷 2泊目の夜は、札幌の彼女の家に滞在中の(笑)
北本さんがやってきて(彼はクルマだが特別に泊まれる)
これに長期滞在のO深さん(この人もここで4年振り?に再会した)
ご主人の4人で ユーカラで長い夜を語らう。この4人が集まると、
必ずわたし1対他3で、わたしが総攻撃を喰らうのが恒例になって
いる。なにしろ、わたしはツッコミどころ満載の性格らしいのだ
(タメイキ)
5年前はわたしは何を話すにも「言い訳ばかり」とツッコマれ
4年前には恋愛傾向を分析されて(爆)
「お前は結局自分が好きなんだ」
という事になり・・・(ナルシストだったのか俺は・・)
で今回は「お前は徹底的な‘マイノリティ志向’だ」という事に

これ、何の事かというと、数人で議論していて意見が多数派と
少数派に分かれると、必ず少数派についてしまうという性格・・
とにかく自分が本当はどう思っていようと、少数に味方してしまう
というのだ。ああ、確かに・・・と妙に納得。
これは優位なもの、勢いのある者を常に疑う、というわたしの
無意識の基本姿勢みたいなものなのだが

まあそんなこんなな夜でした 笑

翌朝、ようやく出発。北へ!富良野の町を目指す。




同じ方向だが山のほう、層雲峡を目指すという北本さんは少し
遅れて出発 抜いたり抜かれたり 休憩は一緒に という道中。
天気はまたも怪し フィドルは一応、包んでいる。

富良野は、北海道のほぼ中央「ヘソ」にあたるとして、『へそ祭り』
というものまである。北海道観光としては、大山脈を越えて東部へ
までは行けなくとも、この地方で充分「来たぞ~!」という気分に
なれる、雄大な場所である。東京の人が作ったドラマで有名になり
いわば宮澤賢治の空想力が作り上げた岩手のような、ユートピア
的イメージに彩られ、様々な観光名所が存在している。

実のところ、わたしも非常に好きで、たどり着くとほっとする土地だ。
北部の「北富良野町」にある『日の出公園キャンプ場』を目指す。

  


Posted by げん at 11:35Comments(0)えみし旅を想う

2011年11月02日

北海道の旅 ということ 2


青錆丸を持ち出し、沙流川(さるがわ)へ行ってみる。ひと気の
ない川岸でちょっと弾こうという訳。今回、フィドルの練習場所を
行く先々で見つけ出していかねばならない。

沙流川・・・しかし今、二風谷では「二風谷湖」と呼ばれている。
というのも、90年代後半に始まったダム建設で、川はせき止め
られ、人工湖状になってしまったからだ。
この大河は、山形県でいえば最上川 岩手県でいえば北上川
にあたる。「アイヌの聖地」といわれるニ風谷で、重要な舟まつり
の舞台にもなってきたこの川は、まさに母なる川なのだ。
わたしが初めてこの地を訪れた頃、地元民のダム建設反対運動
は続いていた。必要のないダムを作ろうとしている―その詳細は
ここには載せきれないし、両方の言い分はあったのだろうけど、
今回、この「二風谷湖」の光景を見れば、どちらが正しかったかは
誰の目にも明らかだろう。

・・・湖 人工湖は、消滅していた。
というのも、ダム建設から10数年しかたっていないのに、「湖」は
上流から年々流され積もってきた土砂で、ほぼ埋め尽くされてい
たのだ。  愚かなり  シャモ(大和人)の所業。

台風がいよいよ近づいたか、雨が降ってきて、フィドル中断。
アイヌの伝統的家屋 茅葺屋根の店構えをもった『ポロチセ』の
戸口をくぐった。




ポロチセの中では藤谷るみ子さんがアイヌ刺繍の作業中。
「ああ あんたかい!待っていたよ」
とおっしゃる。一昨年、来た時はご不在だったので、お会いするの
は3年振りになろうか・・・るみ子さん、一冊の本を差し出される。

なんとそれは・・・『藤谷憲幸の世界』

「主人の事を本にまとめたから、世話になった人には渡してるんだよ」

ご主人・憲幸さんは二風谷の中でも優れた木彫り職人でいらした 
この『ポロチセ』の中で長年夫婦で、それぞれの仕事をしながら過ご
されていたのだ。しかし、彼は4年前に病に倒れ、他界された。

本は、憲幸さんが木彫りを目指した若き日から、亡くなられる直前
までの姿、そしてその素晴らしい作品の数々の写真を収めている。
それは二風谷の歴史の姿そのものでもあった。

わたしは毎年夏、ここを何気なく訪れて、お二人の作業を眺めながら、
特にるみ子さんとおしゃべりしていただけである。
ある日、気難しく見えた憲幸さんが突然、表にある畑からとうきび
(とうもろこし)をもいできて、囲炉裏の火で焼いて食べさせて下さった。

その時に撮らせていただいた写真を、るみ子さん大切に懐にしまって
おられる。「こんな優しく笑ってる顔、他の写真にないよ」
どうも、わたしがあんまり痩せているものだから、お二人密かに心配
して下さってたようなのだ・・・なんと言ったらいいのか・・本当に

何もお返しできない事にもどかしいわたしは、なんとその場に担いで
きていたフィドルをお聞かせするという思い切った行動に出た・・汗
アタマまっしろで「こんな選曲でいいのか」という曲を1曲2曲

「ふむ。とにかく日本の曲じゃない事はわかったよ」と、るみ子さん

何か、この場にふさわしい曲はないものか・・・と考える
「スコットランドの男性が、亡くなった偉大な友人に贈った曲です」
と『Hector the Hero』を弾く(大森ヒデノリさんがそう話していたなあ)

「嬉しいねえ そりゃあ」と、るみ子さん 喜んで下さったみたい・・ほっ

アイヌ民族の存在を知った20代の頃 わたしはアイヌ民族について
理解しているつもりになっていた。そしてアイヌ民族としての彼らに
近づきたいと思った。
しかし、そんなうちは、本当の人間関係を築く事などはできない。

よく、「大和人」は
『アイヌって今もいるの?どこから来たの?』
と問う。しかし、この島に渡ってきたら
『日本人って何なの?どこから来たの?』
と思い至らねばならない。
ここは、日本の民族概念を揺るがす 北方世界。
「北方領土 返還せよ!」の看板の前に 立ちすくむ
地球の裏側まで行く必要はない
ここで日本人としての重責を知り、かつ裸一貫で自由にさすらう
北海道の旅 とは、わたしにはそういうものなのだ。




  


Posted by げん at 23:30Comments(2)えみし旅を想う