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プロフィール
げん
げん
山形県鶴岡市生まれ。
札幌、東京と移り住み、放浪の旅をへて
東北回帰~ 奥羽越(えみしの国)を拠点
に危なっかしくも面白く生きます。

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Posted by んだ!ブログ運営事務局 at

2012年11月15日

日記より 東京行き 4


怒涛のブログ更新である 非常に久々に
最近なかなか時間がなくてね

10月3日(水)

いよいよ明日、仙台へ帰る という事だがこの日、
何かと今回の大詰めである。

昼間は、今度東京へ来たら行ってみよう!と思って
いた場所のひとつ『代官山 蔦屋(つたや)』へ。
ここでは、長年の友人の一人とも会う約束が。

つたや・・・そう、あの、DVDレンタルのツタヤさん
である。それが最近、代官山に何やらすごい店を作っ
てしまったと それを偶然、テレビで紹介してたので
気になっていた訳なのだ。

代官山というと、長年東京に住んでいたわたしにとっ
てものすごく縁遠かった町のひとつだ(爆)
なにしろ、入ってくる情報はオシャレの話ばかり
中央線沿線のクダけすぎた文化に染まっていたわたし
には訪れる理由もない場所だったのだ。

しかし、後になってこの町には わたしが原宿で非常
に気に入っていた古(いにしえ)の建築群
「同潤会アパート」
が存在していた事を、知った。が、その時には、既に
完全に取り壊され消滅していた。
ハービー山口という写真家が、モノクロの写真集でそ
の風景をたくさん残している。それ以来、わたしは都
市というものを、固定観念で捉えずに多角的に見る事
を心がけるようになったと思う。

ともあれ 蔦屋さんであるが




まったく、従来のツタヤさんっぽくない。
近未来志向の、高度環境型?最先端本屋さんである。
ウワサに聞いた素晴らしい空間と、細やかなアイディ
ア・心遣いにあふれた、東京の誇るべき新名所という
にふさわしい。全部で3つの、白亜の箱型建築がさっ
ぱりした敷地に並び、その中にスターバックスなどが
あって店内あちこちにある机でコーヒー飲みながら、
レンタル用CDを視聴したり、自由に読書や勉強に勤
しむ事ができる。旅行関連の本棚のところには、海外
旅行の紹介をしてくれるカウンターがあったりとか、
本の事なら何でも相談できるエキスパートがいたりと
か、すごい事になっている・・・

さて、しかしここにはもうひとつ 重要な事があった。
実は、この蔦屋さんの向かい側に、以前から気になっ
ていた「喫茶店」があったのだ。それが、こちら




『カフェ ミケランジェロ』という。
これは何で情報を得たか、忘れたがとにかくすごい店
である。ここは日本ではない なんちゃってではなく、
全く まるでヨーロッパなのだった。
実は蔦屋ができるずっと前に一度来た事があるが、そ
のあまりの場違いさ(笑)と、人気の高さ(つまり人
の多さ)で結局、入店せず帰ってしまったのである。
しかし、今回思いがけず、目的地である蔦屋の、まんま
向かい側であった事に、びっくりであった。奇縁哉?

で、今回 会う友人が、また、いいのである。
実は、今回結婚式をあげた小泉さんと仲間たち 全く同
じ職場の仲間で、旧い友である。渋谷の映画館で、なん
と同じ映写技師として働いていた事もある女性・Fumie
さん




たぶん、こういう場所で会うには最もふさわしい人だっ
たと思う。横浜在住で、子供の頃は海外に住んだ事もあ
り、映画や音楽など 文化面の造詣も深い。
憧れのカフェ・ミケランジェロで話題に花咲かせる。
Fumieさんも初めての入店だったが、この店の奥行きが
すごい事を発見したらしく歩いてみると中庭がいくつか
あって、立派なパーティー会場のようである。そこには
巨樹などもあって、ただならぬ雰囲気だった。

Fumieさんの話では、この白亜の蔦屋さんの土地は、もと
もと蔦屋さんのえらい人(笑)のものだったらしい。
おそらく、長年暖めていた夢を具現化したのだろう。
それにしても、蔦屋さん+スタバという最強タッグで、
おそらくミケランジェロさん、お客さんを持ってかれた
事だろうが、逆に落ち着いて本来のお店の雰囲気が保て
る事になって良かったのではないかな?などと考えた。

しかし、実は今回 この蔦屋さんでは、これは!という
本には出会えなかった事も、書いておかねばなるまい。
盛岡の「行けば必ずこれは!という本に出会える」さわ
や書店や、仙台のメディアテークの小さな本屋さんの事
を思うと、どんなにすごい本屋を作っても、大切な本一
冊に出会えるかどうかは店の規模・大小ではなくて、や
はり客との相性なのかも知れない。そんな事も思った、
今回の貴重な時間だった。でも、また来ますよ。

日が暮れて、Fumieさんと別れたあとは いよいよ上野
のWarrior Celtへ!
  


Posted by げん at 19:11Comments(0)えみし普通の日記

2012年11月15日

日記より 東京行き 3


10月2日(火)

なんと!渋谷ダブリナーズである。
2010年、初めて東京のパブ・セッションにお邪魔した
のが、この店のテラスだった。思い出深い!!

なぜ今回ここに?といいますと
先日の日曜、台風直撃で中野で会えなかった音楽仲間
たち・・・さるさん、村田くん、そして岩谷さんに、
この夜 会ってしまおうという 驚きの企画である 爆

いや、爆 ではない。
実は、みんなすごく遠くから、集まっていただいたのだ。
さるさんはかつてわたしが働いた事のある(笑)東京の
かなり西部 昭島市。岩谷さんは仙台における数年の赴任
を終え、東京に戻って町田市に住み始めたばかり。
そしてそしてっ・・・村田くんはなんと、埼玉県の東松山
市とか 実はろくに調べもしなかったのだが、後からとん
でもなく遠かった事がわかった・・・・・・・・・・・・
すまぬ、村田くん みなさま

なぜこのお店にしたか、というと 新宿・渋谷という集ま
りやすい町のなかで、メールで場所を説明しやすい数少な
い店だったという事 テラス席があって、渋谷の喧騒を眼
下に過ごせるというのが以前なかなか良かった事 そして
アイリッシュ・シチューが食べられる、それも意外になか
なかないお店のひとつでもあった事 である。

それにしても、楽しかった!
仙台で出会い、いつも仙台 東北で会っていた4人が、この
大東京に集まり、語り合っている不思議。こういうのも、
しかし いい。
いろいろ話した アイルランドのパブでのお酒のオゴり方
とか、飲み物の缶のふたが、缶切りないと開けられないと
か(笑)わたしはなぜか、イニシュモア島を散歩中出会った
小さな犬たちの話とか、したな。




皆さん、ありがとうございました~ 
また関東でもお会いしましょう。  


Posted by げん at 17:53Comments(0)えみし普通の日記

2012年11月15日

日記より 東京行き 2

 
写真ちいさっっ!!と思った 笑 前記事。
ネットカフェの機械で、初めてやってみたのだけど・・
ちなみに、写真はほとんど、フィルムで撮ったのを
携帯のカメラで再撮影するという恥ずかしのアナログ
技です。

10月1日(月)




台風、一過 至極晴天。
この日は、なんと!代々木公園である。
代々木公園といえば、なつかしの青空セッションだ。
いつの事だ?2010年の春だったかな、もう。
しかし、月曜日だ。みんな、仕事ではないのか・・
だが・・・なんとそこへ、マスター・モハーが!!!




・・いや、モハーさんがくすぐったがるので、この
呼び方は自重いたそう
実は、モハーさんのお仕事場の創立記念日という事で、
この日お休みで、お時間作って下さったという訳なの
だった。なんという事だ・・
昨日の台風直撃で、一旦は諦めかけ 今回の東京行き
第2の目的・3日水曜の上野Warrior Celtセッション初
参加でお会いしましょう という事になっていたが、
結果はすっかり晴れてしまったので、やはり思い切っ
て代々木も実現させていただこうと・・・感謝です。

それにしても、この極上の環境で心の師匠とふたりと
いうのは・・・かなり舞い上がってしまうな
モハーさんとは、一緒に弾かせていただきたい曲もあ
るが(待て、まだ全然弾けていない・・)それ以前に
モハーさんの弾くFiddleをたくさん聴きたい。しかし
今回もうひとつ重要なのは
「わたしの弾き方、どういう点がダメでしょうか?」
という事だった。先日のJazzFes Barm'sセッションで
も録音した自分の演奏がひどく気になり、その時も
モハーさんやTRADさん、Kimiさんにアドバイスを受け
ていたのだが。この際、徹底的に聞いてみたい

・・・やがて、夕焼け来たる(おい
結果 思った事は、「やはりFiddleは難しかった」という
事である。ひと前で弾いている人というのは、皆きっと、
大きな壁を超えている。師についた人も、独学の人も。
当たり前のようだが わたしは何もできていない わかっ
てない あらためて痛感する。

とにかく、上野 行こう。
モハーさん、有難うございました!

  


Posted by げん at 17:15Comments(0)えみし普通の日記

2012年11月03日

日記より 遠野・岩手行き 3




境内の石階段の上には、おじいさんが一人、腰掛けていた。
ハッピを着ていて、祭の役員さんなのかも知れなかった。
「そのハト、どうした?」(東京ことばに翻訳しています)
事情を話すと、
「ならば、こうこうすれば良い」(東京ことばに・・以下略)
と、鳥の世話の仕方を教えて下さるが
「実は私、旅の途中でして・・・」
と、奥羽越現像 言い訳。
「そうか、ではこの町のしかるべき所に連れていこう」
おじいさんは、私の手からハトを受け取り、石階段を下りて
社務所に消えていかれたのだった・・・

という、顛末である(笑)それだけかいっ
その後の、ハトの消息は、わからない。生きていれば、
「仙台育ちの都会ハトの俺が、何故、岩手の田舎に・・・」
と、困惑しているだろう。すまぬ、ハト。
しかし、もし私がバルⅡでなく新幹線なり鈍行なりで岩手を
目指していたら間違いなくこのハト、都会の藻屑と消えてい
た。神に愛され遠野に呼ばれたのだお前は、と言ってやりた
い・・・というか、そうやって自分を正当化したい(爆)

さて、八幡宮さんの行事が一通り終わっていて、岩谷さんも
私も鳥居をくぐって、町へ戻る。昨年まで遠野に住み働いて
いた我らが笛奏者・村田君 今回みんなで泊まる宿「福山荘」
に先に着いて、メールをくれていた。
「いま、どこですか?宿までご案内しますよ」

福山荘は、遠野の町の中でも、とても古い建築を保つ旅館の
ひとつ。実は過去、わたしは一度ひとりで宿泊した事がある。
なんと初めて、冬の遠野に来た昨年2011年。3月の事だ。
そう・・・あの、大震災の一週間ほど、前の事だった。
あの時は、TRAD夫妻やTOSHIさんも加えたみんなで、花巻で
セッションしたり小岩井農場や、ひみつの?りんごのお店で
楽しんだ後で、わたしは初めて、「ただゆっくり一泊するた
めだけに」遠野に立ち寄ったのだった(なんたる贅沢!)
やはり、当時遠野在住の、村田君に紹介してもらった宿だっ
た。
しかし、その素晴らしい一泊の記憶は、帰仙一週間後の、大
震災で吹き飛んでしまった感がずっとあったのである。
今回は、たまたま福山荘になったのだが、是非とも思い出リ
ベンジ?という事でいってみたい。
しかし、このお宿、まつりのパレードのある街なかのど真ん
中にあり、ものすごい人(注:遠野比)でバルⅡが入ってい
くのはなかなか大変でした。

ところで、TOSHIさんは今回、ある事情で夕方の到着となる。
それにしてもTOSHIさん、村田君、そして岩谷さんがまた今年
も、遠野まつりで結集してくれて、わたしは感無量だ。
今年はそれに加えて、わたしも参加する‘東北の新聞’の創
刊者である砂越さんも、わたしの話を聞いて、興味を持たれた
らしく、新聞の取材で訪れるという。
(注:砂越さん そしてわたしの遠野関連の記事はこちらで
 読めます 笑 http://tohoku-fukko.jp/
 第5号です。なにとぞ宜しく)
しかしなにやら電話でTOSHIさん、わたしのハトのエピソー
ドを聞いて驚いた事があったらしい。なんでも、彼もハト関
連で今回の事を予知するようなある出来事があったとか・・・

つづく  


Posted by げん at 17:41Comments(0)えみし普通の日記