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プロフィール
げん
げん
山形県鶴岡市生まれ。
札幌、東京と移り住み、放浪の旅をへて
東北回帰~ 奥羽越(えみしの国)を拠点
に危なっかしくも面白く生きます。

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Posted by んだ!ブログ運営事務局 at

2014年02月28日

なんと2月も終わりである


2月は、何もなし。雪しか、なし。
後半は、くる日もくる日も、夜3時とかに
出かけて、働いていた。まあ、たいした
稼ぎではないけれど。しばらくは、普通に
喫茶店や、ラーメン屋に行ける、という
程度。しかし、その労働も一段落。
3月からは、書いて書いて書きまくらなけ
ればならない。
同郷の作家で今も鶴岡で書いている、佐藤
賢一さんが言っていた
他の仕事は休んでも2,3日で勘が戻るが、
小説は一ヶ月書かなければ勘が戻るにも
一ヶ月かかる、と。
フィドルの方がまだ時間見つけて弾いてい
る状態かも知れない これから大変だ。  


Posted by げん at 16:56Comments(0)えみし普通の日記

2014年02月12日

ピグマリオン とおのれの書き物


このところ、やたら長い文章で不評な
のですが(爆)これは家でパソコン内
蔵の文章作成アプリで書き込んで、後
日外でネットつないだ時にコピーして
更新!てな事ができるようになったた
め。しかしこれから4月にかけて集中
して書かねばならぬ事もあるので、長
文はこれくらいにしておきたい。

仙台の戦後の闇市の名残として味わい
深いというか人間くさい情緒を残す
「壱弐参横丁」(いろはよこちょう)
ここは仙台市内では多分一番美味い
立ち食いそばが食べられる「丸富」さん
が入り口にあり、他にも立ち寄る場所が
多いので馴染み深いところである。

仙台市内では老舗となった書店「金港
堂」がすぐ近くにあり、そばを食べると
ちょっと入って立ち読みする。実のとこ
ろ、個人的には比較的市内では利用し
ていない方なのだが、その昔、佐々木
喜善さんが自分の本をここで確認した
記録が日記に残っていたりもする。
本屋というのは、その規模に関係なく、
見つかる本 つまり自分が目に留める
本が全く違う。たぶん、他の書店では
目に留めなかったかもしれない本と、
ここで出会った。
ジョージ・バーナード・ショー
『ピグマリオン』
これは小説ではなく、戯曲 つまり、
演劇の台本である。

ショーという作家については、初めて
意識したのが、何かのきっかけで菜食
主義について検索した時に、この人に
ヒット(笑)した事からだった。彼は菜食
主義で、こんな面白い発言を遺してい
る。
「わしはもう80歳を過ぎた 充分生きた
のでそろそろ死のうと思って、たぶんス
テーキでも食ったら死ねるのだと思うの
だが、わしには動物の死骸を食う趣味
はない。このままでは永遠に生きてしま
うのではないかと不安で仕方がない。
これが菜食主義 唯一の欠点じゃなあ」

他にも彼には、遅く結婚した妻とは親友
とか同志とかいった関係で、この奥さん、
ショーが同じベッドに入るのを決して許
さなかったので彼は人妻との情事を繰り
返していた、とか変わった話が多い。
一方でナチスのユダヤ人迫害にもつな
がった「優生学」の支持者だったりもした
のだが、若くして街の討論会や街頭演説
に参加したり、ついには政界進出を目論
んだり、社会参加意識の高い作家だった
ようだ。

そんなショーはアイルランドのダブリン出
身。もともとはスコットランド系の家系であ
る。ロンドンに出て活躍するが、おのれの
アイルランド訛りを終生意識したようで、
言語に対するこだわりは彼の重要な個性
となった。それをよく表すのが、本作ピグ
マリオンである。

よく知られている・・かどうかわからないが
『ピグマリオン』はオードリー・ヘプバーン
主演の映画『マイ・フェア・レディ』の原作
である。どうかわからない、というのは実は
かつて映画年間200本観ていたと豪語す
るわたしが、この往年の名作を見逃してい
たからである。ミュージカルである事、内容
的な事(近年では『プリティ・ウーマン』とし
ても再生している)があり名作とはいえ今
ひとつ食指が動かなかったかも知れない。

そのため、この物語自体、当原作戯曲で
初めて堪能する事となる。
物語は、言語・生活習慣の矯正にまつわ
るものである。強烈な「ロンドン訛り」を持つ
貧しい花売り娘イライザを、上流階級の令
嬢に変身させる事ができるか、尊大な言語
学者ヒギンズと紳士ピカリング大佐が賭ける
、という筋。偽りの上流階級での立場と、本
来の貧民層における記憶の間でアイデンテ
ィティの揺れ動くイライザの姿が可笑しくも
愛らしい。一応、喜劇という事なのだが、
そのラストシーン、つまりイライザと、彼女の
「創造主(ピグマリオン)」であるヒギンズとの
関係において原作と映画では大きく異なる
その理由についてはショー自身が「後日譚」
として長々と自論を述べている(映画は彼の
死後のものだが、ラストシーンの改変問題は
当初からあったもののようだ)

ところで、「ロンドン訛り」というのも奇妙な
話で、長くイングランドの首都である大ロンド
ンに訛りが?と思う。東京でいうと、「江戸の
下町ことば」という位置づけだろうか。それに
しても東京だったら、下町と「山の手」にそん
な対立関係は・・・あるの?(よく知らない)
英国は階級による生活習慣・言語の違いが
著しく、上流と貧民層はあたかも別民族かの
ような様相を呈していたようだ。アイルランド
出身のショーにすれば、貧しい労働者階級
は常にシンパシーを持てる人々だったろう。

そういえば、『男はつらいよ』の寅さんは言わ
ずと知れた東京下町の象徴的存在だが、彼
の「車」という姓はもともと「士農工商」階級の
あった時代、卑賤の立場のものだったという。
その寅さんが、下町の香りそのままに日本一
のヒーローになってしまうところ ショーももし
かしたら、英国の真のヒーロー、じゃなくヒロ
インとしてイライザを描きたかったんじゃない
か?などと思ってしまうのだった。

さて今回「戯曲」を手にしたのは、日頃「小説」
のようなものを書いていて、その物語手法に
常に疑問を抱きながら取り組んでいる事も
理由だった。わたしはもともと映画の下地とな
る「脚本」を目指す者だが、書いていても先が
見えない事、たまたま小説手法で書く機会が
与えられている事で、今に至っている。
「戯曲」は言うまでもなく、セリフ主体で書かれ
る事から「脚本」に近い。ただわたしはあまり
舞台、演劇に興味がないため今まであまり
積極的に触れてこなかった。あらためて読ん
でみて、面白いなあ、と感激したのだが、いか
んせん、やはり「演劇」としてではなく、「映画」
として読んでしまう事が多かった。

実は「戯曲」と「脚本」には、奇妙にもそれこそ
芸術界における「階級的」ともいえる格差が
ある。「戯曲」はそれだけで文学として扱われ、
事実バーナード・ショーはその作品でノーベル
文学賞を受賞している。これに対し、映画脚本
は文学として扱われる事がほとんどない。
これは実際、舞台の制作において劇作家に無
断で台本を書き換える事が許されないのに、
ハリウッドでは脚本は常にいじられ書き換えら
れる、と脚本家達が嘆いている事実に裏付け
られる。この違いが何故生じたのかは、よくわ
からないが、ハリウッドという娯楽製造拠点の
そもそもの成り立ちが関係しているのか。

さて、今後どういう形で書いていこうか・・・
定まってはいないが、やっぱりあまり「説明」
したくないな、映像的に語りたいな、とは
思うところだ。

  


Posted by げん at 16:19Comments(0)えみし気になる世界

2014年02月09日

かぐや姫の物語




先日、この記事書いて、更新ボタン押したら
書いたもの全部消えてしまい・・・もう一度
書く気になるまで、待ってました 苦笑
(だから怖いんだよー紙に書かない書き物は)
『サカサマのパテマ』とは違い、言わずもが
なの超話題作 友人も何人か既に観ていて感
想も聞いた上での鑑賞ですが、むしろこちら
の方が内容は期待していませんでした 笑

実は過去、高畑勲監督作品は、その永遠の
盟友でありライバルである宮崎駿監督の、常
に自分の表現に迷いのないストレートなアニ
メ表現に対し、小難しい事を考えたり、「お
じゃまんが」してみたりと一貫できず迷走し
てばかりいる印象がありました。今回も、絵
柄が従来のセルアニメと違うという事で
「ま~たひねくれてみましたね?」
などと考えてしまいましたが
(なにさまだよ、おれ)
しかし正直いうと、わたし自身、
「どうしてセルでないといけないか」
と日本のアニメ手法に疑問を抱いていない訳
ではありませんでしたし、わたしも最近、イ
ラストをしばしば描く機会ができたので、絵
の可能性を開くという匠の技を見てみたいと
いう気持ちも強かったりしました。

しかし、実際、観て驚きました。瞬時に引き
込まれて、2時間半という長時間を感じない
まま、没頭させられてしまいました。観てい
る間、ずっと感じていたのは、
「これはホルスだ!」
という興奮でした。ある意味、宮崎作品とは
全く違う傑作を生むために繰り返してきた実
験が、今度は見事に結実しているようであり、
「なんでまた、かぐや姫なの?」という疑念
が、「これぞ高畑の原点なのだ!」と確信に
変わるその意外性への驚きだったのです。

竹取物語自体は、摂関藤原家全盛時代に書か
れた、反藤原を表現した作品であるとか、あ
とやっぱり古代にあった宇宙人との接触を語
った(爆)ものだとか、様々な見方がされて
いる謎多き作品?ですが、今作のかぐや姫は
人間の生死を象徴的に表す存在であり、また
本当の人間の生きるべき姿を追い求める
「人外にして人間そのもの」
である強烈なキャラクターです。宮崎駿との
若き日の合作『太陽の王子ホルスの大冒険』
からおそらく二人の間に貫かれてきた労働者
階級的というか、共産主義的というか(いい
意味で)、厳しい環境の中助け合って生きる
人々の目線がここに再現されています。
『ホルス』といえば、二人がアニメーション
に人生を捧げる契機となったヨーロッパなど
海外の当時革新的なアニメ映画 今回実現し
た、かつて誰も見た事のない動画は、宮崎駿
とはまた違う、日本ならではのアニメをまた
世界に示し、ある意味、恩返しをした、と
いう意味で、見事だったと思います。

それと、これまでの高畑作品になかなか見ら
れなかった「最強のヒロイン」が、かぐや姫
という形で結実している事が、何といっても
白眉です 笑 もともと宮崎駿とともに『ホ
ルス』のヒルダや赤毛のアンなど印象的なヒ
ロインを生み出してきた高畑監督ですが、
この作品のかぐや姫は実に魅力的で、宮崎駿
の描く女性像とは何か違うものを感じます。
また声を担当した朝倉あきさんも素晴らしく
て、あのナウシカの島本須美さんに匹敵する
印象を残しました。この人、ちょっと前の超
駄作迷作と記憶されるNHK朝ドラで、「人間
ジュークボックス」なる訳のわからない役を
演じてましたが、先日TVスペシャルの『トリ
ック』では見事な怪演を見せており、すっか
り期待の人です。声といえば、やはり最初に
登場する翁役の地井武男さん 最後の名演に
耳を澄ませました(後になって、途中亡くな
られた地井さんを三宅裕司さんが引き継いで
完成となったと知りました。

問題なのがラストシーン、言わずもがなの月
からのお迎えシーンですが、これは何でも、
竹取物語がもともと仏教説話であるらしい事
から来てるんだろうとは思うのですが、正直
絵的にも音楽的にも、かなりの違和感があり
ました。ある意味むかし沢口靖子さんがかぐ
や姫を演じた映画で、お迎えがまんま「UFO」
!!爆 だった時より、何倍も怖かったとい
うか・・・
だって、あの「人たち」にやって来られたら、
地球征服だって結構わけもないですよね・・
たぶん というのも、やはりあのシーンが
「なんびとたりとも抵抗しきれない」
死 を表現しているからに他ならないのでし
ょう。近年、宮崎作品にも頓に見られるよう
になったとされる死の表現ですが、それを描
く事で観るものに強烈に抱かせる、生への限
りない愛着は生きるという事を改めて捉えな
おさせるもの若い作家にはなかなか到達し得
ない、境地のようなものが、やはりあるよう
な気がしました。

なにかというと、宮崎駿さんを引き合いに出
してしまい抵抗を感じた方もいらしたかも。
ごめんなさいですが、どうしても引き離せな
い二人ですな・・・しかしうらやましい限り
です、こういう生涯のライバルを持つ作家と
いうのは。

  


Posted by げん at 17:05Comments(0)えみし気になる世界

2014年02月07日

年始めの出来事




正月早々、歯が欠けたり、歯が欠けたり
いろいろあった(ってそれだけか)先日
やっとまた東北大学片平キャンパス内の
80歳越の理髪師さんにアタマ刈ってもら
い、今年がようやく始まったような気も。
とはいえ、1月中既にふたつの大きなイベ
ントがあった。Barm'sでの年始めセッシ
ョンと、「東北を語る」恒例の会である。

Barm'sには、宮古のTRADさん(というか
もうだいぶ前から、このお二人がいないと
仙台ではセッションが成り立たなくなって
いる・・)、札幌からYuyaさん、そして!
首都圏からは我が心の師・モハーさんが
おいでであった。昨年はついに、一度も
東京行きが叶わなかったので、一昨年10
月の上野での衝撃セッションが懐かしい。
という事で、頑張りたかったのだが(笑)
曲出しは例のごとく失敗した。なんか、前
日になって思い出した昔の曲とか、最初に
出してしまった(いつもそんななのだが)
今年のわたしの音楽活動としては、どうし
たものか。自分なりの形を作っていかない
といかんなあ、と思う。

「東北を語る会」は3年目に突入!
そして何やら、中心的存在である砂越さん
や星港夜のマスターがいろいろな人にこの
会の存在を広めてくれた事で、今回は参加
者が大幅に増加する可能性が!?
この2年間というもの、多くても4人、少
なければ2人で盛り上がるしかなかった(爆)
当会なので、人数増えたら一体どうすれば・・
とあたふたしてしまうなあ~などと思っていた
ら、ある日マスター「みんな忙しいみたいよ」
なんて言うし、何だ~フタ開けてみたらいつも
通りか~と、どこか安堵して(おい)いたら、
ホントにフタ開けたら大変!政治家、考古学者、
音楽家(!)などなど多彩な人々が集まってき
て、なななんと総勢9人!!アガリ症のわたし
はいつものバカっぽいおしゃべりも影をひそめ
(笑)いや、それでも何とか出したい話題は出
したが。

今回わたしが出したのは、ブログでも以前取
り上げた雑誌『インパクション』と真逆の、バリ
バリ右派の 爆 雑誌などの存在から、右とか
左とかで対立する今の日本の現状と、東北の
関わりについて。新参加の佐藤紀彦さんは
日本の差別構造と昨今のアジア排除の傾向
について、大友さんは靖国問題を平泉の思想
と照らし合わせて、それぞれこの話題に膨らみ
を与えてくれた。
2011年12月に始まって以来、わたしは当会に、
かつてパリを始めとするヨーロッパの都市に
おいて国、社会を変えていった「カフェ」での
議論を重ね合わせてきたが、ようやくこの日、
より当時の状況に近い光景を再現できたので
はないか、と思った。まだ、「東北を動かす」
には序の口のままだが。

下の写真は、今回星港夜の店先に掲げさせて
いただいた、わたくし直筆の(爆)開催告知。
ところで後日、砂越さんと大友さんが今まで各々
の呼び方をしていた当会の、正式な名称を決め
てくれた。『とにかく東北を語る会』である!!
実はわたしがずっと呼んでいた名称である・・
有難い事です。

次回、この「拡大版」は3月の予定です。



  


Posted by げん at 17:31Comments(0)えみし普通の日記

2014年02月07日

パテマ & かぐや姫




1月、2月、と一本ずつ劇場映画を観ました。
正月、実家では2本ともハリウッドのSF関連でしたが
劇場は2回続けてジャパニメーションです 笑
巷では『永遠の0』や『ゼログラビティ』など、
ゼロ関連が(いや、関係ないだろ)話題ですが
どうもわたくし気になってしまうのはこちら方面
でした。

1月『サカサマのパテマ』チネ・ラヴィータにて

重力が逆の世界の人間たちが出会う・・・という
SFアニメです。はじめ文庫本でノヴェライズを
見つけて、これいい企画だなあと思いました。
当初、札幌では上映するのに東北では一館もなし
みたいな状態で憤慨(爆)しましたが、無事、遅
れてやってきてくれました。
若い作家さんで、小説とかコミックではなく、は
じめからアニメ映画の脚本として書いた、という
のも気に入りました。この「重力が逆の二人が」
というアイディアは、ハリウッドで既にあるよう
なんですが、こちらの方がSFロマンとしてワクワ
クさせてくれる内容のようです。
若い監督のせいか時にヘンな演出や拙さもあり、
多少宮崎駿の影響受けすぎだろというところも
ありますが、あっと驚くラストも用意されていて
充分正統派SFとして楽しませてくれます。
そして何といっても、主題曲です。なんと、
「エスペラント語」で歌われております。かつて
宮沢賢治、佐々木喜善も夢中になった、世界共通
語として創造された今や幻の言語。フランスの女
性歌手が歌っていますが、これが素晴らしい!
なんか、サビに入る前のところが往年の角川SF
アニメ『幻魔大戦』のEDを思い出させましたが・・
異文化・異民族との交流をテーマとした、この
作品に非常によく共鳴していて見事でした。



(かぐや姫の物語 の記事は事故で消去されました)  


Posted by げん at 16:14Comments(0)えみし気になる世界