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プロフィール
げん
げん
山形県鶴岡市生まれ。
札幌、東京と移り住み、放浪の旅をへて
東北回帰~ 奥羽越(えみしの国)を拠点
に危なっかしくも面白く生きます。

2015年10月17日

ネット廃人化防止!? そして広島の血


パソコンのバッテリーが完全に お疲れ様でした に
なってしまったので、自宅でネットがつながるように、
一応 しまして半月がたつ。
(新しく銀行口座作らされたりして、手続きに一ヶ月
 かかりました・・・)

しかし、動画はほとんど見れぬ。
動作も、けっこう遅い時は遅い。

というのも、ひと月で7GBぶん使うと、速度制限が
かかってしまう、というアレである。よくわからぬまま、
『ブラタモリ 仙台 前編』
なんかを観ていたら、4日ぐらいで速度制限、来たーっ

まあ、ちょっと重いサイトとか見なければ、普通に動作
はする。これ、元に戻るには来月一日が来れば自動的
にリセットなのだが、あと半月もあるな・・・

速度制限なし、という会社もあるのに、なんでわざわざ
こんな不便なのにしたか、というと
(いや、予想以上に不便なんでびっくりしたんだが 笑)

やっぱり、あんまり自由に動画なんか見れると、
奥羽越現像は、ネット廃人まっしぐら であるゆえである。

とにかく、わたしは誘惑に弱い。意志が弱い。
わたしが酒に弱いのは、本当に神の助けかと思う。
酒に強かったら、水代わりに飲んで、今頃死んでた
だろうな・・・。

小説を書き続けられるのも、しめきりがあるからだ。
って、前にも書いたなそれは。

酒に弱いのは、地元庄内の町でも珍しがられた。
高知土佐と同様、クレイジーな酒飲みばかりの土地だ。
うちの家系は、男が酒弱いので知られている?が、
その中でも、わたしは突然変異的に弱いそうだ。
(といっても、一滴も飲めない ってほどじゃないが)

他にも、新しい事を始めたり、東京とか北海道とか、
やたらと移住したがったり けっこううちの家系は周囲
から浮いていると言われてきた。地元の名士的な、
優秀な人物をたびたび輩出するが、逆にわたしの
ような妙なできそこないも出てくるという極端な家柄。
(周りに誰もやってる人いない田舎で、Fiddle弾きたい
 とか13歳で思わないでしょう、普通)

これは、やはり広島の血かな と思う事がある。
四百年ぐらいむかし、福島正則の家臣だったという
うちのご先祖・藤原なにがしは、家康のはかりごとにて
主君広島を追われるを機に、流浪の末 庄内の漁村に
辿り着いた。そこで意外な商才を発揮してしまい、
地元の一大豪商に成り上がってしまったとさ。
(うちはその分家筋である 全然リッチではない。)

『マッサン』のモデル 竹鶴政孝氏は広島の人
彼の生き様を見ていて、なるほどなーと思っていた。
(いうまでもなく彼は酒つよいですけど)
ブラジルなどへの移民も広島県人が突出して多かった
とにかく、よその土地に行きたがるのが広島の血なのか

そんな訳で、ルーツを求めて、広島へ旅した事も何度か
あるが、アナザスカイと言えるほど愛着が沸いた訳では
ない。広島の血を感じる事はあるけれど、もはや
あいでんててー はほぼ完全に東北にあり なのだ。

そういえば、安倍晋三氏のご先祖に、かの平泉藤原氏
の母体である、奥州安倍氏がいるという。
古代東北へ侵略の手を伸ばした源頼義と戦い、敗れた
安倍貞任。その弟の宗任は命を助けられ、西日本へ
流罪となった・・・その末裔だというのだ。

これは考えてみると、大変な事だ。
なにしろ、古代東北の王者とも言える家系の末裔だと
いうのだから・・・東北人が彼を呼び寄せて、あらためて
東北の指導者に(!)という声が上がってもおかしくない
はずだった。

ところが、当の本人は、さらさら東北への帰属意識なん
かないようだ。東北を訪れた時に、リップサービス的に
「実はご先祖が・・」とか言ったは言ったようなのだが

考えてみると、四百年前の故地・広島にわたしが帰属
できないのに、安倍氏の場合 倍以上の千年近く前だ
爆 そりゃ東北に愛着もていうほうが無理だろ・・・

実際の彼は東北を踏みにじって明治の時代を拵えた、
長州の人。近代日本を牽引してきた土地と血族の自負
にガチガチに固められている。

おそらく、彼もリーダーになるべく・・というか、させられて
しまうような己のその資質に、「奥州王の血」を感じては
いるだろう。しかしそのあいでんててーは、もはや全く
奥羽東北にはない。

・・・だから、なに って話ですが

民族は、遺伝子ではなく、土が作るのだな と
つくづく思うのであった。





  


Posted by げん at 22:29Comments(0)えみし普通の日記

2015年10月15日

冬に向けて


前項の、シネマライズ閉館の事もあって
当時ともに勤めていたアルバイト仲間たちと
あらためて集まり、かの劇場へ行ってみよう
という事になった。
(まあ、しかし彼らとはもともと交友が続いて
 いるのだが 出会ってから20年ぐらいたっ
 ている!いい職場だったという事だろう)
年明けになりそうだ、今回の東京行きは。

仙台では、どうも「ひとり芝居」をやる事になって
しまったような・・ハメになってしまったような。
あの、イッセー尾形さんみたいな?感じでしょうか
・・・この、奥羽越現像 十数年ぶり?数十年ぶり?
に役者をやってみます。会場は、いつもの行きつけ
の喫茶店で・・・みたいな。
いや、正直とうとつな話なので何とも詳細は綴り難い。
ただ、こうして書いておくでもしないと、忘れてしまい
そうだから(ぉぃぉぃ)そのくらい、とうとつだから。
日程は、うーん 今年中には たぶん
(いいかげんだなー)

  


Posted by げん at 23:22Comments(0)えみし普通の日記

2015年10月11日

シネマライズ 閉館 その3


秋の大掃除を始めました・・
水が冷たくならないうちにね。
さておき

そう、90年代の自主制作映画野郎たちにとって、
「フィルムで撮るか?ビデオで撮るか?」
は結構、葛藤するところだった。特に95年までは、
8ミリフィルム映画の機材はまだ豊富に中古店に
出回っていて、富士フィルムはがんばってフィルム
を生産し続けてくれていた。当時のビデオ媒体である
8ミリビデオ、Hi8の編集技術・画質では、とても映画
を作っている、というレベルの満足感は得られず、
ましてや世界の映画製作自体、フィルムで行われて
いたのだから、その葛藤は当然のものであった。

ところが、わたしがシネマライズに勤め始めた頃、
かの革新的な「デジタルビデオカメラ」が発売された。
パソコンで編集でき劣化しない圧倒的な高画質。
瞬く間に自主制作の現場からフィルムは淘汰されて
いったが、この時は、よもやハリウッドの映画製作の
現場までがフィルムを廃棄しデジタルビデオへ乗り
換える事になろうとは、想像すらできなかった
(というか、したくなかった)

ハリウッドまでがビデオで映画を撮り始めた事が
何を意味するかというと、つまり世界中の映画館
から、フィルムの映写機が撤去される という事
である。
映画2時間分のフィルムというのは、大の男が息を
切らせて階段昇るくらい、けっこう重いもの。
これの運送費用も相当のものだし、映写機は常に
動かしていないとダメになってしまう精密機械である。
結局、全てにおいて費用のかかるフィルム機材を
廃し、ディスクを入れるだけのデッキと投影機だけ
に置き換える、という作業が、世界中大小全ての
劇場に課せられる事になった。

一見、これなら映画産業・興行としては問題なく、
維持していけそうに思えるが、問題はそうした
設備面の移行作業が、劇場側の負担で行われた
事である。もちろんシネコンのような大資本の所なら
いいだろうが、ミニシアターなど、決して潤っている所
ばかりでないのに、莫大な出費を強いられた。

そしてシネマライズも例に洩れず、わたしもさんざん
動かした映写機を撤去して完全デジタル化を完了。
ところが、そうした結果が、わずか数年後の、閉館
である。

先年のカンヌ国際映画祭で、フィルム上映された映画
は、何と特別上映されたQ・タランティーノ監督の
『パルプフィクション』のみだった。監督は壇上で言った。

「我々は敗北した。映画は死んだも同然だ。」と。
http://news.livedoor.com/article/detail/8869895/

一般の人の多くは、いまひとつ実感できないかも知れ
ないが、例えば20世紀初頭から連綿と作り続けられ
遺されてきたフィルム作品のほぼ全てが、本来の
フィルムでは観られない という事実を考えてもらえれ
ば、その重大さが少しわかっていただけるのではないか
と思う。絵画でいえば、世界の名画のオリジナルが全て
焼失して、画集やネット上でしか見れない、という状況
と同じである。つまり、人類の遺産の喪失 という事だ。

ともあれ、映画は続いていくだろう。
けれども、シネマライズ閉館に対し寄せられた声の中に

「観せる側にも観る側にも、かつての熱気が感じられない」

とあって、映画のひとつの時代の終焉を認めると同時に、
先立って映画を捨て文学に走ったような自分を振り返っ
たりもするのだった。



・・やっぱり、ブログ書くって いいもんだな。







  


2015年10月11日

シネマライズ 閉館 その2


アタマを冷やそう

とにかく、シネマライズの存在感は、相当のものだった。

しかし、今回閉館にあたって、寄せられた声というのは
ほとんど例外なく
「むかしよく観に行ったな~」
というもの。そう、つまり最近は観に行ってないのだ。
偉大なミニシアターが、過去の栄光になっていた。
なぜ、そんな事になったのだろう。

と、かく言うわたし自身、この頃とは比べ物にならない
くらい、映画を観なくなった。
まあこれは、自ら選んだ貧乏への道とも関連していて、
そもそも、うちにはTVが随分前からない(笑)ので、
DVDで映画鑑賞もできないのだ。
おまけに、仙台の街というのは、盛岡とも違って劇場公開
中の映画の看板などもほとんど見かけないので、現在
かかっている作品が何なのか、心に留める事も難しい。

しかし個人的に、映画から遠ざかったのには更なる理由
があった。シネマライズで映写の仕事をやるかたわら、
休日にはいわゆる自主制作映画を手がけていたが
(映画館の社員から『腰かけで勤務するつもりならば
 やめてほしい』と言われたにもかかわらず・・)
やがて無意識的に、映画そのものに失望していたのか、
仕事も映画作りも辞めて、長い旅生活を始めてしまった。
いま考えると、映画の中に擬似人生を求めるよりも、
自分の人生を生きたい、と思っていたのだと思う。
つまり自分は映画好きだと言っていながら、
その映画に自由を奪われて息をつまらせていたのだ。

まー脱線

自分の事はさておき、映画業界そのものもかつてない
革命的な(そして致命的な?)変化が訪れていた。

ひとつは、わたしの退職前に既に始まっていた、
シネコン―シネマコンプレックスの普及である。
これは、ただの大きな映画館ではない。
今まで、シネマライズのような「単館上映」でしか
観られなかった作品が、ほとんどこのシネコンで
回せるようになった。ミニシアターブームというのは、
つまりハリウッド大作などに対して、個人や小企業が
作った低予算映画に、「この劇場でしか観られない」
という付加価値をつける 更にはその劇場の個性と
セットとして作品を際立たせる効果も持たせる という
映画芸術への高い意識の賜物であった。
しかしシネコンでの一括上映は、大作も小作も全て
よく言えば差別なく、悪く言えば画一的に人々の前
を通過させてゆく(これがホントのロードショー?)
事になった。

もうひとつが、フィルムからデジタルへの完全移行である。

が、くたびれたので、ここで切ろう。つづくーっ





  


2015年10月11日

シネマライズ 閉館 その1


一体、なにが 真髄 だったのか・・・

それはさておき

今日、仙台パルコ付近を久々歩いていたら、
横浜に住む、むかしの映写技師仲間(♀)から
メールが来て、
「ライズが閉まる」
と知らされた。
奇しくも、シネマライズとは、渋谷の有名な
パルコ1号店のすぐそばにある映画館。
これも知らなかったが、この偉大なる始まりの
パルコも、取り壊されリニューアルされるという。
その煽り?もあっての、劇場閉館という事らしい
渋谷の街はいま、激動の時を迎えているのだ。

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1510/10/news023.html

1996年 若き日の奥羽越現像、何とか映画
業界に潜り込みたいと奮闘するも叶わず、ならば
せめて映画機械に触れる仕事を、と東京中の
映画館に電話をかけまくり
「映写技師の仕事ありませんか!?」
と掛け合って、ただひとつ拾ってくれたのが、
このシネマライズだった。

シネマライズはもともと、地下にミニシアター、
2Fに大手作品用の大劇場の2館体制だった
が、一時、メジャー館は閉めていたのを、
2Fもミニシアター(でかいけど)として開放し
ようとしていた。なので、ちょうど映写技師を
増やそうというタイミングだったのだ。

しかし、ファッションのふぁの字も知らない、
ど級田舎者のわたしにしては、かなり大それた、
不釣合いな職場だったと言えるかも知れない。
日本における映画史上、非常に重要な時期と
いえる、「ミニシアターの時代」を起こし、作り上
げた偉大なる映画館のひとつ それがこの
シネマライズだった。
特に、過激な愛のかたちとか、ドラッグとか、
犯罪、絵画とか音楽とか、戦争、民族・・・
とにかく予定調和を常にひっくりかえそうという
その姿勢が、選び抜かれた作品群に表れていた。
「渋谷から発信する映画で社会を変える!」
ぐらいの、挑戦的な勢いがあった。


・・・くたびれた 爆   つづく



  


2015年10月10日

そろそろ真髄?を語ろう


小説・・というか、「長編むかしばなし」を書き始めて、
2年が過ぎている 事に さっき気づいた。

毎月、5000文字近く書いているのだが、いまだ
終わらない 笑 いや、この程度ではまだ一冊の
本にもならないのかも知れない。

実に不毛な話なのだが、誰かから褒められたりも
けなされたりもせず(つまり全く反応もなく)
というか、世界の誰かから果たして読んでもらえて
るのかすらわからない状態であり(爆)ゆえに、
これだけ書いていても自信にもならないし、さりとて
無闇に落ち込む事もないという・・・

何はともあれ、ひたすら書き続けるだけなのだ。
しかし、それこそがいまのわたしが望んでいる事。
つまり、なんやかやで、書く事が中断する事こそ
わたしが最も怖れている事なのだから・・

何が何でも、最後まで書き続ける事
これが、若い頃の自分がどうしてもできなかった事

今回も、「書きたくて自然に筆が進んでしまう」とか
いうよりは、ただ、しめきりが毎月あるから、何とか
書けているのである(爆)いや、これが真実だ。
自分が書かないと、誰かほかの人が困る。
これぞ最強のモチベーションなのだ。

小説 ではなく なぜ「長編むかしばなし」なのか。

いや、このへんでやめておこう(なんだよ)

また、むかしばなし に戻りたくなった。
まあ 結局、書きたいのだ。


  


Posted by げん at 00:59Comments(2)えみし普通の日記

2015年10月09日

聴きすぎな曲


久々に書いた内容が、愚痴とは・・情けない。

お口直しに、最近わたしが聴きすぎな曲を何曲か、
紹介しましょう。

わたしはアイルランド音楽の演奏など、趣味に
しているのですが、普段聴いている音楽は
全くそれとかけ離れたものが多いです。
(音楽仲間たちは何と思うことか・・・)

まずはこれ。

https://youtu.be/StZcUAPRRac

ドイツの、メタルバンド ラムシュタインである。
10年以上前、映画『マトリックス』のイメージアルバム
か何かに、彼らの曲が一曲採用されたのを聴いて
以来の、ファンである。

他にも、キーラ・ナイトレイ出世作である女賞金稼ぎの
映画『ドミノ』などにも取り上げられたり、モノモノしい
雰囲気の映画にぴったりなバンドなのだ。

ちなみに、わたしは他のメタルバンドというのは、全く
聴いた事がない(爆)とにかく、このユニークなリズム、
このまがまがしい歌声に心を揺さぶられるのである。

この曲のタイトル『SONNE』は「太陽」の意味。
歌詞は、「見よ、太陽のお出ましだ
      この太陽が沈む事はない
      世界は大声でカウントを始める」
・・みたいな感じで、なんでも とあるプロレスラーの
登場の際に流れたみたい 笑

つぎに、これか

https://youtu.be/jkytV1w5IeI

ノルウェーの歌手 スザンヌ・サンドフォーの一曲。
これも映画からなのだが、トム・クルーズ主演のSF
映画『オブリビオン(忘却)』のEDを聴いて魅了され
た。なんというか、むかし作られた近未来SFの、
なつかしい響きがあるのだな。

さいごは、日本もので

https://youtu.be/oZrRN_uIGrs

「禁断の多数決」という変わったバンド?名
ある夜、ラジオで彼らの曲「トゥナイトトゥナイト」
を初めて聴いて、これ、なんかいい!!と思って
しまった。こちらの曲も好きだな・・・
一見、淡々とした女の子の歌声で今風なのだが、
聴いていて なぜかジーンとくるものがある。
禁断の多数決 は無名のまま自作のPVを動画
に載せて、徐々に話題になったらしい。彼らの
詳細は、いまだ謎に包まれているとかいないとか
・・・そういうの、かっこいいな と思う。


  


Posted by げん at 01:20Comments(0)えみし気になる世界

2015年10月08日

書かなすぎな秋


もうね こんなタイトルしか思いつかんがですよ。

Facebookにも、このブログにも なんも書く気起きなくて

いや、何も日常的に起きてないという事ではないんだが

わざわざひとさまに読ませるようなものではないというか

9月はジャズフェス セッションで曲出し大失敗やらかしましたし

続いて遠野まつりはわたしの来遠20周年で なんというか

すごい出会いもあったし と思いきやBarmsセッションでは

「その曲、最初にやったのはオレだ」みたいな不遜な事を

言い出し自己嫌悪に陥るし かと思えば昨日一昨日は

歯に激痛が走って久々に保険証使ったし

まーそんなこんなしかありません。

リア充?なにそれ な生活ぶりです。

しかし先日、一時間で1200文字書くという仕事を請けたが

結局書けず 爆 これではさすがにいかんと思い

小説(というか長編昔話)以外にも文章はどんどん書かんと

と、あらためて思ってしまった次第です。

(ウソです 本当は小説だけ書いていたいのです)


  


Posted by げん at 03:12Comments(0)えみし普通の日記