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プロフィール
げん
げん
山形県鶴岡市生まれ。
札幌、東京と移り住み、放浪の旅をへて
東北回帰~ 奥羽越(えみしの国)を拠点
に危なっかしくも面白く生きます。

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Posted by んだ!ブログ運営事務局 at

2016年02月28日

写真のない東京紀行2016(なのか?)最終回




あれっ 写真がある 笑
以前、自分の小説につけた自筆の挿し絵
昭和三年の、仙台 芭蕉の辻の姿ですな・・・

ってなんでこの図を出したのか

延び延びになっていた1月東京行きの音楽紀行の話
・・・なのだが、
正直、あえて書く事はない!!きっぱり
東京の、音楽紀行は毎度の事ながら素晴らしすぎて
書くまでもないのだ
(ただめんどくさくなっただけだろ!とつっこむな)

ただ、わたしと音楽と、そして東京との関連について、
随想のようなものはあるので それは書こうと思う。

非常によく聞くはなしだが、東京・首都圏に住み続ける理由
として、「刺激」があげられる。
はっきりいって、居酒屋の数とか、夜の絢爛さなど考えれば、
仙台でも盛岡でもけっこうな刺激はあると思う。
問題の刺激は、音楽とか、演劇とか、そういう関連だ。

コンサート、ライヴ、芝居、バレエ、オペラ、などなど
東京でなければ日常的にこの世界最高レベルの文化芸術
の恩恵を受ける事はできない!という もはや不文律とも
いうべき既成事実に、昔も今も東京一極集中は止まらない・・

と思いがちだが、実はむかしは違っていたかも知れないのだ。
太宰治の作品で、明治期の仙台の街を描いた『惜別』という
のがあるのだが、これを読むと、当時は東京で上演された
芸能のかなりの割合が、仙台まで巡業に来た様子が伺える。
昭和初期の東京に生きていた太宰がどこまで正確に、明治期
の仙台を取材できたかはわからないし、芸能の内容も規模も、
もちろん現代と同じではないのだから単純比較はできないが、
もしかすると人の循環、文化の循環というものは、むかしの方が
アクティブであり、今の方が閉鎖的になっているのでは?と
疑わせる糸口のようでもある。
(よく中央の文化や流行が仙台を跳び越して札幌に行ってしまう
 と聞くが、まだ明治期はそういう傾向はなかったかも知れない)

まことに恥ずかしいのだが、、20代前半の頃のわたしの心を東京
へつなぎとめていた一因が、他ならぬ音楽のライヴであり、
なんと40代半ばの、いま現在のわたしを東京へ引き寄せるのが、
こんどは音楽の「セッション」である。
20代前半、わたしにはかなり熱狂的に「ファン」であった音楽家
が2つあって、頻繁にライヴなどを催しながら、両者至極マイナー
で、地方公演は殆どなかったと思う。
30代に入ると、そういう存在も、執着心のようなものもなくなり、
元来 芝居もバレエもオペラもあまり観ず、必要を感じなかった
わたしにとって、そういう意味でも東京に居続ける必然性は薄れ
ていったのである(まあ他にもいろいろあるのだけど)

ところが、東京を離れた途端、今度はむかしから憧れていた
アイルランド音楽のセッションというものが盛んになってきている
という事実を仙台で知り、その最も繁華なのが東京である、という
事になってまたしてもわたしは東京へ目を向けざるを得なくなった
(苦笑)という訳である。ああ腹立たしい

おそらく自他ともに、わたしの音楽との接し方は中途半端である
と評価せざるを得ないのだが、それでも、かくも自分にとって音楽
とは重要なものであるのかと、驚かされる事実ではある。

しかし、これからわたしはどこへ行くのだろう?
仙台移住10年目 そろそろまたわたしは生活を一変させたいと
いう欲求を強くしている。
そこではわたしにとっての音楽は一体どうなっていくのか・・

とりあえず、最近は中島みゆきの昔の歌が好きだ 爆
https://www.youtube.com/watch?v=jaEfFaNJ2_E&index=4&list=PL7E90068B71F49120
「おいらの住んでたところ」とあるけど、タイトルは『夜風の中から』
中島さんは70年代から知られていたけれど、80年代はじめまでは
札幌に住んでいたらしい。
その時代の曲には特に北の香りがあるかな。



  


Posted by げん at 14:12Comments(0)えみし旅を想う

2016年02月21日

閑話休題がとまらない 笑 まだまだコミック


一体なんの閑話休題だっけ?ってほど、本題が遠のいた感が
ありますが・・・ちょっとこのマンガについて



実のところ、それほどオススメの作品という訳でもなく(爆)
正直、いま読んでる数作品の中では、総合点数は低い方だ・・
にもかかわらず、けっこう好きでずっと買って読んでいる(矛盾)

これは2巻目なのだが、この表紙を見て、古くからのSFマンガ
ファンならどっかで見た事あるぞ?とでじゃぶゅーではなかろうか

そう、士郎正宗の、いまや古典的名作『攻殻機動隊』1巻目の
表紙だ!!なんか、そっくりだ!



さて、この士郎正宗、当時大活躍中だった大友克洋の影響も
受けながら、個性的で見事な絵を描いていた。

大友克洋といえば『AKIRA』ですね。
その自らのマンガをアニメ映画化した作品は、
宮崎駿の作品をさしおいて、アフリカの子供たちにも
大人気だったというような記憶がある。

また、大友克洋といえば、ここ宮城県の登米出身。
その代表作『AKIRA』と、自らが影響を与えた士郎正宗の
マンガを元に押井守がやはりアニメ映画化した『攻殻機動隊』は
世界に名だたる「ジャパニメーション」の2大傑作となって、
押しも押されぬ地元の誇る世界のオオトモなのだが、

まて、地元の誇る といえば、すでに先人がいたではないか

そう、石ノ森章太郎である!さすがにここまでくると敬称略が
憚られるが・・・大先生!!以下、敬称略にて!
(友人・さるさんが『萬画館』で買ってきてくれた仮面ライダー
 耳掻き、愛用させていただいとります!!爆)

なんとこの方も登米出身で、大友と同様、映画製作を目指し
ながらも、漫画家になったという。不思議な一致だ・・
高校時代から、中央の漫画界では「宮城に天才がいる」と
評判だったらしいが、漫画の天才は1人ならず、後代に
もう1人いたのだ・・・おそるべし登米。
石ノ森といえば、やはり『サイボーグ009』

https://youtu.be/W4CjzMjcM8U

近年もまた新たにアニメ化されて先進的にカッコよくなり、
あらためて時代を感じさせないアイディアに驚かされる。
改造人間のアイディア以上に、世界中の人種・民族から
9人の仲間を集める、という発想がすごいと思うのだ・・
(まあ、チャンチャンコとか、ジェロニモジュニアとか、
 グレートブリテンとか、名前はふざけてたけど・・笑)
007なんか、身体の細胞組織を組み替える事であらゆる
ものに変身・・って、どんな改造だ(爆)しかし、こいつは
こいつだけ単体で映画が作れそうなくらい面白いな~

はなしが横道にそれっぱなしだが

本題に戻って、最初に載せた写真の『エクスアーム』は
いわゆる「ふれこみ」が
「『AKIRA』『攻殻機動隊』に続く世界的SFの旗手に!」
という感じなのだが・・・
確かに連載中の『グランドジャンプ』での存在感というか
インパクトは毎回相当なものがあり、画力は素晴らしい。

しかし!!なにかが足りないのだ。
現在も、漫画界ではさまざまな形や絵柄のSFものは
あると思うが、その中でも絵柄にクセがなく、いい意味で
万人受けする、愛される美しさ、カッコよさを備えていると
いえる気がする。

話は「クライムアクション」近未来に多発する謎の超科学
(オーバー・テクノロジー)を悪用した未曾有の凶悪犯罪。
それに立ち向かうおてんば警官とアンドロイド警官のコンビ、
更に加わるはその超科学によって脳だけの姿にされた少年・・
この3人を中心に大都市で展開する、すりりんぐなるばとる!
といった具合。

いまどき、同じような感じのSFものはなかなかないので、
それだけでも貴重な作品といえそうなのだが、なんとなく、
はなし的に、B級を脱し切れてない気がするのである。

実は先述した筋の中の、おてんば警官とアンドロイド警官
というのは、今回絵を担当している古味慎也のかつての
オリジナル作品『エクスヴィータ』の主役コンビだった。
こちらは週刊ヤングジャンプ連載で、より若者向けの軽妙な
雰囲気の作品だったが、今回の新作では別に原作者を
伴いながら、自らのオリジナルキャラを続投?するという、
複雑怪奇な事をやっている訳である。

舞台は「前作」の2050年から、2030年に前倒しされて
いるので、主役の2人も全く同一のものではなく、いわば
「パラレルワールド」と説明されているのだが、それなら
もっと大胆な変更を、この主役の設定にも与えるべきで
あった、と思う。

単行本の表紙だけでなく、雑誌の表紙もたびたび飾るのが
アンドロイド(女性型なのでガイノイドというのか)警官の
アルマなのだが、このキャラクター 非常にミステリアスな
ムードを醸しだしていて、強く惹きつけられる。
明らかに人間ではないのは確かだが、何か「闇の部分」と
いうか、「悪女」的なものも感じるのだ・・しかしフタを開けて
みると、極めて優等生的で素直なアンドロイドなのである。
コンビを組むおてんばのミナミも、正義感が強いおっちょこちょい
で愛すべきキャラだが、家族の話なんかも一切出てこなくて
いまひとつ強烈さも、深みも欠ける感じなのである。
アルマは、脳だけの姿になった少年と「接続」されて、いわば
ボディを共有する関係となるが、これも両者いい奴すぎて、
屈折がなさすぎる(笑)なんなのか、このモヤモヤ感は・・・

『AKIRA』『攻殻機動隊』に続く・・・と書いたが、実のところは、
なんといっても『AKIRA』が強烈すぎたのである。
大友の、都市を緻密に描きこむ情熱、その空前の破壊と破滅、
荒廃までをも描ききろうとする異様なまでの欲望・・そして
2人の不良少年を通して爆発させた暴力的な、屈折した感情。
すべてが内向的で、得体の知れないエネルギーの所産だった。
(大友の田舎育ちからくる都市への憧れや憎悪の表れでもあ
 ったのかな?などと同じ田舎育ちのわたしなどは思う)

なんというか、『エクスアーム』では超科学とか超能力とかが
今のところ犯罪者側にあるので、まだその狂気というか、
内向的エネルギーのようなものが、作者のものとして伝わって
こない・・気がするのだなあ。
『AKIRA』では、その狂気そのものが、主人公だったのだ。
まだ『エクスアーム』の作者は、「安全圏」にいる。
『AKIRA』その他、過去の名作のオマージュ的なものを描いて
いるに過ぎなくて、自分なりのアナーキーな欲望に踏み込めて
いないのではないか。
やはりここにも、「破壊された東京」は部分的に描かれるが、
舞台は整然とした東京である。一体、作者にとって大都市とは
何なのだろうか?という事まで考える。

ともあれ、やっぱり毎回、気になって読んでしまうという・・笑
とにかくも、迫力のある作品なので、グランドジャンプを見かける
事あれば、ちょいと覗いてみてはいかがだろうか(はずかしいか)
なんだかんだいって、オススメしていたりして・・でもススメない!

実際、書店のコミック棚に新刊の時もあんまり平積みされてなくて
ネット上の評判や書き込みもいまひとつ盛り上がらず、地味である。
なんか一皮剥けて飛びぬけてほしいなあ!と思う今日この頃・・
なのであった。(自分のもちゃんと書けよ、と)


  


Posted by げん at 04:58Comments(0)えみし気になる世界

2016年02月14日

閑話休題 SW語らせてください その2


いわゆるネタばれ はあまりないかと思いますが・・・
なんの予備知識もくれるな!という方は、さすがに
まだ読んでくだされるな・・・なのかな。

誰かが書いていたが、SW新作の物語の展開が、
『ラピュタ』であると。
外の世界に飛び出す事も叶わず、前に進む術ももたない
少年のもとに、天から少女が降りてきて(落ちてきて)
運命が一変する。今回は、少年と少女が逆になっただけ、
という事だ。



スターウォーズの物語というのは、基本的に同じ事を
意図的に繰り返している、といえる。
そもそもの語り始めが、ルーク・スカイウォーカーの視点・
立場から展開する『宝島』的な、少年冒険譚であった。
のちに、彼の父の少年期を描くという段になって、
やはり同じように砂漠の惑星から飛び出す冒険譚の形
をとってはいるが、視点は少年というよりも、彼をとりまく
ジェダイ騎士という名の「オトナ」の方に置かれていた。

今回の新作の、語り口のある意味すがすがしさは、
語りの視点・立場が再び主人公の少年・少女に戻って
いるところにあると思う。
とにかく、徹底的に主人公目線であり、前シリーズの
ような、誰が主人公かわからない世界俯瞰的な展開
は避けられている。
少女が少年?に出会い、独りだとできなかった旅立ちを
成し遂げていく、というシンプルな構成と、脚本の主人公
に対する「集中力」が作品に潔い印象を与えていた、と
いえる。

脚本の構成上、脚本家の本懐なのか、ディズニーという
スターウォーズにとっての新しい拠点が意図的に・・という
か、「路線」として導いている結果なのか、というのが今回
よく言われる点ではある。

例えば、主人公のひとりである少女を肉体的・精神的に
強い、いわば男の保護を必要としない自立した存在として
描く事、そして白人だけでなく、黒人も対等に主人公として
活躍させる事がいかにもディズニー的で、人によっては
(日本人でさえも)違和感を感じる、という意見があるようだ。
個人的には、2点とも好印象をもったところなのだが・・・
『ナウシカ』など宮崎駿作品が、ハリウッドにも影響を与えた
結果なのかな?などと思う事もある。
(宮崎駿の昔からのスターウォーズ批判は有名で、
『ナウシカ』はその答だと言われているが、いまや現実に
スターウォーズを動かしてしまっている、という事か・・・)

もし作り手が、女性差別や人種差別の意識を持ちながら、
キレイ事でやっているとしたら、脚本や作品全体に、無理が
出ているはずなのだが、そういう点は認められない。
「製作者側の社会への配慮」をマイナスとして捉える傾向は
常にあるけれども、ここは素直に製作者の意志として尊重し
歓迎したいところである。

わたしが問題にしたいのは、脚本そのものの甘さである。
たとえば最初に作られたいわゆる「エピソード4」の場合、
主人公のもとに物語の展開上重要なロボットとの出会いが
訪れるくだりは、様々な状況を考えても必然性があった。

レイア姫がジェダイ騎士の生き残りであるオビ・ワンに助け
を求めてロボットを送り込んだ惑星には、オビ・ワンが成長を
見守り続ける主人公も住んでいる訳だが、ロボットは砂漠で
ロボット売買業者に捕まって、廻りまわって主人公の家を
通り、買われる事になる。
まあ、砂漠の惑星上という広大なエリアの中で、オビ・ワン
たちのいそうな辺りを特定する事自体無理はあるが
(そんな事を言い出すとこの作品世界全体にケチをつける
 事になりキリがないのだが・・・)
こうして見れば、しかるべき場所にしかるべき人物がいて、
出会いが偶然ではなく必然的に起こっていた事が確認でき
るだろう。

今回の新作では、そういった必然性がほとんどなくて、
全くご都合主義の極致としかいいようがない。
少年(というか若者ね)はただアテもなく砂漠の惑星の一地点
に降り立って、アテもなく歩いていった結果、偶然に重要な
ロボットと出会っていた少女のいる街に辿り着いて、出くわす。
しかも、その街にはかの伝説的なミレニアム・ファルコン号が
なぜかあるのだ・・・すべてが偶然に頼りすぎてきて、まるで
神様がことごとく導いてなさるんですよとでも言わんばかりだ。

脚本担当はまったく凡才ではなく、『帝国の逆襲』『ジェダイの
帰還』も手がけたローレンス・カスダンである。旧作をリアルタ
イムで知る人間にとっては、これも久々な人選で感動もので
あり、やはり面白いところは面白いのだが、まずこの出だしは
もう少しなんとかならなかったかと思う。

とはいえ、今回は長年のファンを感激させた箇所も非常に多く
全体的に好印象の残った一作であった。
個人的によかったところ
@帝国軍の巨大戦艦が砂漠に墜落してるところ
 それを主人公が探検してるところ
 (巨神兵の残骸が残る腐海を探検するナウシカでしょ もろ・・)
@帝国軍伝統のタイ戦闘機に乗ってみるところ
 (これがありそうでなかった、憧れのシーン!)
@ファルコン号からの射撃シーン
 (これも第1作以来なかなかなかったシーン やっと再び!)
@チューバッカのしぐさがいちいち魅力的
 「帝国の逆襲」でもそうだが 脚本家がチューイを好きなのかな
@ハン・ソロもだがレイアの女優さん お歳の召し方がとにかく
 素晴らしい ずーっと帝国の逆襲を思い出しながら観てました

あと、やはり肝腎の、「あの人」がああなってしまう展開には・・・
これはネタばれというやつになるので、このへんにしときますが
まあこの段になると、たいていの人は既に観ていると思います
とにかくいくつかの問題と、大いなる期待を残してくれましたね。

仙台駅西口に、10年ぶりぐらいに大きな映画館が、新しく出現
しようとしています(外観はこないだ、みました!)
長町まで出かけるのも悪くはないのだが、やはり100万人都市
たるもの スターウォーズが観られる劇場のひとつは備えてお
いてほしいものです。まったくの、悲願です。





  


Posted by げん at 07:17Comments(0)えみし気になる世界

2016年02月11日

閑話休題 SW語らせてください その1


久々に、小説を買った。
やはり人間、コミックだけではいけない・・・



ハヤカワ文庫SF、いまちょいぶ厚いと、1400円もするのね
しかし、この表題作からして、「つかみ」が実によかった。
とんでもない所に住んでいる、顔そっくりの少年少女が出会うのだが、
とんでもない所だけに、「服をちょうだい」と少女が言うと、
さりげなくどえらい事が始まって、あっさり完了するという・・・
(なんのこっちゃ だが、気になったアナタは是非読んで下さい)
いかにもSF!な感じで、しかも不思議に優雅で詩的である。
これがコミックや映画だと、強烈なビジュアルばかりインパクトに残り
ぜんぜん違う印象になってしまうんだろうな。

ジョン・ヴァーリイ、実は初めて読んだのだけど70~80年代に活躍
した作家で、作品群はもう割りと古い けれども、近年のSFには
天才が書いたか何だか知らんがへんに読みづらいものが多くて
けっこう前のものの方がシンプルなのにかえって新鮮だったりする。

おっと今回の本題は、スターウォーズの新作だった。

先日、なんと2回目を観てきた 笑 前回は上映スケジュールの関係で
日本語吹替版を観た それも大変よかったのだが、自分にとっては
スターウォーズは生まれて初めて「英語を話す人やロボット」を目撃した
体験(1978年 8歳)で、すなわち「英語=宇宙語」だったから 爆
やはりここは原版でも観ておきたかった訳である。

しかし2回目、もうひとつ強く意識した点がある。それは・・・
今回の作品が、デジタルではなく、フィルムで撮影されている事だ。

みんな、意識していただろうか?気がついていただろうか?
前回の、いわゆる「エピソード2」や「3」と、画質や雰囲気が、全く
違っていた事に。そしてむしろ、いわゆる「旧3部作」のそれに
戻っている 回帰している事に。

単に、「舞台になっている場所が旧3部作に近いから」なのだろうか?
確かに、「2」「3」の舞台はほとんど、地球上ではありえないような
海ばかりとか、溶岩ばかりとか、巨大都市ばかりとかの風景で、
ほぼすべてCGか何かで作った映像だったと思う。
それに対して、旧3部作の舞台というのは、地球上にもありそうな
砂漠であったり、氷上であったり、森であったりで、今回の新作も、
むしろこうした現実の風景に少し手を加えたような風景がほとんど
であり、しまいには、あきらかにアイルランド辺りの島だろう!という
風景まで登場するのだった。

 実のところスターウォーズとは、宇宙とは名ばかりで 実は、
地球上のドラマだったといっても過言ではない・・
よくむかしから、「スターウォーズはSFとはいえない」と言われて
いたのだが、それは子供心にも何となく飲み込めていたものだ。

スターウォーズにおける宇宙とはロマンを広げるための味付けで
あり、実際の宇宙を描いたものではない事は、宇宙で爆音がしたり
無重力が存在しなかったり超光速航行で時間経過のギャップが
皆無だったりする事で明らかで、製作者側ももちろんわかってて
やっているのだ。

ルーカスがやりたかったのはむしろ、『指輪物語』のような冒険もの
で、あちらは地球上にいくつもの異世界が描かれるようないわば
「おとぎ話」であった。
ルーカスは新たな異世界を演出するために、彼なりの「おとぎ話」の
舞台装置として、彼なりの宇宙を作り出したのである。
しかしその舞台はすべて結局は地球上にあった。
技術的な制限もあっての事かも知れないが、スターウォーズ旧3部作
は、地球の風景を取り込む事でこの惑星の息吹を作品に反映させ、
結果的に比類なきロマンを構築する事に成功したのではなかったろうか。

ルーカス自身が深く関わり切り開いてきたCG特撮の全盛は、
スターウォーズによりSF的な舞台を創出させる可能性を開いた。
けれども、実際はどうだったのだろう?
今回の新作で、ヒロインが滑り降りていく砂丘の風景や、緑や氷雪に
覆われた森、そして(たぶんアイルランドの)島の光景におおーと感動
したりした事が、前作の、デジタル作品にあっただろうか・・・
デジタルにも、可能だったのなら是非やってほしいところだったが、
結果的にはスターウォーズは地球という惑星を写しこむ事をやめ、
どこかよそよそしく、薄っぺらい印象を残すものになっていった気が
するのだった。

スターウォーズは今後の、残り2作品も、引き続きフィルムで製作する
事が決まっているそうだ。フィルム生産廃業寸前に追い込まれていた
コダックを、スターウォーズが救った事になり、これがフィルムという
人類の文明文化史的遺産を守る事に一役買う事になるかも知れない。

ちなみに、わたしもやっぱり、フィルムを使い続けようと思った。 笑


  


Posted by げん at 10:46Comments(0)えみし気になる世界