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プロフィール
げん
げん
山形県鶴岡市生まれ。
札幌、東京と移り住み、放浪の旅をへて
東北回帰~ 奥羽越(えみしの国)を拠点
に危なっかしくも面白く生きます。

2017年01月22日

東京への複雑な想い・・(まあ雑記です)




実は3月上旬頃、8ヶ月?ぶりぐらいに東京へ出ようと思っている。

東京へ出るのは、いつも大きな楽しみである。

何だかんだ言っても、わたしは東京が大好きだったりする
ただし、東京だからという訳ではなくて、基本的に札幌でも、
盛岡でも、好きな町に出るのはいつも大きな楽しみなのだが。

どの町に行っても、久々に訪れて変わらないところ、変わったところ
それぞれを感じ取るのも自分の喜怒哀楽に刺激を与えるようで、
楽しい・・というかそういう感覚を欲しているように思うのだ。

東京に関していうと、やはりここでの生活は長かったし、20代始め
から30代前半という遅めではあるが割と多感な青春期を過ごした
だけあって、思うところは多い。
単純に、親戚や友人たちは元気か、よく食べていたラーメン屋は
健在か、確認して歩くだけでも充実するが、いまはやはり何と
いってもアイルランド音楽の日本での圧倒的な「本場」として
どうしても注目せざるを得ない場所だ。

仙台に移住して10年、その間に旧い友人たち4人が結婚し、
ラーメン屋といえば第一の行きつけ・高円寺えぞ龍が閉店し、
札幌「純連」の東京支店全店舗が撤退したほか、あの有名な
「恵比寿ラーメン」もいつの間にか無くなっていた。
音楽関連ではわたしの20代前半大ファンだったZABADAKの
吉良知彦氏が50代の若さで亡くなった。
多くの失われたものたちに代わって、新たなものたちが生まれて
きてはいるのだろうが、わたしの感覚ではやはり1990年代の東京
は輝いていたし、失われたものはその最盛期を象徴する存在だった
気がする。

昨年末、話題のアニメ映画である『君の名は』を観る為劇場に足を
運んだ。この作品は今や外のアジア圏でも好評を受け、更に飛躍
しているようなのだが、宮崎駿の次世代を担うという評は正直わたし
にはピンとこなかった。宮崎駿は時代に逆らい、自らの時代を「作った」
ゆえに、今や時代を「先取りした」と言われている訳だ。
しかし、この若い世代の新作は、時代に逆らったものではない。
時代の流れに迎合し、客に媚びたものだ。独自のメッセージに乏しく、
今は評価されても、やがて忘れ去られる怖れがある。

実をいうと、映画を観ている途中で前代未聞?の腹痛に襲われ、
トイレに駆け込んで(いや、這って行った、というのが正しいな・・)
しまって全ては観れなかったのだが、前半だけ観てもわたしには
かなり不愉快な点が目立った。
まず、物語は現実にある東京と、架空の田舎町の2極舞台なの
だが、東京・新宿の男子高校生の暮らしぶりがいかにも華やかで、
楽しそうである。それに対して、架空の田舎町はいかにも都会人
がイメージするようなユートピアで、女子高校生は例に洩れず田舎
に窮屈さを感じ、東京に憧れている。

この先は所謂ネタばれなので注意?なのだが、この女子高生が
なんとも都合よく東京の男子高校生と心が入れ替わるという事が
起こり、ここでJポップ調で話がヘンに盛り上がったりするのだが
このへんの感覚もついていけなかった。
そのあとも、特にわたしとしては興味を引く展開もなく、腹痛がきて
トイレから戻った時には、なんと田舎町は彗星が落ちて滅亡しており、
生き延びた女子高生は東京に移住して、やがて男子高校生と再会?
する、という結末・・・のようであった 苦笑

ようするに、話のベクトルが全て東京に向いている という・・・
東京が無批判に素晴らしい環境であると描写し、田舎の若者は
田舎を嫌い、結果的に望みどおりに田舎は消滅し、東京に出て
いい出会いに恵まれる・・・これは一体、誰のための物語なのか?

いま、地方消滅 という事が盛んに言われている。
遠くない未来、世界中のかなりの割合の人々が、都市に住むよう
になる・・と何かのCMでも言っていたが、これはわたし自身、都会
指向なので感覚はわかる。しかし日本の場合特に首都一極集中
の傾向が強く、明治、戦後を通じて顕著だったものが人口減少時代
を迎えて拍車がかかってくる、という。

北海道なら札幌、東北なら仙台、地方各々の中核都市に集まるの
ならば、小さな町村の多くが消滅したとしても地方の記憶は残り、
後の時代に再生できるかもしれない、という希望もある。
しかし、それらを越えて大半が中央の最上層を求めて東京圏に
集中していくならば、そこで地方の記憶も消滅してしまう。

今の時点でも、東京圏はかつての、地方から出てきた若者で溢れた
「地方の集合体」では もはや、ないと言われている。
地方から出てきた若者たちは今、親となって地方の記憶は次の世代
に引き継がれず、子供たちは「東京圏出身」の若者となる。
いまや東京の大学に進学する大半は彼ら「地方出身2世・3世」であり
地方から出てくる若者は少数派となりつつあるのだ。
そうなると、かつては地方の集合体として、地方への眼差しを多くの
人が持っていた東京ではもはやなく、外の世界を実感として持たない、
地方への共感のない巨大都市へと変貌してしまう、という事になる。

『君の名は』はそのような未来への不安を映し出し警鐘を鳴らす事なく
むしろ今後のその傾向に乗っかって、地方の若者を「煽る」形にすら
なってしまっている。大ヒットというのも、現に東京に住んでいる人々、
田舎や海外から東京に憧れている人々の心には響いたという事だろう
が、東京に長く住み、疑問を持ち地方都市に移り住んだようなわたしの
ような人間の心には、響かないのだ。
(わたしだけではない。作中の田舎町は岐阜の山間にある設定なのだ
が、映画を観た名古屋に住む人が「なぜ名古屋ではなく東京なのか」と
疑問を投げかけていたのだ・・・)

これから、東京は、地方は、日本は、どういう形になっていくのだろう?

最近、『ふらいんぐうぃっち』の新刊が出た(上の写真)。
弘前出身・在住の漫画家による、弘前が舞台の作品で、1、2巻めは
物語、絵柄ともにぎこちなかったが、巻を重ねるごとに完成度が高まっ
てきた。主人公は首都圏の出身だがほとんど言及する事もなく、逆に
東北が舞台である事をことさらに喧伝する訳でもなく、あくまで自然体
の展開を徹底しているのがすごい。
隣県・秋田からは今や全国的に話題の『地方は活性化するか否か』
が発信されている。北海道を舞台にし、これも今や漫画界1,2を争う
傑作となった『ゴールデンカムイ』は東京で描かれているが、これも
もちろん北海道出身の作者が綿密な地元での取材の上で描き出し
ている。地方の人間が、地方の人間である事を武器にして、今こそ
立ち上がり、戦いを始めているのだ。

ふう・・・(書き疲れた) 
俺も、自分の何か を書き出すしかないのだよ ここ、仙台から。





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