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山形情報ガイド・んだ!ブログ

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プロフィール
げん
げん
山形県鶴岡市生まれ。
札幌、東京と移り住み、放浪の旅をへて
東北回帰~ 奥羽越(えみしの国)を拠点
に危なっかしくも面白く生きます。

2016年10月01日

ブログの、出戻り いたします。


大変長らく、怠慢かましております・・・
奥羽越現像です。
生きております。

やはり写真がシステム上、載せにくいのと
長い文章がどうも億劫になってしまったのとで
どちらかというとFacebookなどに書き込んだり
してたのですが、こちらだって微々たる発信です。

しかし少なくとも、Facebookに載せたのと同じ
写真ぐらいはブログでも同時紹介したいと思うので、
このたび写真野載せるには問題のなかった
「第一のブログ」に帰ってみる事にしました。

http://blogs.yahoo.co.jp/ta1620n

実は2014年に一度、ブログタイトルをいじって
『落葉樹林帯 活動日誌』になっちゃってます。
落葉樹林帯 というのは、むかし筋肉少女帯という
バンドがあって(あっいまも解散はしてないか)
なので、わたしのバンド名も落葉樹林帯 にしました。
(爆 うそです。バンドは組んでません)

このふっるーいブログには、2010年以前の、わたしの
ちょいと若々しい記事が残されております。

しかし、ここ『番外地』にもたまに帰ってくるかもしれません。

てなことで、なにとぞよろしゅう。

  


Posted by げん at 22:39Comments(0)えみし普通の日記

2016年06月09日

Facebookに負けるな 爆




一ヶ月以上、更新してなかったのだが、実はもっぱら、Facebook
に書いていた 爆

内容的には、TRAD♀さんに頂いた茨城の誇り(!)『電気ブラン』
の事だったり、いぶりがっこの事だったり、青葉まつり、仙台の
ラーメン屋、民俗資料館や東北大工学部、いつも行ってる珈琲豆屋
とか、外国人作家が作り出したヘンな日本人の名前とか、実にさまざま。

どうしてこちらのブログでは書かないかというと、まあ何度か試して
いるのでおわかりの方もいるかと思うが、このブログシステム?
デジカメの写真が大きすぎて入らないのだ・・よくわからんのだが。
「第三のブログ」を検討する事もあり得ようかな

あと、ブログだとつい長文になるので、時間の節約のためにも
さらっと書くのが身上の?Facebookに短時間で書いてすとんと
載せる事が多くなった、という感じ。
いつも「いいね!」とか、反応して下さる皆さん、有難うございます

実はここ3年以上書いてきた「小説・・・のようなもの」をそろそろ
まとめはじめているので、あまりネットに時間をかけていられない
(なんて・・ほとんど手をつけてないです。
 こうでも書いて自分を追い込んでいかないとな)

それにしても、Facebookを見ててつくづく思うのは、音楽関係の
友人たちの、音楽に対するひたむきさだ。更新する内容が、ほぼ
全て自分の音楽に関する事 という人が多い・・・
ひるがえって、自分の更新内容を見てみるがいい。
音楽に関する話、ほとんどナシだ。爆
わたしにとって、音楽とは何なのか?欠かせないものであるのは
確かだが、かといって現時点では決して一途に探究する道、とも
言い切れない。まあ、他人と比べても仕方ない
(というか、比べ始めるとよくない気がする)
どこまでも、自分なりにやっていくしかない、というところだ。

で、またマンガのはなしとなりぬ 笑
しばらく、愛読コミック新刊の流れがないので、兼ねてから気に
なっていたものをたまにチョイスしてみる。
今回は、『くーねるまるた⑧』
①~⑦は実は部分的に読んでいるだけで、いきなり8巻目購入。
理由は明白で、表紙が岩手・盛岡だからである 爆
これは、確か昨年 盛岡のさわや書店で発見した。もちろん手が
伸びたのだが、やはりいきなり8巻目だったので、保留としたのだった。

内容としては、本来は岩手とは関係なくて、ポルトガル出身の
女性主人公マルタさんが、東京の大学院で都市工学を修めたの
だが、日本があまりに気に入ってしまったので滞在を大幅に延長
して、貧乏しながらも楽しく過ごす、というもの。今回の8巻目は、
そんな日本滞在中の、はじめての地方遠征の回だという。
なんと・・・7巻までずっと東京こもりきり、ですか・・・・・

作品のウリは、どうやら貧乏なために様々な工夫をして自炊する、
という「グルメマンガ」?的内容と、料理や食材、酒を口にした時の
主人公の「かわいい顔」らしい 笑 
なんでポルトガル?と思ったのだが、まあ外国人キャラクターを
設定しようとした場合、すてれおタイプ的取り捨て選択として、
@味覚おんち、という点でアメリカ人、英国人はナシ(いいのか)
@暗い性格、では周囲を巻き込む勢いがつかないので、北欧は
 ナシ(ごめん)
 あとグルメでもプライドの高いフランスは却下(申し訳ねえ)
残るはスペイン系、イタリア系だが・・ここまで来るとなぜ敢えて
ポルトガルだったのかは謎だ。スペイン、イタリアもある意味ヘタに
イメージがつき過ぎているので、ここは盲点をついてポルトガルに
白羽の矢が立った??

作者として、個人的に思い入れがあるのかも知れないが、特に
読んでいてポルトガルである必然性は感じられなかった 笑 
とはいえ、日本において外国人キャラクターとして主人公に据え
やすいと思われる欧米系の中でも、ポルトガルは一応の意外性を
持っていたかも知れない。なにより、「クウネル」という姓が作品の
性格上、とても大事なものなのは一目瞭然な訳だが、これが
ポルトガルの姓かどうか、という辺りの知識は、わたしにはない。

ただケルト贔屓としては、近年アイルランド、スコットランドもかなり
グルメ化しているみたいよ・・・とささやいても、おきたかったりして。
スペインのバスク人、とかも面白かったかも知れないが、どうも内容
的に深い民族性に踏み込む・・・というような感じでもない。

で、肝腎の盛岡編はどうだったのかと、いいますと
まず言っておかねばならぬのは、表紙の「さんさ踊り」、本編には
ありません 笑 まだ岩手山が雪かぶってる時期に、一泊二日の
旅行券が当たった!という話ですので。岩手にはまた来たい、と
言ってるので、未来の話かな?と期待。

内容としてはまあ、ライトな紀行もの、になってる。盛岡の美味い
ものを食べ、いい人たちに会い、現地の人たちの好意にて、旅は
二泊三日に延長ともなる。じゃじゃ麺の白龍(ぱいろん)、福田パン
など、手堅い名所を出してきて、盛岡人にはきっと嬉しいところ。
個人的には、まだ行った事のない神子田(みこだ)朝市で、ひっつみ
を食べるところ、印象に残った。

しかし、本当にこの盛岡編、一瞬で終わる 笑
こういう、地方遠征の方が絶対面白いはずなのに、一体東京で
7巻分も、何をやっているというのだ?(ぉぃぉぃ
マルタさんの状況としては、とにかく貧乏なのでおいそれと旅行
などにはいけない、というところらしい。アルバイトなどは一応、
しているようなのだが、都市工学の学位を持つという元来エリート
な訳で、なにゆえ敢えて貧乏なのか?は疑問。
時代の空気としてはグルメものとしてももはやバブル的な傾向
は現実的でない、というか反感さえ買う怖れもあるから、共感を
呼ぶという点でも「わざわざ欧米から来て都会で貧乏」という
のは異色というか、新しいのかも知れない。
(かといってラーメン屋にチャーシュー持参するのはどうか・・・
 と思うのだが)

都市工学、というと思い出すのが、越谷オサムの小説『いとみち』
主人公の少女「いと」は青森から東京の大学を目指すが、最終的
に東北大学の都市工学科に魅かれ、第一志望としたのだった。
なのでマルタさん仙台という選択肢もあったと思うのだが 笑
(調べてみたら、東北大にポルトガルの大学との提携はなかった
・・・って なに住んでもらいたがってんだか)

文京区の風呂なしアパートに住み、別部屋の友人からシャワー
を借りているのだが、週一回は銭湯へ通うのを楽しみとする・・
なるほど、確かに銭湯を愛する者としては、東京は離れがたい
かも知れない。調べてみると、東京の銭湯は現在入浴460円。
わたしが上京した1991年時点で290円だったのが、以後なんと
毎年10円ずつ上がって(ウソみたいなホントの話です)
最後に使った2004年には420円になっていた・・・おそらくその後、
なんらかの策がとられたのだろう。住んでいた高円寺でもどんどん
銭湯は廃業していたが、わたしが利用していた数店は、今も
がんばっておられるようである。

とはいえ、毎日入れば1万円以上。貧乏人にはなかなか厳しい
出費だったりするのだ(なにしろ、91年からこのかた、労働賃金
の方はは全く上がっていない・・貧しい人はますます大変な訳だ)
銭湯好き、という時点で仙台や盛岡など北の都市に住む選択
肢はなくなる・・という事か。仙台の人は日帰り温泉とか普通に
するみたいだが、これも貧乏な人がするような事ではなかろう・・
しかし青森市は隠れた温泉都市で、銭湯が多いぞ。まあそもそも、
ポルトガル人はあまり寒い土地を好まないかも知れないが
(だから、なに住んでもらいたがってるんだっての)


  


2016年05月10日

気がつけば、城下町


Facebookにも少し書いたのだが、なにぶんあちらには
あまり長文でだらだら書けないので、こちらに書く 笑

わたしは仙台の北・台原から、南の五橋にあるアイリッシュ
・パブまで自転車か、悪天候なら地下鉄で行く。
この距離、およそ3km半だ。
実は今わたしが書いてる小説(・・のようなもの)も関係
してるのだが、仙台のもともとの城下町というものの、
北端が台原周辺、南端が五橋周辺だったようで、つまり
わたしはたびたび仙台城下町を縦断往復している事になる。

もちろん、パブにてお酒を飲めば、自転車には乗らず
押して歩いて3km半の道のりを帰る事になるが、決して
これは無理な距離ではない。
ちなみに城下町の西の端は大崎八幡宮周辺、東の端は
榴ヶ岡公園周辺で、この歩いて回れるこんぱくとな範囲内に、
10万人の人口を想定して政宗公は街づくりをされた・・・と
言われる。もちろん、のちにこの範囲外に晩年の居城である
若林城と、別個の城下町も作るのだが、台原より北、楽天
球場より東、などは完全に郊外だった。
戦後は北・東・南に拡大して、城下町のこんぱくとさが信じら
れない程に仙台は広大になったが、その上での100万人
都市であって、もとの城下町の範囲内なら、依然数十万人
なのだろう、と思う。

このように、かつての城下町の多くは個人が歩いて回れる
範囲の、こんぱくとなしてぃーだったに違いない。
実のところ、東京でいえば3km半は、上野駅~東京駅間、
新宿駅~渋谷駅間ぐらいの距離にすぎず、いかに東京が
多くの人にとって「歩いて帰りづらい」都市かがわかる。

しかし東京の原型である江戸城下町というのは、北は浅草
や今の文京区あたり、西は四谷あたり、南は港区あたり
までしかなく、新宿、渋谷以西は完全に郊外だった。
江戸は糞尿などの処理サイクルが非常に上手く回っていた
先進都市だったが、このこんぱくとな都市サイズが膨張を
始めると、その均衡が崩壊していったようだ。

それでも昭和初期までは基本的に東京の人々の中で、
江戸城下町の範囲の感覚は生き続けていたように思われる。
例えば東京帝大や明治大学に通う学生らは、本郷や遠くても
おそらく早稲田周辺に住み、歩いても通学できるようにしていた。
今ではほぼ考えられないような事だが、そういえば早稲田大学
などは「都の西北」の歌の通り、郊外に近い立地だったのだ。

ふと気がついた事に、わたしの一族は大半が首都圏に出て
しまっているのだが、ただのひとりも「江戸城下町」の範囲内
には住んだ事がない という驚きの事実?がある。
というのも、みんな東京なら世田谷区、あとは神奈川県で、
川崎や相模大野に住んでいる。完全な東北ルーツなのに、
誰も荒川区や、江東区方面に寄り付かなかった(笑)のだ。
よっぽど、東北と切れたかったのかな 爆 さみしい

わたしの兄は札幌に住んでいて、これはもちろん城下町では
ないし、故郷の山形県鶴岡市は城下町だけれど、一族の誰も
いわゆる城下の範囲には住んだ事がない。

という事は、一族の中でかつての「城下町」に住んだ事のある
人間が、唯一わたしだけ・・・という衝撃の事実が!!爆
いや、台原というのは城下なのか?郊外のはじまりではない
のか?いやギリギリ城下ではないのか?(どうでもいい)

まあともかくも、偉大な武将が様々な趣向を凝らして作り上げた
城下町 その名残の上に生きている事の面白さ それを意識
せずして、やはりずっと楽しんできた事に、気づかされるので
あった。



  


2016年05月08日

手ぶらで行くか!Warrior


いわゆるGW、3・4・5日の連休日は、また東京へ出稼ぎに
出かけていた。もう今年で3回目 東京に行くのは今年もう
4回目になる(ほんとーに、仙台 仕事ないんだな・・)

今回、4日が第一水曜で、という事は・・そう!
上野のWarrior Celt でセッションがある。 かも?
Facebookにて一応の報告しますと、こめぐさんやモハーさん
反応して下さったので これは行くしかない!!

・・とはいえ、今回 会社のクルマに押し込められて行くので、
フィドルケースなどは持ち込めない。手ぶらで行かざるを得ない
ので、ウィスキー飲みながら聴くだけに徹するか とも思ったが
こめぐさんから「貸すよ!」などと畏れ多いお申し出が・・・
いやーしかし手ぶらで行ったらモロ借りる気まんまんな感じだな

さて、結局4日は・・・・・・ほんとに、手ぶらで行った 爆
楽器持たないで、東京のセッション顔出したの、はじめてだな。
仕事終わったあと、疲れがあってちょい寝てから出かけたので
20時を回ってしまって、セッション始まったところだったが
すでにミュージシャンはテーブルぐるりと満席状態で、店内自体も
座るとこなし!!外国人さん、多すぎ!混みすぎ!!笑

こりゃあほんとに聴くだけで帰る事になるかもな・・と覚悟しながら
カリラ注文。しかしやがて席が空いて、すべり込みに成功!笑
なんと、こめぐさんの他 松尾さんと斉藤さんまで「貸すよ!」
と言って下さり・・・結局、若きマルチプレイヤー斉藤さんから
スズキ製フィドルNo.520をお借り受け致した次第。
(わたしのはNo.580 廃版です)
というか、こめぐさんも松尾さんも 全員マルチだ・・・
この日はしかし、松尾さんやKimiさん 楽器弾かないで飲んで
帰られる人も多かった。

モハーさんのBlogでよくお見かけする、アイルランド女性なのだ
ろうか?この方はじめてお目にかかったのだが、素晴らしい歌
聴かせて下さった。
わたしの方は最近マンドリンをあらためていじりだした事もあって、
モハーさんの楽器に興味をしめしたら
「セット出してみようか!」
とふられて(爆)まあやっぱり失敗したのだが、出してみました・・・

やっぱり、仕事のあとのへろへろ状態では正直アレなのだが、
行けてよかったな~ 皆さん、お世話さまでした!
ホテルが大森なので、帰りの電車途中までモハーさんご一緒
したのだが、いろいろお話できて楽しかったな
大井町にあるという、丸メガネの名店 今度ぜひ行きたい!
(楽器じゃないのか!)




  


Posted by げん at 23:15Comments(0)えみし普通の日記

2016年04月25日

東北のオアシス


2007年の、ちょうど今ぐらいの季節にわたしは
東京からこの仙台へ引っ越してきたので、
そろそろ仙台10周年目が始まる という事になる。

『ゴールデンカムイ』に、北海道の季節について、
「冬が一年の大半を占め、春と秋はほとんどなく、
 夏は瞬時に過ぎ去る」
と語られる場面がある(うろおぼえ まだ単行本化
されてない箇所なので)

仙台に時たま在住(笑)の作家・伊集院静が
仙台で感じた季節の特性として「夏の短さ」を
あげていた。
わたしの場合はもうちょっと補足して
「冬は長め。春と秋は一瞬で、夏は短め」
という印象になる。

東京の場合、
「冬は短め。春と秋はそこそこ、夏は長い地獄」
という印象。
仙台と東京の間は、冬と夏の比重が逆転する
転換点と言えそうだが、わたしとしては、
夏と冬はどこも厳しいものだから、むしろ穏やかな
春と秋の短さが、仙台に来ての思いがけない印象
なのだった。

仙台はよく、「暑すぎず寒すぎず、暮らしやすい気候」
と言われるが、正直わたしはそうは思っていない。
それというのも、やはり過ごしやすい季節である春と秋
が、短いからだろう、と思う。
具体的には、東京では3・4・5月が春だとはっきり言える
のだが、仙台ではっきりと春らしいのは5月のみである。
まあ、東京の6月はもう蒸し暑くて戦慄するけれど、仙台
の梅雨は涼しいところ、確かに暮らしやすい点ではある。

ところで、意外なようなのだが、わたしは「公園」という
ものに関して、仙台より東京のものの方が気に入っている
ところがある。

わたしは吉祥寺にある井の頭公園に親しんでいたが、
こうした林の中を歩くような場所が、仙台にはなかなかない。
仙台の公園で最も古いという西公園はなんだか荒れ果てて
いるし、勾当台公園や錦町公園は小さすぎる。
北の七北田公園、東の榴ヶ岡公園は整備され過ぎている。
一番近所の、台原森林公園は林ではなく「森」過ぎて、
とても樹々の間を散歩する、という感じではない。

極めて小さな敷地ながら、最も雰囲気として近いのが、
勝山館に隣接した勝山公園だろうか。大正期までに
「森(杜)の都」の異名の元となった、屋敷杜の名残とも
言われている。ここがもっと広ければなあと思う事、しきりだ。

もちろん、井の頭公園や代々木公園の広大さは、東京という
都市の巨大さにも関係するのだろうが、実はそれ以上に
各都市の「公園観」にもよるのではないか、と思っている。
すなわち、

「東京にとって、オアシスは公園である が
    東北にとって、オアシスは都市である」

という事だ 笑 東京の人々にとっては、公園という場所は
「夢」である。自然、緑というものに、飢えているからだ。
一方、われわれ東北人にとって、「夢」とは大都市そのもの
である。自然・緑は膨大にあり、憧れの対象ではないのだ。

仙台の公園は、いわば理想とされる都市空間の一アイテム
として組み込まれている景色のひとつに過ぎない。
だから、絶対必要として実現化したという必死さ(?)に欠ける
ところがあるのかも知れない。
一方の東京では、無計画に膨れ上がる巨大都市への反発
として、オアシスとしての公園の実現と維持には相当本気で
取り組まねばならなかったろう、と想像される。地獄化する
都市に対応して、天国として具現化したのが、東京の公園
なのだ、という事ができるかも知れない・・(ほんとかね)

そういう訳なので、仙台というのは都市そのものが
「東北人の夢」なのであって、「公園」そのものなのだ、と
いう事ができるのではないか、と思うのである。
都会人を気取っている仙台人とて、いまだに飽くなき
「大都会への夢」に燃えている。基本的に、東北人は
永遠の田舎者 なのだ。

それにしても、東北人にとっての、理想の都市とは
どのようなものか?最近、20代の若き音楽仲間から
「このような活動をしている!」と教えてもらった。
http://www.s-renovation.com/
プレゼン映像と、そのナレーションは彼女の担当だ。
『地方は活性化するか否か?』を思い起こさせ、
いろいろと難題はあるだろうが、頼もしく、楽しみである。


  


2016年04月16日

なぜか東京の安宿について(あと仙台も


最近、2回週末に東京へ出稼ぎに行った、と書いた。

その時に用意してもらった宿が、カプセルホテルだった
のだが、わたしは思わずなつかしさに、興味津々とな
った。実のところ、長い旅歴でもここ20年ぐらい利用して
いなかったのではなかろうか 笑

遠いむかし、盛岡と仙台で、2回使っただけなのだ。

なぜ使わなくなったかというと、まあ性に合わなかった
という事だろう・・料金の割りに、疲れが取れないと思っ
たのかも知れない。けど今回、あらためて面白かった。
1回目は大森のカプセル、2回目は新橋のカプセルで、
大森は大浴場があったが新橋はシャワールームだけで、
いつも誰か使ってて結局入れなかったとか・・・爆

今回、30歳前の若い同僚が2人いたのだが、
「ビジネスホテルじゃないなんて信じられない!」
と不満を露わにしていた。お坊ちゃんだなあ・・・
まあ正直、俺も困惑したが 笑

会社側にしてみると、カプセルとビジネスでは3倍くらい
料金が違うので・・・という懐事情のようだった。
(自転車操業なんだね)

いや、待てよ?ビジネス以外でも安いところなかったか。
そう、むかしは代々木にユースホステルがあったし、
近年はゲストハウスなるものが続々出現してるって
いうじゃない?(誰だよ)

調べてみたら、なんと代々木ユースは2011年に閉館し
ていた!!が、かわりになんかスゴイのがどかどか
出てきましたよ・・・
http://find-travel.jp/article/3917

ユースホステル、いまは都心だと飯田橋と、上野の
2箇所だとわかった。
これを見た印象・・・東京って、ほんとに今 住むより
旅行した方が楽しい町になっちゃってるのね・・・・・
やはり近年急増中の、外国人観光客を視野に入れて
いる事は間違いないが 面白いのはほとんどが東京
東部 新宿渋谷方面じゃなくて、古くからの東京、
いわゆる下町の方に集中している事。
山の手の時代は終わり・・時代は再び江戸へ なのか

以前、浅草の北のほうの、千住とかにかつて低賃金
労働者の宿場・・ドヤ街、と呼ばれていたが、その名残
の宿が千円だか2千円だかで泊まれて、ここも外国人
が多かったのだが、あれはかなりディープな世界だ・・
個人的には好きなのだけど(ただ簡易宿泊所というと
いつかの、川崎での火災の記憶もある。)
それに比べたら、随分しゃれおつで治安もよさそうだ・・

そういえば、仙台はどうなのだろう?
仙台の外からいつもセッションに駆けつけてくれる、
音楽仲間たち 彼らはいつも、言っているではないか。

仙台の宿は高価い!!部屋もなかなか取れない!!

と。東京がこれだけスゴイ事になっているのに、仙台
それではダメではないか。
なさけねえー!(誰だよ)ではないか。
という訳で、そちらも調べてみた。
そしたら、同じサイトだけど、ありました。
http://find-travel.jp/article/1371

1千万人都市・東京で20選 に対して、
百万人都市・仙台で5選・・・これは健闘というべきか

ただ、音楽仲間たちは仙台駅周辺の宿を求めている。
このうち駅チカな宿は既に利用してるかもしれないが・・
ちと遠いかなあ どれも
わたしが昔からオススメの宿といえば、東照宮の南
かつて仙台の遊廓街だった小田原にある、
千登勢屋ユースホステルだ。



昭和23年創業、というから遊廓廃止の昭和33年前から
ある・・その事もあってか、独特の佇まいが残っている。
相部屋で、一緒の部屋になった人との相性が良ければ
楽しい夜になるが、そうでないと・・・・・・な夜かな

そもそも、ここも遠いな 爆




  


2016年04月14日

旅と人生観について・・・(長いよー


前出の、宮森さんの記事をいくつか拝読しました
何というか、「若いなー」という印象で、読んでて恥ずかしく
なってしまうところも多かったですが、いい事も書いてます。
(ぶろがー という人たちは、1時間に4本の記事を書ける
 んだそうです わたしには到底、むりですね・・・
昨日の記事一本に、3時間ぐらいかけてますから 爆)

そんな中に、旅について書かれた記事ありました

http://www.miyahaya.com/entry/2016/03/21/161220

何だか、久しぶりに旅、について考えさせられましたね

むかし、ある喫茶店に通っていて、そこは世界のいろんな
国に行っている人たちが集まるサロンみたいな所でした。
店に行くたんびに、「アフリカのどこそこ行ってきた」
「南米のどこそこ行ってきた」という話をするお客さんに
出会うのです。大学の先生や、学生さん、あと他にもいい
仕事してる人ばかりで、海外旅行は趣味のようでした。

わたしは既に50ccの元・郵政カブで日本2周ほどしたり、
沖縄・北海道何度も滞在したりとかしていたし、海外も
渾身の(!)英国「4カ国」&アイルランドだけは経験して
いたので、それなりに話は合うかと思っていたのですが、
これが容易に、かみ合わない・・・
なぜなのかと考えると、どうも彼らとはそもそもの旅の目的
や、人生観そのものが違うのではないか、と思い至りました。

実のところ、わたしの旅というのは決して人に自慢できる
ようなものではなく、「趣味」といえるものかも怪しいです。
というのも、わたしの「旅ぐせ」の始まりが、
「自分の人生に失望した」事にあったからなのです・・・
どっかーん つまり、おのれの恥部の結果が、旅なのです。

少し詳しく書きますと、20代のわたしには東京で、ある事で
成功したいという夢があったがどうにもこうにも無理な事が
わかってきた・・のと、あと失恋が重なったんですね
(ああ恥ずかしい 書きたくない 笑)
そこで、夢とは何と実現の困難なものよ・・・と世を儚むの
でしたが、しかし旅ならば、出発して帰って来さえしなければ
ずーっとできるではないか?爆 「負け組」の果て、ですね・・

そうだ、「さすらいの長旅」という中学時代以来封印してきた
夢ならば、容易に実現する!!と思い至ってしまった訳です。

このへんの事情がまた、めんどくさいので割愛したいですが
(笑)やはりちょい書きますと、中学の多感な頃、わたしは
地元の「ど田舎」に不満鬱屈を募らせると同時に、映画
『荒野の用心棒』『ロング・ライダーズ』などの西部劇に感化
され、「永遠のさすらい旅」に強烈な憧れを抱きました。

つまり、どこに行くのか というよりは、「さすらい」という
スタイルこそが、わたしにとっての旅の原点だったのです・・

ところが、今思えば「中二病」に陥っていたわたしは家出の
常習となるなど白昼夢の問題児となり(汗)さすがに親に
迷惑かけすぎてるな・・・と自覚したわたしは、いつしか
「東京を夢見る受験生」というありふれた姿に大転身を
果たしたとさ・・・・・・ザ・封印 ですね。 笑

まあ、そうやって転身?してやってきた東京で、絶望した訳
ですから、もう怖いものなしというか・・・当時、人生最長の、
正社員生活6年!やっていたので(そんな中途半端な事
やってるから夢叶わないんだよ、というジレンマもあった)
「お金」もある程度あったので、もうこのカネ尽きるまで
行ってやるべ という心境にあらためて陥ったのでした。

わたしの旅の基本は、むかしも今も変わらず
「カネはないけどあるだけ使って 
 死んでも後悔しないところにだけ行く」
です。
つまり、基本的に、ギリギリの境地なんですね。
カネなんて、旅できるかどうか怪しいくらいの額があれば
すぐ出かけるし、帰ってきた後の仕事もないからどうなるか
わかったものではない。
関西や、九州沖縄も愛すべき土地ではあったが、
「ここでは死にたくないな」と思った。なので、基本的に
いまは北海道や東北中心に旅しています。

英国とアイルランドに行ったのも、
「ここなら死んでも後悔しないな」
と思えるくらい憧れた国だったからで、フランスやアメリカも
行きたいけれど、憧れが中途半端なのでここで死んでも
後悔しないか、は未だ微妙です 笑 お金があったら、
やっぱりまたアイルランド、スコットランド、ウェールズ、
行ってしまうでしょうね。
なんで執拗に、「死んでも後悔しない」を繰り返してるのか
と申しますと(爆」)やはり基本的に旅とは危険なもので
旅ひとつひとつが、「渾身」のものだからです。まあ貧乏
なので、大切なお金をはたいてますしね・・

それで、冒頭で紹介した記事のテーマ
「旅で人生観は変わるか」なのですが

サロンで、いろいろな国に行って広めた見聞を語っている
人たちにとっても、それぞれ旅は麻薬のようなもので、
必死なものなのかも知れない。けれども、人生観は変わっ
てますかね?また同じ仕事に戻るつもりで行って、実際
戻っている訳でしょうし・・とはいえ、仕事の仕方とか、生活
の姿勢に変化があるかも知れないし、一概に旅が不要だ
とも、言い切れないですよね。

一方の、わたしのようなタイプの旅ですが・・
たとえば、北海道や沖縄というのは、さすらいとしては
まさにランズエンド 笑 「この世の果て」であって、
実際、いろいろな事情を抱えた人たちが、旅人となって
行き着いたという雰囲気を醸し出しています
(そしてわたしもその風景の中の一要素だった訳です)

もちろん、学生や趣味の人もいますが、それこそ仕事や
人間関係に絶望した人、持ち金が尽きて万事休す、の
人、そして何かマズイ事をやらかして逃げている人、も
いたかも知れません。

心境としては、東京の片隅でホームレスとかやってる
よりは、旅してた方がいいじゃん!みたいな感じで、
基本、世捨て人の世界です。現在のわたしなんか、
そう考えたらちゃっかり社会復帰を果たしたクチですね。
サロンで趣味としての旅を語ってる人たちにしてみると、
「旅行者」としての立場が現地民にかき消される、
ミイラ取りがミイラになる、みたいな状況にでもならない
と、そりゃあ話が根本のところでかみ合わないかも
知れないですね・・・

さすらいの果てとしての北海道などは、学生にはかなり
刺激的なので、人生観が変わる・・・というのは、なくも
ない気がします。ただ、個人的にはそれで生き方が変わ
った、という若者を知りません。世の中は広いな、いろん
な生き方があるな・・ぐらいに心へ留めるのがおそらくは
大半で、まあそういうものなんだと思います。

要は、いかに深刻な状況の旅人に出会ったとしても、
自分の問題にならなければ、自分が変わったりしないの
です。わたしも含め、最果てにいた旅人(笑)というのは
むしろ実生活で何かあって人生観が変わり、結果旅に
出たようなもので、つまりは、旅が人生観を変えるのでは
なく、変わった結果が、旅だったという 爆

もちろん、変わったところもありました。旅、という現実の
冒険を始めた事で、仮想の冒険である「映画」をあまり
観なくなった・・とか。旅を一通り終えると、日常を冒険し
て生きる事を学ぶようになりました。つまり自分の人生を
ちゃんと生きよう、と思うようになったのです・・これはまあ
人生観変わった、といえば変わったところなのかも知れ
ません。

はあちゅうさんの意見も、ご自身が世界一周されたから
こそ言える事だと思います。世界一周しなければ、現在の
彼女は存在しない訳で 旅は明らかに人に変化を与える
それだけは言えるのではないかな、と思います。

ただ、軽々しく「旅で人生観変わった」という類のものじゃ
ない、という感覚はわかります。書いてきたとおり、実態は
多分に負の要素を含んでいるはずですし、あと変化は後々
にならないとなかなか気づかないものだったりするので・・

ここまで書くのに、5時間ぐらいかかりました 爆
(途中、楽器弾きたかったので中断もしました)
やっぱり、わたしに ぶろがー は無理ですね。






  


2016年04月14日

両極端だが対立していない?東京論について


以前に2回ほど、このブログでもとりあげた
『まだ東京で消耗してるの?』(イケダハヤト著)
という新書ですが
「もう東京はつまらない街になってしまいましたし」
「東京には面白い人が多い、というのは全くの幻想。
 地方には東京にはいないタイプの、破格の『面白い人』
がたくさんいます。」
などなどズバリと言い切る様が少なからず衝撃でした。
こんな感じ
http://www.ikedahayato.com/20150810/39187379.html

しかし、こんな意見もありました。
http://www.miyahaya.com/entry/2016/03/27/212033

一方では「東京はもう、つまらない街になった」といい、
もう一方では「東京は本当に面白い人が多い」という。
一体、どっち?と思うけれども、これは少し考えれば、
「両者の生まれ育った場所、立場の違い」による見解
の差、と思い至ります。実のところ、どっちも本当で、
決して両者は対立する意見ではない、という事も。

どちらかというと、後者の宮森さんの意見の方が
昔ながらで、ありきたりな感じはします。
実は境遇的に、日本海側のすごい田舎の出身という
事で、わたしと似ています。だから、彼のいう
「ジモティー」がつまらない、という意見はすごくわかる
ものがあるのです。

一方のイケダさんは、横浜の出身でずっと首都圏の
中で育ち、大都会のいろいろな面を知り尽くしています。
彼は東京での生活の現状、仕事の仕方にうんざりしており
高知の田舎ではその不満が全て解決したと言います。
彼が「地方の人のほうが面白い」と断言するのには、
土佐・高知という土地柄もある、と個人的には思うのですが
(むかし旅をして何日か滞在したので、わかります
 本当に面白い人ぞろいで、一種特別な土地に感じました)

おそらく、宮森さんが田舎で多く接触する機会のあった
「ジモティー」的な人とは、イケダさんはあまり接していない
かも知れない。新しい仕事を開拓したり、自分たちで祭りを
作ってしまう人たちの話が多いので、そういう人たちは多分、
ずっと地元に住んでいても、フットワークが軽いと思うのです。

宮森さんの方はというと、「外に出なきゃダメだ!」と友人に
言われたのを、「東京に出ろ!」と解釈したと書いてますが、
そりゃ、東京が輝いて見えますって(笑)わたしも死ぬほど
わかりますが、「その土地好き好きオーラ」が出ますと、
本当にその土地の人たちが面白いと感じられるものです。

実際、わたしは東京に住んでいた頃は東京に幻滅していて、
あまり面白い人に会った記憶がありません(10年以上住んで
たんですけどね!?)ところが、東京を離れて、たまに旅行
する土地になった途端、また東京が好きになって、会う人
会う人、面白い人ばかりに思えるようになりました

まあ、これには多分、アイルランド音楽関係の出会いが多い、
というのも関係するのですが、ようするに、人間特にわたしの
ようなタイプは日常的には内に向いてしまうので外への関心
が薄れてしまう傾向があって、たまに東京に来た時には当然、
久々な土地そのものに興味がある訳なので外向きになる、と
いう事なんだと思います。

実のところ、東京にだってジモティー的な人は多いのではない
か、と疑うのです。宮森さんは地元の、中学・高校の「スクール
カースト」をくだらない、と言っていますが、東京の
「どこの大学を出たか」という、大学のランクづけ・・出身大学で
人を見る あれ、本当にくだらないとわたしは思ってました。*
「俺は中央線沿線から出た事がない」とか、
「地方の事は全然知らない、どうでもいい。東京最高」とか
いう人にも会った事があるし、かえって井の中の蛙、閉塞的
というか、むしろ果てしない街並みに覆われた巨大都市の中で
それでは、深刻度は大きいな・・と思う事もあります。
(福島原発の災禍でそのあたりが表面化しましたが)

また、長々となってしまいましたが まとめますと
お二人とも、言い分は間違ってはいないなと思います。
ただ、それぞれの置かれている状況の違いで、一方は面白く、
もう一方はつまらなく感じられてしまうのだろう、と。
また、田舎から出た事のない人は一度出た方がいい、という
のは大賛成ですが、それは東京の人にも言える事です
(かつて東京の人というと、海外の事は詳しいが国内の地方
 の事はまるで知らない・・という印象でしたが、それは
変わってきているのかな)

最後にわたくし事ですが
東京を離れてからあらためて東京を好きになったと書きました
が、また東京に住むか・・というと、まずない と思います。
というのも、わたしがつまらないと思っていたのは「東京」では
なく「東京に住んでいる自分」だったからです。
東北人が東京に住むなんて、もはやありきたりすぎる(爆
自分が東北に生まれたのには何か意味があるはずだと考え
葛藤しながらもしがみついて生きる方がずっと面白いのです。
(というか、単に東北が好きなんですね結局)

だから特に宮森さん、今は若いし東京が一番に感じられる
でしょうが、石川県の人ですのでそのうち金沢市などにも
シフトしていくと、書いている内容にもいい影響が出るんじゃ
ないかと思います。


*あとになって、ここでいう「スクールカースト」というのが
一学校内でのグループの階層の事だと気づきました・・
わたしは学校同士の階層分けと勘違いしてたのですが、
まあ内容的にあまり違いはないだろうと(爆)思い、その
ままにしときます。


  


2016年04月13日

蒸留酒を飲む




ゴールデンカムイの記事ではちょい力み過ぎた
かもな・・・熱くなって長文書いても、誰も読まねー
っつーのに

デジカメの写真、なんか「画面縮小」かけても全然
だめなんだよなー。何が問題なのかもわからない。
カメラ側の「写真サイズ」をSmallにして、この大きさ
だからなあ。まあ、スクロールして、見れない事も
ないんだが 笑

花見の写真も撮ってみた。花見といっても、わたしは
基本 出不精で、まだ寒いから人の多い公園なんて
行かなくて、近所の踏切んとこの一本桜をじ~っと
眺めにいくだけだ。実際、仙台ってとこはなにげに
咲いてる一本桜が一番良かったりする。



なんか、話題的に写真の順番、逆なんだが(ゆるいな)
一枚目の酒のはなし。少し前、新潟市に仕事で行って
地元の居酒屋でよせばいいのにいわゆる「もっきり」
という奴で、佐渡島の地酒を飲んだ。ずいぶん長いこと
日本酒を飲んでいなかったので、忘れていたようだが
一杯でぐでんぐでんになってしまうのだ。

日本酒にしても、焼酎にしてもそうだが、店でたのむと
とにかく量が多すぎて困るのである。味は美味い、と
感じられるのだが、身体は少量しか受け付けない。
日本式の居酒屋だと当然のように「酒飲み」のための
店なので、わたしはまず入らないのだ。
焼酎などは、ウィスキーと同じく蒸留酒なのであらためて
飲んでみたいのだが、おそらく自分で買って、家で
ストレート(生「き」というらしいね・・)で飲んだ方がいい
かね。まあ、店でもそうやって飲めるのかも知れないが、
どうも行く機会がない。

パブやバーだって、酒飲みのための店だろ・・って
言われるかも知れないが、わたしのような者からする
と、決してそうではない。
わたしはほとんどウィスキーをストレートで飲むが
「酒弱いくせにそんな度数高いの飲むの?」とよく
言われる。いやいや、ウィスキーのストレートって、
まさに酒好きだけどアルコール弱い人間のための
飲み方だなーってわたしは感動したもんなんだ。

わたしはウィスキーよりずっと度数の低い、ビールで
もっとひどく酔う。どうもアルコール度数で酔うという
よりは、アルコールを含んだ液体の量で酔うのでは
ないか、とわたしは疑っているのだが・・・

ビールは飲みながら、水を飲んだりは普通しないの
で、ずーっと長時間、身体がアルコールを感知し続け
る。結局、これで酔っているのではないのかと。
ウィスキーの場合、チェイサーとして水を飲む事で、
身体に休憩を与える事ができる。チェイサーの意味は
いろいろあるのだろうが、わたしが酒を楽しむためには
まさにうってつけの飲み方なのだ。

なので、最近はウィスキーと同じく蒸留酒と名のつく
ものならストレートで飲みたいと、ラムにも手を伸ばし
てみた。はじめ、先日宮古に行った時にTRAD家に
ジャマイカのマイヤーズダークラムがあったので、
そのまま飲んでみたら、その独特すぎる飲み口に
衝撃を受けた。ラムというと、カクテルベースとか
お菓子の材料とかのイメージみたいだが、どうも
カクテルに使うのは透明なホワイトラムらしく、色の
濃いダークはまさにウィスキーと同じくストレートや
ロックで、本来は飲むものらしいのだ。
Barm’sでもその話題を出すと、マスターが店内の
キューバのバカルディラムを飲ませてくれて、また
その美味さに感動した。

どうも、いろいろな酒に勝手につけられた、世間の
イメージというのは、怪しい。自分に合った酒の飲み
方しかできないのだから、自分なりのアプローチを
それぞれの酒に対して試みるのが最善だろう。
そのうち、テキーラやブランデーも試してみよう、と
思っている。

とはいえ、これは結局「ウィスキーが一番美味い!」
事を確認したいから、というのもあるかな。






  


2016年04月10日

祝:受賞 ゴールデンカムイ




ある夜、岩手県は宮古市に住む、10歳ほど年下の
姉貴から(爆)驚きの報告がユーガット亜メールだった。

「ゴールデンカムイが漫画大賞だって!!」

なんという事だ!すばらしい!!

・・・って、自分の描いた作品じゃないのに何喜んでる
のかって?なんでTRAD♀さんからお知らせ来るのか
って?

つまりは、わたしがけっこう前からこの作品をブログ上
で紹介していたのを、TRAD♀さんが読んで下さって
いたのである。
このところ、実は北海道が舞台のマンガ作品が盛況だ
・・・って、業界の事は正直わからんのだが 笑
『僕だけがいない街』もそうだし、沙村広明の新作
『波よ聞いてくれ』も札幌のラジオの話だ。
北海道新幹線開通も重なって、北の大地への熱い
視線が熱線となり温暖化するのだろうか
(なにいってんだ)

それにしても、この作品がマンガ界のトップに君臨
した、というのはすごい事だ。いや、確かにわたしが
今読んでいる5、6本の作品の中でも自分の中での
総合得点はダントツで、当然の結果とは思えるのだが、
特に本作は他の北海道舞台のマンガとは違って、
単に北海道が舞台の話 ではないところがミソである。

つまり、ある意味「問題作」であるところが、受賞した
事の意味というか、重さを感じさせるのである。

『ゴールデンカムイ』(「カムイ」がいまだにひらがなから
普通に変換せず「課無為」とかになるのがもどかしい)
の人気の秘密は、多彩である。
まず、わたしは恥じなければならないのだが、手塚治虫
の『シュマリ』という作品を、未だに読破していない。
これは、はるか昔に手塚が「アイヌの国」舞台に描いた
先駆的作品であり、成功作とはいえないが『ゴールデン
カムイ』の作者・野田サトルにも多大な影響を与えた。
今作は、『シュマリ』と共通する、いくつもの要素を取り入
れながら現代の北海道民自身の価値観と問題意識で
全く新たな作品として再生させたものでもあるのだ。

主人公の、日露戦争帰りの元兵士の名は、なんと
野田サトル自身の曽祖父の名なのだという。
つまり、本作には北海道民としての実感だけでなく、
実際に肉親が日露戦争から生還した(ゆえに、今ここに
自分が生きている)という歴史学的・生命学的?実感
が込められている。文字通り、漫画家一世一代の、
命がけの一作という事なのである。

作風そのものにも、作家のセンスのよさ、狂気にも必ず
併走する良識というものを感じさせる。
巨大なヒグマが人間の顔の皮を爪で一気に剥がす、と
いうような残酷な場面もあるが、こうした場面は敵役への
因果応報のような形で起きる場合がほとんどで、読後の
後味は悪くない。愛や絆は確かに描かれるのに、性描写
はさっぱりとしていて、いい意味で避けられてもいる。

作者の興味の広さ、引き出しの多さも魅力だ。
柔道家は握手ひとつで相手の強さを感じ取るとか、独特
の耳の形になるとか、スポーツ好きならではの知識から、
競馬における騎手の乗り方とか、賭博の際の壷振りの
技術とか、さらには秋田マタギによる犬の服従させ方
講座、サッポロビールを作ったのは新政府軍の士官で
土方歳三が「くやしいが美味い」と言ったとか、とにかく
ネタが豊富で、飽きさせない。
それに加えて、過酷な状況、一寸先は闇、の世界を描
きながら、登場人物への愛とユーモアが決して失われる
事がないのである。。
そこが、何度も読みたいと思わせる、拡大してゆく人気
の秘密だろう、と思っている。

しかし、それら多彩な魅力を束ねる屋台骨ともいえる
作品の「芯」の部分こそが、『ゴールデンカムイ』を
「問題作」にしている所以なのだ。
本作は、『シュマリ』以上にアイヌ民族の世界に踏み
込んでいるが、アイヌを「帝国侵略」の被害者として
描写する事は、避けている。避けている代わりに、
「アイヌ民族を中心とした、北海道独立国」への想い
が、物語の軸となっているのが、読むうちに明らかに
なってくるのだ。
現実のいま、アイヌ民族否定論などが飛び出して
いまだに先住民族復権が阻まれる中、この作品は
「北海道の本質」
というものを誰が何と言おうと明確にするのである。

物語の結末が、どうなるか・・・そのヒントは、言うま
でもなく、現代の北海道の姿にあるだろう。
けれども、大切なのは、北海道という土地がどういう
場所で、自分たち道民とは何者なのか、を描き出す
事だ。アイヌを否定する事なく、自らが新たな時代の
アイヌとなる事。偽りなきアイデンティティを追求する
カギを渡せたなら、『ゴールデンカムイ』にできるのは
未来の世代に委ねる事だけである。

アイヌ民族否定、ヘイトスピーチ。政府は言論、報道
の自由を民衆から奪おうとし、いつかあった(そして
もしかすると未だあった事のない)悪夢の時代へ
列島を巻き込もうとするかのようだ。
そんな時代に、北方政権を夢見た土方歳三や、「北鎮
部隊」が北海道を帝国から奪取し独立を図る、という
マンガを描く事は、決して穏やかな事ではない。
これは、時代を超えた、権力への挑戦なのである。

一方で「東北の独立」を長年夢想してきたわたし(笑)
だが、ゆえに荒唐無稽な話でも、他人事でもなく、
勝手ながら同志・戦友のごとく見守りつつ、非才なが
ら自身の物語をも紡いでいかねばならぬ、と焦燥にも
駆られる昨今なのだった。




  


2016年04月09日

思いがけぬ東京行き そしてゴールデンカムイ


3月の終わりと4月始めの週末、2回も東京へ

えー 今回は、出稼ぎ?に行ってきました 笑

ちょうど、その週末はセッションなどやってる所も
あったようなのだが、労働は何時に終わるかわからず
また、あまりキレイな恰好でもないので、やめておく・・
それでも夜、2時間ぐらい出歩ければ、1月に来た時
行きそびれた場所とかぐらいは行ってこれるかなと
思った。

仕事場と、宿は大森。あまりなじみのない所だが
まずはここから品川へ出て、池袋まで行ってみる。
これは行きそびれた所ではなくて、まさにこの1月
初めて行ってすっかり気に入ってしまった店
池袋駅ビル内「書籍館」の中にある科学雑貨?店
『ナチュラル・ヒストリエ』に再来店。
なんと、かの貴重な骨董ものの「星座表」がいくつか
売れていて(というか、売り物だったの!?)
残る一枚には8万円(!!!)の値がつけられている。
どんなものかというと、やはりコレクターさんがいらっし
ゃるようで、その方のブログにいろいろいい写真が
(お借りしたいが無断転載という訳にもいかんので)
http://mononoke.asablo.jp/blog/cat/kenji/?offset=70

そう、むかし『図説・宮澤賢治』か何かで見て、憧れた
星座早見である。女性店員さんが棚から出して、触ら
せて下さる(感激!!)ドイツ製らしく、なんと、皮製で
ある!店としても、本心では一枚は店の看板として
残しておきたいのだそうだが(じゃ売るなよ 笑)
つーか、皮製じゃなくていいから世界の誰か復刻して。

天文学コーナーなどは前回来た時から模様替えしており
誰かデザイナーがいるのかと訊いたら、これもなんと
「店のスタッフみんなで相談しながら作っている」のだと
いう・・・美大出か何かの、スタッフ陣なのか?
それにしても、見事なセンスだ。

その流れで、新宿へ。これぞ、1月に食い損ねた 爆
老舗沖縄そば屋『やんばる』リベンジ也。

思い切って「ゴーヤー定食」(1000円 ぐらい←ぉぃ)
長い長いカウンター、入店時はあまり客いなかったが、
食べてる間にずらーりと満席!なつかしき、場末?の
新宿ムードを堪能する。

2回目の週末はもっと早く終わったので、まだ明るい
うちに、これも前回、行きそびれた青山 表参道へ。
なんでこの俺が表参道?と思うかも知れないが、
まだこの地に表参道ヒルズが建つ前の同潤会アパート
があった頃、ここを利用した画廊で友人がよく個展を
開いていて、この大正期の香りの残る同潤会と表参道
の裏路地の多彩さに魅了されたのだった。
こんな感じ(これは代官山の同潤会か?ここももうない)



その裏路地、歩きまくる。相変わらず、新鮮!面白い!
もちろん、ここでわたしが買うようなものはまずないが。
あと、よく使ってた唯一のカフェが、なくなっていた。

表参道で特にびっくり名所といえば・・
何やら、もんのすごい教会みたいなのを、偶然見つけた
事があるのだが、あらためて足を向けてみた。
その見事な建築の名は『セントグレース大聖堂』
しかし調べると、なんと仙台でも見かける事のある
「ウェディング・チャペル」であって、つまりは本物の教会
―宗教施設―ではない。結婚式や宴のためのイベント
スペースとして、これだけのものを作ってしまうとは・・・
逆にいうと、表参道という土地ブランドにおいては、
悪くいえばイミテーションすらも豪華に、貫禄すら与えられ
本物をも凌ぐ価値を有する事ができるという事か。
それが、良い事かどうかはさておいて、だが。
(写真は、ほんとすごいのだが、あえて、載せない 笑)

さて、夜も深まれば 最終目的地・高円寺である。
ここも、なかなか開店時間にタイミングが合わなかった、
ラーメン「公楽」さんへ。ここは、夜のみ営業。
高円寺に住んでいた頃、よくわたしは塩ラーメン+ライス
を戴いていた。そういえば、わたしが外で塩ラーメンを
注文する店なんて、他に心当たりがない。
ここは本当に、気負いのない、庶民的な店。
店主も、だいぶ白髪が増えて、口髭も今はない。
前は恰幅のいい明るい奥さんが一緒に切り盛りして
いたが、今は出ていないか、お休みなだけか。
この日は、モーガン・フリーマンみたいな優しげな
おっちゃんが 笑 接客していた。



今回、高円寺はこれで満足だったのだが、ふと寄って
みたくなり、そこからごく近いおなじみの喫茶店
『アール座 読書館』へ踏み入れる。
ここも写真がないのが残念だが、是非画像検索など
してみて(爆)実にステキな内装が見れます。
ここは、おはなし厳禁(!)ひたすらサイレンスです。
キリマンジャロ(ポットサービス)を注文し、本棚から
『銀河鉄道999』の最終巻と、黒田硫黄の『大王』、
手塚治虫『シュマリ』などをチョイスし、机にて没頭。

『999』と『大王』は持ってるのだが、部屋が散らかる
うちに、紛失中(爆)しかしあらためて新鮮な驚きがある。
『シュマリ』は意外に、まだ読んでいない。今回もさわり
だけだったが、やはり同じ一昔前の北海道舞台で共通
点の多い後裔作ともいえる『ゴールデンカムイ』と比べる
と、特に女性観が全く違うように思える。手塚の描く
アイヌ女性はか弱くいかにも不幸であるのに対し、
野田の描くアイヌ女性は不幸な背景は持っていながらも
たくましく、したたかだ。
そういえば、先日その『ゴールデンカムイ』が、なんと
「漫画大賞」なるものを受賞!なされた。
まあ、長くなったのでそれについては、次回!

・・・なんだかんだいって、やっぱ東京好きだよなあ・・・






  


2016年04月07日

岩手冬名残の旅・・日記ノートより 後編


ここからは、仙台に帰ったあとに書いた日記。


盛岡のあと、遠野に行く。
思い起こせば、2011年の3月、はじめて9月の祭
以外の時期に遠野にやってきた。
理由は、たいした事ではなかった。仙台、宮古の
音楽仲間たちと盛岡で集まる機会があったので、
せっかくだから、冬の遠野にも寄っていこうかなと
いうところだったのだ。特にどこへ行くでもなく、
好きな宿でただのんびり過ごす、という予定で。
ところが、仙台に帰って一週間後に、あの大震災
が起きた。あまりの出来事の大きさ故か、この時の
岩手行き、遠野行きの記憶が吹っ飛んでしまった。
だから、3月の遠野 いま一度、なのだ。

なんでも、3月11日とかぶるので、釜石方面への
ボランティアさんなどが多いらしく予想外に宿が
とりにくい。今回、2泊はしたいと思ったが連泊
できる所はなく、いずれも初めての宿で、増田旅館
さんと、駅の反対側にある民宿ふるさとさんになった。
しかしこれでわたしにとって、遠野市街地でのお宿は
だいたい制覇したかな?笑 あと平澤屋さんとか、
民宿とおのさんとか残ってるが、少々高価めだった
かも知れない。

ごはんは、以前から気に入ってしまった「やまごや」
さんでカレーとスパゲッティが一緒になったやつ 笑
長年、愛してきた国道沿いの「ドライブインよしのや」
さんが閉店したのは痛恨の極みだったが、かわりに
こんなステキな店に出会った(というか、地元民には
昔から愛されてきた店なのに最近まで知らなかった)
ここは雰囲気としては、「名古屋の喫茶店」
本当に気軽な洋食屋といった風情で、鉄板の上に
ハンバーグやスパゲッティがじゅうじゅういって出てくる
懐かしい定食もあればラーメンもあり、また各種パフェ
も名物だという・・・遠野にあったの?こんな店

2夜めは、博物館や語り部の館の近くにある、ココカナ
さん。なんと、馬肉がいただけるお店なのだが、今回は
待望の?ひっつみ定食を。最近、登米の「はっと」とか
八戸のせんべい汁とか、こういうものが無性に食べたく
なっているのだな・・・しかしココカナさんといえば、あの
殺人的にかわいいねこ、さらちゃんにも会いたかったの
だが、なんと失踪していた・・・・・絶句
ここんちの娘さんではないのだが、小学校帰りの女の子
が立ち寄って、「さらちゃんまだ帰ってこないのー?」
と訊いてた。心配。

昼はおなじみ「うめのや」さんで、とおの味噌ラーメン。
夜はカクテルバー・パートナーにて綾さんとおはなし 笑
なかなか見ないスコッチ、グレングラントをいただく。
(なんとこの店、フェイマスグラウスまで置いてる・・・って
わたしは他にこういうバーを知らないので一般的な傾向
わからんのだけど)
その後は、リバース。マスター水野さんに頼まれてた、
「シーベグ・シーモア」の譜面、TRADさんに見つけて
作ってもらったのを渡したのだが、どうも欲しいものと
違っていたらしい。ギター伴奏に必要なタブ譜というの
が必要なのだ。それでその場で宮古のTRAD♀さんに
連絡 笑 あらためてそのタブ譜とやらをわたしのPC
へ送ってもらったのを、マスターのスマホへ送信!爆
TRAD♀さんからは「少しは自分でおさがし!」とお叱り
を 笑 受けたのだが、考えてみればそうだと思い、
あとで検索してみたら、自分には無理だったかも 爆2
けっこう、音楽に詳しくないとムズカシイかもです。
(言うまでもないが、フィドル弾くけど詳しくないです・・)
今回、わたしは楽器を持参しなかったのでマスターに
責められたが 笑 仕方ない 今回はセッションでの
失敗に意気消沈してたし また次回あらためて。

実は今回、2月に東京での長年の旧友・山本がこれも
長年のパートナーである女性とついに結婚式を挙げた!
という事で、新婚旅行で熱海へ行ったという事でなぜか
地元の特産である干物や塩辛を送ってくれたという・・
贈るのは俺のほうだろ、という訳で何かいい結婚祝いを
と考えていたのだが、花巻駅を降りたところのお土産屋
さん『はこざき民芸』 ここ、実はかわいいねこグッズも
あったりしてよく寄るのだが(どこまでねこ好きだ・・)
なんとここである南部鉄器に俺の感覚器がギュピーン!
となる。ここは関東の産物を送ってもらったのでやはり
東北の産物で と思っていたのもあり、しかし迷いもあり
遠野の帰りに買っていこうか、などと悠長に構えていたら
果たして遠野を出発したのが夕方であって、はこざきさん
の閉店時間に間に合うのかという事態に 爆
着いたところちょうど閉店時間を過ぎたところ・・(ばか)
ところが、お客さんがいたらしく、かろうじてまだ開いている。
突進し入店、例の品がまだ売れてないのを確認すると
「こっこれなんですが!」と問い合わせ。
友人の結婚祝いに、というとお店のおばあさま
「それは最高です!」とグッジョブして下さったのだった。


  


2016年04月07日

岩手冬名残の旅・・日記ノートより 中篇


3/8(火)つづき  *今回は写真、なし!!

盛岡では、やはりまず さわや書店フェザン店。
なんとあの『ゴーガイ!』の新作(*別項参照・・)
となぜか「ベスト版」が・・(全3巻しかないのに)
そして、「祝:北海道新幹線開通」にちなんで
北海道本特集が!!!自分たちの地元の事
じゃないのに・・や、やさしい
おまけに、「盛岡城」の魅力をあますところなく
紹介した城マニア本まで!!!!!
実にさわや、毎回期待を裏切らないな・・・

そして昼は鉄壁の?「不来方じゃじゃめん」
次にまたさわや書店だが、今度は大通り店。
ここではWebで見て知ってた
『まだ東京で消耗してるの?』
(*別項で書いてるが敢えて日記のまま)
この隣に『東京一極集中が日本を救う』という
新書が置いてあって、笑ってしまう。
まるっきり、真っ向対立だ。
わたし自身はもちろん、『消耗してるの?』の
イケダハヤト氏を強く支持だが、個人的には
アイリッシュセッションシーンにおいては依然
強烈なまでに東京一極集中状態で、これは
なかなか解消されないのではないか・・と思っ
ている。
確かに、才能が集中する事で個々人が磨か
れるところはあるだろう。その点からすれば、
アイリッシュセッションシーンはまさに現在も
続く東京一極集中を肯定し維持・推進する
根拠として象徴的ですらあると思う。
ただ、東北人ならば東北人なりの、東京の
シーンとの出会い方、接し方というものがあり、
わたしはこの10年間、無意識のうち否応なし
にそれを体現してきたのかも知れない。
東京の人たちにとっても、地方に対して、同じ
事が言えるだろう、と思う。

喫茶店は今回、新たに発掘。
ここ『リーベ』さん真向かいの、『六月の鹿』。
まだ新しい、小さな個人店で、大きな窓から
お堀が見えて、良い。置いてる写真集などの
本も、Good。珈琲、スコーンもなかなかに美味。
しかし後に来た女子大生2人組がかなりうるさく
て、イヤホンで音楽聴かずにはいられなかった・・
(「かわいい」「やばい」しか言わない 爆)
リーベさんぐらい広くて調度品?も多いと
他の客がなに話してようが気にならないのだが。

夕食は、かなり昔から知っていたがなかなか
開店時間にタイミングが合わず一度も食べた事の
ないカレー屋その名も『カレー工房』に入店。
紅茶の店『しゅん』や純喫茶『六分儀』の向かいに
ある、一見ほったて小屋のような建物だ。
お客さんあまり来なかったが(汗)カレールゥや
スパイスにはかなりのこだわりがある様子。
今風のスタイルで少々高価いが、長年きになって
た店でもあったので、ありがとう!と言いたい(?)

盛岡城跡の、もとお堀の一部である細長い池に
なった「庭園」には非常に仲良しの、鴨のつがい
が静かに泳いでいて、ほほえましすぎる。
仙台にも河や池はあるが、このように街なかに
あってきちんと整備されながら自然の一部のよう
になっているところは、なかなか見かけられない。


  


2016年04月06日

岩手冬名残の旅・・日記ノートより 前編


やっとこさ落ちついたので、今さらながら書こうと思う。
とはいえ、横着っぽいが旅の当時ペンで書いていた
日記から抜粋という形にしようと思う。
日記ノートは荒っぽいがやはりブログ書きよりも更に
正直な気持ちが出ている事が多い、と感じるので。
なお、「*」は今回のブログ注である。
写真はすべて、TRAD♀さんより戴いたものです・・

3/8(火) もう、3月だ。なんと、本当に岩手にいる。
(*この直前に「3月はまた岩手に行きたいが、今のところ
 未定 と書いてあった)
 盛岡、リーベである。
5日(土)はBarm'sセッション、6日(日)はなんと星港夜で
昼間、日本のアイリッシュバンド?のひとつ トリコロール
のライヴがあって、皆 集まった。
もともとは西井さんやわたしの行きつけであったのが、こう
して仲間らが集結してしまうようになるとは・・
久々に、西井さんご夫妻にもお会いしたが、西井さんとは
「震災のあと、この店で偶然、会えたよなあ」
と当時を懐かしむ。そうだ、俺にとって、震災の後といえば
この店だった。心も身も、ここが拠り所だった。

前田くんとかなさんが奔走して実現に漕ぎ着けた本イベント
なかなかに素晴らしい内容で、まさにこの店だからこその
味わいにもなった。アイルランド好きでおなじみのマスター
の、締めのスピーチもよかった。この店そのものが、店主の
アイルランド愛に満ちているのだが、それはなかなか表に
出なかった。内心もどかしさもあったのだろうか、ようやく
この場所にふさわしい「時」が訪れた、その喜びが飄々と
した中にも爆発していた そんな風に感じた。 

で、そのあとはTRAD夫妻のおクルマに便乗して、岩手へ
GO!爆 久々の宮古行き となる。
この一週間は労働日なし、とにらみまして
(日・月)宮古泊、(火)盛岡泊 以後、遠野でふらふら と
大胆なプチ長旅計画を組んだ
(と思ったら月曜・金曜 仕事の話が・・蹴ってきたが 爆)

5日のBarm'sセッションまでの3日間は、幸い?労働は
なかったのだが、原稿のしめきりや、たいせいの誕生日
(*甥っ子です 札幌の)が重なってかなり煮詰まった日々に
セッションはセッションで、また若い人たちが3人ほどいらして
おったため?もあり例によってわたしの曲出しは壊れまくった
のであった もうイヤ 若い人らを前にすると、変に身構えて
しまってどうしようもない。俺より弱い人間など存在しない。
やめようかな?とやるたんびに本気で思う。(そしてまたやる)

宮古では、さまざまな良いものに出会った。
まず、港にある道の駅で、「うにねこ」に遭遇!!邂逅ぉぉぉ!



これが・・・・・・・かっかっかっかわいい・・・・!!!!!絶句



確かにどっかで見た絵柄だが、やはり岩手人、センスがいい。
しっかりオリジナルなものにして、印象を不動のものにする。
そして、中華そばの「松の食堂」さん!



こういうお店と、ラーメン 一番いい!!!高齢のご夫婦だが
なにとぞまだまだ長く続けていただきたい
そんなお店なのだった。

あと、喫茶店は『異人館』 海沿いの高台に建つ洒落た洋館で
マスターは自転車など趣味人のようだ。しかし震災では津波が
達し、その後もいろいろ大変な中、今も続けておられる。



TRAD♀さんの頼んだ甘夏パフェ、果実だけちょっと戴いたが
素晴らしい味だった。

なつかしのTRAD家では夕方、DVDでアイルランド映画の古典
といえる名画『アラン』を鑑賞!笑 なにしろTVが大画面なので
えらい迫力・・・シンプルに生活風景を切り取った、という感じ
でもあるので、70分ほどながら長さを感じるところもあるが、
強烈な印象が残っている。

さらに夜は、みんなで同じ大画面でYouTubeを鑑賞!!爆
いや、これがしかし、面白かった。いつもはもちろん、パソコン上
で観ている訳だが、こうして友人と盛り上がる事ができるのだ。
観たのはやっぱり、アイルランド音楽関連。わたしが以前見つけた
謎の女性歌手 名前は確か・・爆
ジュリー・フォリス? あとかなり前だがカナダだと思ってて
もしかするとアメリカの人かも知れないシーラ・ノーブル?などなど

TRAD♀さん所蔵の『街道をゆく』アイルランド編もなかなかに嵌る。
特に今回、メモもとりたかったジョイス、イェイツの人生 あと
ビートルズなどについても。




  


2016年03月31日

岩手冬名残記・・の前に宮城 笑




なんか、すごい場所が北仙台駅から320円の多賀城駅前に
できた。確か、佐賀県武雄市に出来て賛否両論を起こした
「ツタヤ図書館」が東北にも進出したようなのだ。

とにかくも、そのビジュアルに、衝撃を受ける。
って、久々のぼけぼけ携帯写メ よくわからんと思うが
しかも、夜になりかけてるし
(なんなら、画像検索してみて下さいませ・・)



高い吹き抜け天井、そして壁一面が、本棚
これはスターバックスが併設された書店の方で、
この裏側に、図書館がある。
このスタイルの是非は、ともかくとして
居心地は、非常にいい。
これは明らかに、蔦屋が東京・代官山で始めて
函館にも展開した新スタイルの書の殿堂
その流れを汲んだものでひとつの成果である。

実は少し前にも、仙台北部、泉区にもかなり
広大なツタヤ書店ができたが、こちらには正直
代官山の血筋をあまり感じられなかった。
今回の多賀城の施設は書店・図書館ともに
面白い本に出会いやすい感触もあり、
またスターバックスは今まで見た事がないような
開放感を持っていて、若者だけでなく高齢の方々も
普通に利用しており
ある意味本も客層も特化されていた代官山を
超えた場所にすらなっている・・・とも思えた。

実のところ、スタバなんてまず使わないわたしなのだが、
ここはもう3時間ぐらい、珈琲やドーナツ、スコーンなど
とともに粘って、久々に手書きの日記をまとめていた。

本は、本当にいろいろ面白い発見があったのだが、
一番驚いたのは久々に手に取った『CARマガジン』で
以前わたしが乗っていたイタリア旧車フィアット500
それをメインにフィアット車を集めた「博物館」が
他ならぬ、なんと山形県鶴岡市にある、と知った事だ。
思わず、立ち読みの状態で「なんで??」と叫びかけた 笑
なんでも、愛知県にあった博物館が震災を機に東北移転を
決断したものだそう。事務所はいまも愛知にあるらしいが。
チンクエチェント博物館
http://www.museo500.com/museo500/topics/topics.cgi






  


2016年03月25日

俺は東京で消耗していたか?


イケダハヤト氏の書いた新書
『まだ東京で消耗してるの?』(幻冬舎新書)
http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20160303
↑こちらかなり参考になる書評ブログ

これも先日、盛岡の「さわや書店」(大通本店)で見つけた。
これはなかなか面白かった。
実はイケダ氏の事も、この「東京で消耗」の件も、ネット上の
彼のサイトを見かけて知ってはいたが、とにかく書き方の
歯切れがいい。自分の考え方に確固とした自信があって
ブレがなく、わざと皮肉や嫌味を効かせた強烈な「煽り口調」
も、同じ考えや感覚の人間にとっては痛快そのものである。

さわや書店さんは、平積みの本書の隣に

『東京一極集中が日本を救う』(市川宏雄 ディスカヴァー携書)

を置いていたのが、笑えたというか・・攻めるねえ!さわやさん

都市政策の重鎮が書いた本と、30歳になったか否かのイケダ
氏の書いた「消耗」のどちらがインパクト大か?そして実際の
説得力があるか?これは興味津々、実読しかない。

しかしもともとネット上でいわゆる「炎上」の火種になりがちである
というイケダ氏。
横浜で生まれ育ち、早稲田大学を出て大企業にも勤めたが辞め、
ベンチャー企業にも勤めたが辞めて妻子とともに高知県の田園
に移住。プロブロガーで生計を立て、ITジャーナリスト、ソーシャル
メディアマーケッターなど高知の山中にて事業を次々に展開・・・
という、とにかく只ならぬ人物。

本書でものっけから「東京はもう終わっている」その理由を並べ、
通勤電車など移動時間のばかばかしさ、35年ローンを組んで
都内に家を買うばかばかしさを軽快に笑い飛ばす。
「あなたが通勤地獄に苦しんでいるまさにその時、僕は
 田舎の静かな自宅でコーヒーを飲みながら優雅に効率的に
仕事していますよ・・・えっまだ東京で消耗してるの?」
と、こんな具合。地道に働いて暮らしている、膨大な東京の人々
これは腹も立ってくるよなあ、と思う。
氏の、アンチサラリーマン的な立場を如実に示すのがこちら
http://www.ikedahayato.com/20150908/41559313.html?utm_content=buffer84658&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer
サラリーマンの書くブログは絶対つまらない。
それはブログはアートであり、退路を保って守りに入った人間の
アートなど、面白いはずがないからだ・・・
このあたり、日頃から「安定した職業を持った人間の書く小説など
ろくなもんじゃない」と嘯いてるわたしを正当化してくれるが(爆)

地方の田舎に移住した方が圧倒的に稼げるチャンスがある、と
氏は主張するのだが、それはあんたがネットの在宅仕事を得意
にしてるからだろ!とか、収入は東京にいた頃の3倍になったが
まだまだ稼ぎは膨らむってカネの話ばっかだな!とか批判が
相次いでいるようだ。

しかしこの独特の煽り口調は、これまでいかに長い年月
「東京でなければ生活が豊かにならない」という観念に
膨大な人々が縛られてきたか、そして東京・地方双方に
多大な歪みを引き起こしてきたか その国民的なストレス
を象徴する反動のようにも思える。 
「いいかげん気づけよ」という。
東京一極集中は是か非か・・とか、少子高齢化を何とかしなきゃ
とかクダ巻いているより、実際に地方は面白いんだから、実践
する主人公にさっさとなっちまえよ!という事なのだ。

地方には仕事がない 
地方には面白い人間がいない
そんなのは全くの虚妄、真っ赤なウソだとイケダ氏は断言する。
特に人間は地方の方が断然面白い、むしろ東京の面白い人間
を地方に呼んでしまえばいい、と言う。堀江貴史氏の引用で
「一流の人に会いたいという者は多いが、むしろ一流の人が
 向こうから会いたいと思わせる人間に自らなる方が近道だ」
というくだりは大きく頷ける点だった。

しかし・・・と、ここでわたし自身の実感を振り返るのだ。
東京一極集中は、他ならぬ自分の中で、いまだ健在である、と。
そう、アイルランド音楽のセッションというシーンにおいて。

日本での、アイルランドはじめとするケルト圏の音楽環境は、
やはり東京が圧倒的で、これは到底揺るぎそうもない。
わたし個人は再び東京の環境をうらやみ、刺激を求めて上京
するようになったが、地方の音楽仲間たちはまさに堀江氏が
いみじくも言ったように、この風土に根ざして東京の人間が
むしろ会いにきたがるような音楽家へなろうとしているのでは
ないのか?ではお前が地方に生きる意味とは何なのだ?

考えてみると、わたしは「東京に消耗して」、東北に回帰した
わけではなかった。東京での生活はむしろ自分に合っていた
のだが、東北に興味が沸きすぎた事、東京に生きる意味が
見出せなくなった事、その2点に尽きたのだった。
心は東北へ、しかし身体は東京を愛し続けている、という事か・・

それにしても、長年住み慣れた東京を離れ、自分の意志ひとつ
で縁のない地方都市へ移住するなど、相当のエネルギーを
必要としたはずだ・・と我ながら思い出して驚嘆する。
そう考えれば、自分もまた、既に実践者でありイケダ氏にも
先駆けていたのだ。今さら、何を悩む事があるだろうか?
全くのところ、道半ばではあるがな・・ははは。


  


Posted by げん at 01:27Comments(0)えみし普通の日記

2016年03月17日

またもコミック新刊ラッシュが・・


さて、3月といえば・・・旅 である。

どんなにカネがなくとも、なんとか2ヶ月に一度はどこかへ
旅をする というか、したいのである。

例年だと、3月か5月、どちらかは岩手になる。
在住県の隣県であるので、気軽・手軽という事もいえるのだが、
それ以上に、全国・・というより全世界で最も愛する土地、という
のが大きい。じゃあ、なぜ住まないのか?
ってその話はよせ。長くなるから

ともかくも、岩手へ行ってきた。
今回は、宮古~盛岡~遠野 という道筋だ。
さて・・語るべき事は多い。どういう切り口で始めるか?

そうだな・・・・・コミックからいこう 爆

おなじみもおなじみ、盛岡の名書店「さわや書店」で
やっぱり見つけてしまう面白い本
というか、なんとこのコミックの新刊が出てまして



岩手県一関市在住の女性漫画家による作品。
実は3巻でいったん、完結していたのだが、このたび今一度の
復活となった(同時になぜか「ベスト収録版」も出てる)
岩手県内の新聞記者が岩手県内を取材しまくるという、基本
岩手探索というか岩手紹介ともいうべき作品なのだが、
2巻めが出る前に震災があり、内容柄もあって3巻からは
震災後の岩手の人々の姿を描写するようになった。
今回の復活では、震災5年後の岩手各地に取材し、新たな
4つのエピソードを起こした。単なる地域紹介ではなく、
どれもよく練られたドラマで、取材のリアリティに満ちているが
深刻すぎず、ユーモアを欠かさず人情味があるのがいい。

作者は『コミックいわて』常連作家でもあり、連載中?の
岩手の英雄・アテルイを扱った『キリコ、閉じます!』と
『ゴーガイ』をコラボした短編が巻末にある。

もう一本 こちらは旅の間に刊行されて、帰宅後に仙台で入手。



以前に紹介したが、青森県弘前市在住の漫画家による、
弘前市が舞台の作品 その4巻めである。

おどろくべき事に、この春アニメ化(!!!)されて全国放送・・・
との事。なんてこった いつの間に、そんな認知されてたんだ

横浜から、青森の親戚の家へやってきて、
居候しながら、魔女修行する少女のおはなし。
『魔女の○急便』かとツッコみたくなるが、まるで違う。
青森にはホウキではなく交通機関で来るし、ホウキは
ホームセンターで買う。なぜ東北で魔女修行かというと、
東北は日本で一番魔女が多く、魔法を育むのに優れた
風土である、との事。なんとステキな設定だろうか。

実は一巻めからのつきあいだが、はじめのうちは絵がヘタで、
話もゆるいというかたどたどしくて、そこがまたいい味出してた
のだが、すっかりこの人、いい絵を描くようになりました(えらそう

後半は、二人の魔女がナイト・ドライブで、津軽の海・鯵ヶ沢へ。
ここで、奇妙なキモカワイイ?生き物というか、精霊のような存在
に出会うのだが、これを魔女は「カチーナの一種」と言う。
カチーナ・・って何だ?とわたしは正直、思った。
調べると、アメリカ先住民のとある部族が語ってきた精霊の事で、
正しくは「カチナ」というらしい。
なぜ、アメリカの精霊の呼び名が、敢えて使われたか・・
なにか、ゲームか何かの分野で、既にみんな知っているという事
だろうか。この作品には、のっけから『ハリー・ポッター』にも登場
した奇怪な植物「マンドレイク」が出てきたり、魔術関係は割りと
東西垣根なく取り込んで、いい意味での自由さ、いいかげんさが
あると思う。とにかく、こういう作品が、東北から発信されている
事が、何より嬉しく、頼もしく思えて仕方ない。

それにしても、この3月はわたしにとっての、コミックラッシュだ。
旅の間に、『ヘルク』の新刊も出たし、明後日にはあの
『ゴールデンカムイ』も出る。ほんとに、マンガばかり読んでるなー





  


2016年02月28日

写真のない東京紀行2016(なのか?)最終回




あれっ 写真がある 笑
以前、自分の小説につけた自筆の挿し絵
昭和三年の、仙台 芭蕉の辻の姿ですな・・・

ってなんでこの図を出したのか

延び延びになっていた1月東京行きの音楽紀行の話
・・・なのだが、
正直、あえて書く事はない!!きっぱり
東京の、音楽紀行は毎度の事ながら素晴らしすぎて
書くまでもないのだ
(ただめんどくさくなっただけだろ!とつっこむな)

ただ、わたしと音楽と、そして東京との関連について、
随想のようなものはあるので それは書こうと思う。

非常によく聞くはなしだが、東京・首都圏に住み続ける理由
として、「刺激」があげられる。
はっきりいって、居酒屋の数とか、夜の絢爛さなど考えれば、
仙台でも盛岡でもけっこうな刺激はあると思う。
問題の刺激は、音楽とか、演劇とか、そういう関連だ。

コンサート、ライヴ、芝居、バレエ、オペラ、などなど
東京でなければ日常的にこの世界最高レベルの文化芸術
の恩恵を受ける事はできない!という もはや不文律とも
いうべき既成事実に、昔も今も東京一極集中は止まらない・・

と思いがちだが、実はむかしは違っていたかも知れないのだ。
太宰治の作品で、明治期の仙台の街を描いた『惜別』という
のがあるのだが、これを読むと、当時は東京で上演された
芸能のかなりの割合が、仙台まで巡業に来た様子が伺える。
昭和初期の東京に生きていた太宰がどこまで正確に、明治期
の仙台を取材できたかはわからないし、芸能の内容も規模も、
もちろん現代と同じではないのだから単純比較はできないが、
もしかすると人の循環、文化の循環というものは、むかしの方が
アクティブであり、今の方が閉鎖的になっているのでは?と
疑わせる糸口のようでもある。
(よく中央の文化や流行が仙台を跳び越して札幌に行ってしまう
 と聞くが、まだ明治期はそういう傾向はなかったかも知れない)

まことに恥ずかしいのだが、、20代前半の頃のわたしの心を東京
へつなぎとめていた一因が、他ならぬ音楽のライヴであり、
なんと40代半ばの、いま現在のわたしを東京へ引き寄せるのが、
こんどは音楽の「セッション」である。
20代前半、わたしにはかなり熱狂的に「ファン」であった音楽家
が2つあって、頻繁にライヴなどを催しながら、両者至極マイナー
で、地方公演は殆どなかったと思う。
30代に入ると、そういう存在も、執着心のようなものもなくなり、
元来 芝居もバレエもオペラもあまり観ず、必要を感じなかった
わたしにとって、そういう意味でも東京に居続ける必然性は薄れ
ていったのである(まあ他にもいろいろあるのだけど)

ところが、東京を離れた途端、今度はむかしから憧れていた
アイルランド音楽のセッションというものが盛んになってきている
という事実を仙台で知り、その最も繁華なのが東京である、という
事になってまたしてもわたしは東京へ目を向けざるを得なくなった
(苦笑)という訳である。ああ腹立たしい

おそらく自他ともに、わたしの音楽との接し方は中途半端である
と評価せざるを得ないのだが、それでも、かくも自分にとって音楽
とは重要なものであるのかと、驚かされる事実ではある。

しかし、これからわたしはどこへ行くのだろう?
仙台移住10年目 そろそろまたわたしは生活を一変させたいと
いう欲求を強くしている。
そこではわたしにとっての音楽は一体どうなっていくのか・・

とりあえず、最近は中島みゆきの昔の歌が好きだ 爆
https://www.youtube.com/watch?v=jaEfFaNJ2_E&index=4&list=PL7E90068B71F49120
「おいらの住んでたところ」とあるけど、タイトルは『夜風の中から』
中島さんは70年代から知られていたけれど、80年代はじめまでは
札幌に住んでいたらしい。
その時代の曲には特に北の香りがあるかな。



  


Posted by げん at 14:12Comments(0)えみし旅を想う

2016年02月21日

閑話休題がとまらない 笑 まだまだコミック


一体なんの閑話休題だっけ?ってほど、本題が遠のいた感が
ありますが・・・ちょっとこのマンガについて



実のところ、それほどオススメの作品という訳でもなく(爆)
正直、いま読んでる数作品の中では、総合点数は低い方だ・・
にもかかわらず、けっこう好きでずっと買って読んでいる(矛盾)

これは2巻目なのだが、この表紙を見て、古くからのSFマンガ
ファンならどっかで見た事あるぞ?とでじゃぶゅーではなかろうか

そう、士郎正宗の、いまや古典的名作『攻殻機動隊』1巻目の
表紙だ!!なんか、そっくりだ!



さて、この士郎正宗、当時大活躍中だった大友克洋の影響も
受けながら、個性的で見事な絵を描いていた。

大友克洋といえば『AKIRA』ですね。
その自らのマンガをアニメ映画化した作品は、
宮崎駿の作品をさしおいて、アフリカの子供たちにも
大人気だったというような記憶がある。

また、大友克洋といえば、ここ宮城県の登米出身。
その代表作『AKIRA』と、自らが影響を与えた士郎正宗の
マンガを元に押井守がやはりアニメ映画化した『攻殻機動隊』は
世界に名だたる「ジャパニメーション」の2大傑作となって、
押しも押されぬ地元の誇る世界のオオトモなのだが、

まて、地元の誇る といえば、すでに先人がいたではないか

そう、石ノ森章太郎である!さすがにここまでくると敬称略が
憚られるが・・・大先生!!以下、敬称略にて!
(友人・さるさんが『萬画館』で買ってきてくれた仮面ライダー
 耳掻き、愛用させていただいとります!!爆)

なんとこの方も登米出身で、大友と同様、映画製作を目指し
ながらも、漫画家になったという。不思議な一致だ・・
高校時代から、中央の漫画界では「宮城に天才がいる」と
評判だったらしいが、漫画の天才は1人ならず、後代に
もう1人いたのだ・・・おそるべし登米。
石ノ森といえば、やはり『サイボーグ009』

https://youtu.be/W4CjzMjcM8U

近年もまた新たにアニメ化されて先進的にカッコよくなり、
あらためて時代を感じさせないアイディアに驚かされる。
改造人間のアイディア以上に、世界中の人種・民族から
9人の仲間を集める、という発想がすごいと思うのだ・・
(まあ、チャンチャンコとか、ジェロニモジュニアとか、
 グレートブリテンとか、名前はふざけてたけど・・笑)
007なんか、身体の細胞組織を組み替える事であらゆる
ものに変身・・って、どんな改造だ(爆)しかし、こいつは
こいつだけ単体で映画が作れそうなくらい面白いな~

はなしが横道にそれっぱなしだが

本題に戻って、最初に載せた写真の『エクスアーム』は
いわゆる「ふれこみ」が
「『AKIRA』『攻殻機動隊』に続く世界的SFの旗手に!」
という感じなのだが・・・
確かに連載中の『グランドジャンプ』での存在感というか
インパクトは毎回相当なものがあり、画力は素晴らしい。

しかし!!なにかが足りないのだ。
現在も、漫画界ではさまざまな形や絵柄のSFものは
あると思うが、その中でも絵柄にクセがなく、いい意味で
万人受けする、愛される美しさ、カッコよさを備えていると
いえる気がする。

話は「クライムアクション」近未来に多発する謎の超科学
(オーバー・テクノロジー)を悪用した未曾有の凶悪犯罪。
それに立ち向かうおてんば警官とアンドロイド警官のコンビ、
更に加わるはその超科学によって脳だけの姿にされた少年・・
この3人を中心に大都市で展開する、すりりんぐなるばとる!
といった具合。

いまどき、同じような感じのSFものはなかなかないので、
それだけでも貴重な作品といえそうなのだが、なんとなく、
はなし的に、B級を脱し切れてない気がするのである。

実は先述した筋の中の、おてんば警官とアンドロイド警官
というのは、今回絵を担当している古味慎也のかつての
オリジナル作品『エクスヴィータ』の主役コンビだった。
こちらは週刊ヤングジャンプ連載で、より若者向けの軽妙な
雰囲気の作品だったが、今回の新作では別に原作者を
伴いながら、自らのオリジナルキャラを続投?するという、
複雑怪奇な事をやっている訳である。

舞台は「前作」の2050年から、2030年に前倒しされて
いるので、主役の2人も全く同一のものではなく、いわば
「パラレルワールド」と説明されているのだが、それなら
もっと大胆な変更を、この主役の設定にも与えるべきで
あった、と思う。

単行本の表紙だけでなく、雑誌の表紙もたびたび飾るのが
アンドロイド(女性型なのでガイノイドというのか)警官の
アルマなのだが、このキャラクター 非常にミステリアスな
ムードを醸しだしていて、強く惹きつけられる。
明らかに人間ではないのは確かだが、何か「闇の部分」と
いうか、「悪女」的なものも感じるのだ・・しかしフタを開けて
みると、極めて優等生的で素直なアンドロイドなのである。
コンビを組むおてんばのミナミも、正義感が強いおっちょこちょい
で愛すべきキャラだが、家族の話なんかも一切出てこなくて
いまひとつ強烈さも、深みも欠ける感じなのである。
アルマは、脳だけの姿になった少年と「接続」されて、いわば
ボディを共有する関係となるが、これも両者いい奴すぎて、
屈折がなさすぎる(笑)なんなのか、このモヤモヤ感は・・・

『AKIRA』『攻殻機動隊』に続く・・・と書いたが、実のところは、
なんといっても『AKIRA』が強烈すぎたのである。
大友の、都市を緻密に描きこむ情熱、その空前の破壊と破滅、
荒廃までをも描ききろうとする異様なまでの欲望・・そして
2人の不良少年を通して爆発させた暴力的な、屈折した感情。
すべてが内向的で、得体の知れないエネルギーの所産だった。
(大友の田舎育ちからくる都市への憧れや憎悪の表れでもあ
 ったのかな?などと同じ田舎育ちのわたしなどは思う)

なんというか、『エクスアーム』では超科学とか超能力とかが
今のところ犯罪者側にあるので、まだその狂気というか、
内向的エネルギーのようなものが、作者のものとして伝わって
こない・・気がするのだなあ。
『AKIRA』では、その狂気そのものが、主人公だったのだ。
まだ『エクスアーム』の作者は、「安全圏」にいる。
『AKIRA』その他、過去の名作のオマージュ的なものを描いて
いるに過ぎなくて、自分なりのアナーキーな欲望に踏み込めて
いないのではないか。
やはりここにも、「破壊された東京」は部分的に描かれるが、
舞台は整然とした東京である。一体、作者にとって大都市とは
何なのだろうか?という事まで考える。

ともあれ、やっぱり毎回、気になって読んでしまうという・・笑
とにかくも、迫力のある作品なので、グランドジャンプを見かける
事あれば、ちょいと覗いてみてはいかがだろうか(はずかしいか)
なんだかんだいって、オススメしていたりして・・でもススメない!

実際、書店のコミック棚に新刊の時もあんまり平積みされてなくて
ネット上の評判や書き込みもいまひとつ盛り上がらず、地味である。
なんか一皮剥けて飛びぬけてほしいなあ!と思う今日この頃・・
なのであった。(自分のもちゃんと書けよ、と)


  


2016年02月14日

閑話休題 SW語らせてください その2


いわゆるネタばれ はあまりないかと思いますが・・・
なんの予備知識もくれるな!という方は、さすがに
まだ読んでくだされるな・・・なのかな。

誰かが書いていたが、SW新作の物語の展開が、
『ラピュタ』であると。
外の世界に飛び出す事も叶わず、前に進む術ももたない
少年のもとに、天から少女が降りてきて(落ちてきて)
運命が一変する。今回は、少年と少女が逆になっただけ、
という事だ。



スターウォーズの物語というのは、基本的に同じ事を
意図的に繰り返している、といえる。
そもそもの語り始めが、ルーク・スカイウォーカーの視点・
立場から展開する『宝島』的な、少年冒険譚であった。
のちに、彼の父の少年期を描くという段になって、
やはり同じように砂漠の惑星から飛び出す冒険譚の形
をとってはいるが、視点は少年というよりも、彼をとりまく
ジェダイ騎士という名の「オトナ」の方に置かれていた。

今回の新作の、語り口のある意味すがすがしさは、
語りの視点・立場が再び主人公の少年・少女に戻って
いるところにあると思う。
とにかく、徹底的に主人公目線であり、前シリーズの
ような、誰が主人公かわからない世界俯瞰的な展開
は避けられている。
少女が少年?に出会い、独りだとできなかった旅立ちを
成し遂げていく、というシンプルな構成と、脚本の主人公
に対する「集中力」が作品に潔い印象を与えていた、と
いえる。

脚本の構成上、脚本家の本懐なのか、ディズニーという
スターウォーズにとっての新しい拠点が意図的に・・という
か、「路線」として導いている結果なのか、というのが今回
よく言われる点ではある。

例えば、主人公のひとりである少女を肉体的・精神的に
強い、いわば男の保護を必要としない自立した存在として
描く事、そして白人だけでなく、黒人も対等に主人公として
活躍させる事がいかにもディズニー的で、人によっては
(日本人でさえも)違和感を感じる、という意見があるようだ。
個人的には、2点とも好印象をもったところなのだが・・・
『ナウシカ』など宮崎駿作品が、ハリウッドにも影響を与えた
結果なのかな?などと思う事もある。
(宮崎駿の昔からのスターウォーズ批判は有名で、
『ナウシカ』はその答だと言われているが、いまや現実に
スターウォーズを動かしてしまっている、という事か・・・)

もし作り手が、女性差別や人種差別の意識を持ちながら、
キレイ事でやっているとしたら、脚本や作品全体に、無理が
出ているはずなのだが、そういう点は認められない。
「製作者側の社会への配慮」をマイナスとして捉える傾向は
常にあるけれども、ここは素直に製作者の意志として尊重し
歓迎したいところである。

わたしが問題にしたいのは、脚本そのものの甘さである。
たとえば最初に作られたいわゆる「エピソード4」の場合、
主人公のもとに物語の展開上重要なロボットとの出会いが
訪れるくだりは、様々な状況を考えても必然性があった。

レイア姫がジェダイ騎士の生き残りであるオビ・ワンに助け
を求めてロボットを送り込んだ惑星には、オビ・ワンが成長を
見守り続ける主人公も住んでいる訳だが、ロボットは砂漠で
ロボット売買業者に捕まって、廻りまわって主人公の家を
通り、買われる事になる。
まあ、砂漠の惑星上という広大なエリアの中で、オビ・ワン
たちのいそうな辺りを特定する事自体無理はあるが
(そんな事を言い出すとこの作品世界全体にケチをつける
 事になりキリがないのだが・・・)
こうして見れば、しかるべき場所にしかるべき人物がいて、
出会いが偶然ではなく必然的に起こっていた事が確認でき
るだろう。

今回の新作では、そういった必然性がほとんどなくて、
全くご都合主義の極致としかいいようがない。
少年(というか若者ね)はただアテもなく砂漠の惑星の一地点
に降り立って、アテもなく歩いていった結果、偶然に重要な
ロボットと出会っていた少女のいる街に辿り着いて、出くわす。
しかも、その街にはかの伝説的なミレニアム・ファルコン号が
なぜかあるのだ・・・すべてが偶然に頼りすぎてきて、まるで
神様がことごとく導いてなさるんですよとでも言わんばかりだ。

脚本担当はまったく凡才ではなく、『帝国の逆襲』『ジェダイの
帰還』も手がけたローレンス・カスダンである。旧作をリアルタ
イムで知る人間にとっては、これも久々な人選で感動もので
あり、やはり面白いところは面白いのだが、まずこの出だしは
もう少しなんとかならなかったかと思う。

とはいえ、今回は長年のファンを感激させた箇所も非常に多く
全体的に好印象の残った一作であった。
個人的によかったところ
@帝国軍の巨大戦艦が砂漠に墜落してるところ
 それを主人公が探検してるところ
 (巨神兵の残骸が残る腐海を探検するナウシカでしょ もろ・・)
@帝国軍伝統のタイ戦闘機に乗ってみるところ
 (これがありそうでなかった、憧れのシーン!)
@ファルコン号からの射撃シーン
 (これも第1作以来なかなかなかったシーン やっと再び!)
@チューバッカのしぐさがいちいち魅力的
 「帝国の逆襲」でもそうだが 脚本家がチューイを好きなのかな
@ハン・ソロもだがレイアの女優さん お歳の召し方がとにかく
 素晴らしい ずーっと帝国の逆襲を思い出しながら観てました

あと、やはり肝腎の、「あの人」がああなってしまう展開には・・・
これはネタばれというやつになるので、このへんにしときますが
まあこの段になると、たいていの人は既に観ていると思います
とにかくいくつかの問題と、大いなる期待を残してくれましたね。

仙台駅西口に、10年ぶりぐらいに大きな映画館が、新しく出現
しようとしています(外観はこないだ、みました!)
長町まで出かけるのも悪くはないのだが、やはり100万人都市
たるもの スターウォーズが観られる劇場のひとつは備えてお
いてほしいものです。まったくの、悲願です。